テラーノベル
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🦈視点
こさが得意なのは、歌唱、ダンス、アドリブ、クイズ、それからファンサービス!この辺りなら、ちゃんと自信を持って挑めると思う。
でも、演技はまだまだ練習中。自信があるとは言えないけど、最近はらんくんやなつくん、いるまくんに教えてもらうことも多くて、少しずつだけど努力の成果は出てきていると思う。
そして、こさが一番苦手なのは、表情管理。
演技と似ているようで、こさにとっては全然違う。感情を隠したり、場面に合わせて表情を作ったりするのが、とにかく難しい。
こさは、すぐに感情が顔に出ちゃうから。
演技をしている時だって、役として笑っているつもりなのに、楽しいっていう気持ちがそのまま顔に出ちゃうことがある。そのせいで何度もカットが入って、共演者やスタッフのみんなを待たせてしまったこともあった。
だから、表情管理だけはどうしても苦手意識がある。
(…とりあえず、得意な種目で頑張らなきゃ)
そう心の中で言い聞かせながら、こさはぎゅっと手を握った。
🌸視点
「さて!最初の種目は_」
司会者が次の言葉を言おうとした、その時だった。
「っ、…」
ふと隣を見る。
こさめの手が、小さく震えていた。
けれど、その震えを見て、俺はすぐに分かった。
(…あれは、メンバーからされたことへの不安や恐怖じゃない)
こさめは俯くことも、逃げることもしなかった。ただ、ぎゅっと手を握って、まっすぐ前を見ている。
(絶対に負けられない……っていう野心だ)
さっきまでのこさめとは、少し違って見えた。
いつも笑っていて、周りの空気を読んで、何かあっても「大丈夫」と言ってしまうような子。でも今は、その奥に隠していた強い気持ちが、ほんの少しだけ表に出ている。
俺は、こさめをじっと見つめた。
(俺がいちばん、こさめに向いてると思うのは…演技と、表情管理だね)
本人は苦手そうにしていたけれど、俺はそうは思わない。
こさめの演技には、人を引き寄せる力がある。
「こさめを見て」
そう言われているみたいに、自然と視線を奪われる。 ただ上手に感情を作るんじゃない。こさめ自身が楽しんでいることや、その役を大切にしていることが、表情や仕草から伝わってくる。
だから、こさめが演技をすると、つい目で追ってしまう。
(なっちゃんと肩を並べるくらい…魅力的な演技ができる子だと思う)
こさめ自身は、まだ自分のことをそこまで評価していないのかもしれない。
でも、俺は知ってる。
こさめが演技をしている時の、あの表情を。
俺は、こさめの演技が大好きだ
(楽しみにしてるよ、こさめ)
🦈視点
歌唱、アドリブ、クイズ…そこは、メンバーよりも上手くできた。
ダンスだって、負けていない。今のところは順調。こさが得意な種目なら、ちゃんと結果を出せている。
でも、ファンサービス。 本来なら、こさが一番得意なはずなのに。
(らんくんの前だと、恥ずかしくてできない~~~!)
だって、いつもならファンのみんなに向かってできることなのに、今日の相手はらんくん。
カメラもスタッフさんも、他のメンバーもいるのに、なぜからんくんの視線だけが気になってしまう。
「ぅ、く”… ⸝⸝」
なんとかウィンクをしてみたものの、自分でも分かるくらいぎこちない。
すると、司会者がすかさず声を上げた。
「おーと! あめてゃさん、なんという微妙なウィンク! 普段のライブの完璧なウィンクはどこにいったのだー!?」
「ぅ、き、今日のあめてゃ調子悪いなぁ ⸝⸝」
こさは恥ずかしさをごまかすように、頭にぐーの手を当てる。 そして、いつものように舌をちょこんと出して
「あめてゃったら、うっかりさん ⸝⸝」
そうやって笑ってみせた。 けれど、頬の熱はなかなか引いてくれなかった。
続いての種目は、ダンス。
こさの得意分野!
(行ける! 行けるよこさ!!!!)
