テラーノベル
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その夜、🌸はなかなか眠れずにいた。テレビをつけたまま、ソファに丸くなってぼんやり画面を眺める。
隣では黒尾がスマホをいじりながら、ちらりと🌸の様子を見た。
「……まだ起きてんの?」
「うん。なんか寝れなくて」
黒尾は小さく笑う。
「冬あるあるだな。頭だけ冴えちゃうやつ」
テレビの音だけが流れる静かな部屋。
黒尾はふと画面を消して、立ち上がった。
「なあ🌸」
「なに?」
「海、見に行かね?」
🌸は一瞬目を丸くする。
「今から?しかも冬だよ?」
「だからいいんだろ。人いねぇし、寒いし、ていうか一緒に行きたい」
冗談めかした口調だけど、どこか本気だった。
少し迷ってから、🌸は頷く。
「……行く」
エンジンがかかると同時に、黒尾は何も言わずヒーターを入れた。
風向きを調整してから、助手席にブランケットを置く。
「はい。寒さ対策」
「……準備良すぎ」
「冬だし。🌸が風邪引く方が面倒」
そう言いながらも、視線はちゃんと🌸を気にしている。
走り出した車内は静かで、エンジン音だけが一定のリズムを刻んでいた。
黒尾は片手でハンドルを操りながら、もう一度だけ温度を微調整する。
「暑くなったら言えよ。
言わなくても顔で分かるけど」
「そこまで?」
「付き合い長ぇからな」
さらっと言うのが黒尾らしい。
「なあにニヤけてんの」
「いやあ〜?てつろうとのドライブなんて久々だなって」
「…まあな、社会人になってあんまり時間できてないからネ。
ま、大変なこともあるけど、🌸と一緒にいる時間が何より幸せ。」
あったかい空気になって少し走ったところで、🌸が窓の外を眺めながら呟く。
「眠れない夜って、苦手で……」
「無理に寝ようとすっからだろ」
黒尾は前を見たまま、落ち着いた声で続ける。
「頭が起きてる時はさ、
動かしてやった方が早いんだよ。
考え事も一緒にな」
信号で止まる。
黒尾はブレーキを踏みながら、ちらっと🌸を見る。
「今、ちょっと楽になってる顔してる」
🌸は驚いて黒尾を見る。
「分かるの?」
「分かる」
迷いのない即答だった。
しばらく沈黙が続く。
それを破ったのは、黒尾だった。
「……俺もさ」
低く、静かな声。
「眠れない夜、あった」
🌸が何も言わずに聞いているのを確認して、黒尾は続ける。
「一人だと、余計なこと考えて
全部自分で片付けようとしてた」
ハンドルを握る手に、わずかに力が入る。
「でも今は」
一拍置いてから。
「🌸が起きてたら、こうやって連れ出せばいいって思える」
赤信号が青に変わる。
車はまた、一定の速度で走り出す。
「誰かの眠れない夜を一緒に過ごすの、
案外悪くねぇなって」
それは弱さというより、
信頼を前提にした本音だった。
🌸はそっとブランケットの端を握る。
「……てつろうとなら、安心する」
その言葉に、黒尾は小さく笑った。
「それで十分」
片手でハンドル、もう片方で🌸の頭を軽く撫でる。
視線は前のまま、動きだけが優しい。
「海、もうすぐだ。
マフラーちゃんと巻いとけよ。冷えたら、すぐ車戻るから」
当たり前のように言うその一言が、
🌸の胸をじんわり温めた。
冬の夜。
眠れなかったはずの時間は、
黒尾の隣で、静かに整えられていった。
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