そう自分に言い聞かせながら、こさはステージへ向かった。
「っ、……」
流れ始めた曲を聴いた瞬間、こさは目を輝かせた。
この曲は、こさが一番得意。
大好きな曲で、こさ自身が作曲して、ダンスの先生とも何度も振り付けについて話し合って、メンバーのみんなと何度も練習した。
だから、身体が自然に動く。 一つ、二つ、ステップを踏んで、音に合わせて身体を回す。
(ここで、ターンを…)
その瞬間だった。
足元に、何かが引っかかった。
「っ、!!」
身体が大きくよろめく。
(ぁ、やば…)
とっさに体勢を立て直そうとする。 その時、視界の端に入ったのは メンバーの、薄笑い。
「…………」
一瞬だけ、時間が止まったように感じた。
まさか。 そう思うより先に、身体のバランスが崩れる。
ステージの上に、大きな音が響いた。
「こさ…、ぁめてゃ!」
らんくんが、真っ先に駆け寄ってきた。
「カット!」
スタッフさんの声が響く。
「はぁ、はぁ…っ……ぃ”」
息を整えながら、こさは足元に視線を落とした。さっきまで踊っていた勢いのせいか、足首がじんじんする。
「大丈夫ッ、?ぁ…腫れてるッ…」
らんくんがしゃがみ込み、心配そうにこさの足を見る。
「ちょっと挫いちゃいましたぁ…す、すみません…笑」
できるだけ明るく言って、こさは笑った。 大丈夫。 こんなの、まだ大丈夫。だ って、ここで止まるわけにはいかない。 こさはそう思いながら、無理やり笑顔を作った。
一度、撮影は中止された。
スタッフさんに足首を確認してもらい、応急処置をしてもらう。しばらくして、足首には包帯が巻かれていた。
こさは、自分の足首に巻かれた包帯をじっと見つめる。
「……」
その向こうでは、スタッフさんたちが話し合っていた。
「種目のダンス、無くすかぁ?」
「そうですね。でも…アイドルにはダンスも必要ですし、視聴者的には違和感が…」
「っ…」
胸が、きゅっと苦しくなる。
こさめのせいだ… こさが転んだから。 こさのせいで、みんなに迷惑をかけてる。 そう思って俯いていると、隣から声がした。
「こさめのせいじゃないよ」
「!、らんくん…」
顔を上げると、らんくんがこさを見ていた。
「どうみてもアイツだろ。俺あいつ嫌い」
そう言って、らんくんは頬をぷくーっと膨らませる。
「らんくんのぷく顔、ここでは通用しないよ」
こさは少しだけ笑って、らんくんの頬を両手でぐいーっと押した。
「むぐっ……」
頬を押されて、ちょっとだけブチャイクになったらんくんを見て、こさは思わず吹き出す。
すると、らんくんはそんなこさを見て、ふっと表情を変えた。
「ふっ、なに、心配してるの?」
「……」
「こさの事、舐めないでよ。 あっちがその気なら、こさだってやるよ。苦手な種目だろうがなんだろうがね」
その言葉に、こさは目を瞬かせる。 そして、らんくんはにっと笑った。
「次の種目、期待してる。表情管理」
「……!」
苦手な種目… 一番、自信のない種目。
でも
「……うん」
こさは包帯の巻かれた足を見つめたあと、ゆっくり顔を上げた。
(……負けない)
今度こそ。
こさは、絶対に負けない。
表情管理、…
(ぎ、ギリギリ負けたぁぁぁぁ! くそぉぉぉ悔しい!!!! くやしぃぃぃ!!)
結果は、本当に僅差だった。 あと少しだったのに。
(次ので逃げなきゃ負ける!2位との差がギリギリすぎる!やらなきゃ!頑張って!!!)
こさはぎゅっと拳を握った。
そして
「さぁ最後は演技力!表情管理とは少し違う、これまた難しいものです!」
「……」
演技。 こさがまだまだ練習中で、苦手意識を持っている種目。 でも、ここで逃げるわけにはいかない。
(らんくんをガツンと言わせる。ビックリさせる…絶対に)
こさは、ステージの向こうにいるらんくんをちらっと見た。 絶対に、驚かせてやる。
「読んでもらうセリフはこちらです! 映像を流します!」
「……映像?」
首を傾げる。 すると、いつの間にかステージの中央に大きなテレビが出されていた。
画面に映ったのは、公園。 どこかで見たことのある場所だった。 そして、次の瞬間。
『みんな、大好きだよ⸝⸝』
「!」
その声を聞いた瞬間、こさは目を見開いた。
(……なつくん)
画面に映っていたのは、なつくん。
まだ子役だった頃のなつくんが、一気に人気になった、あのセリフ。
こさも知っている。 何度も見たことがある。 そして、その演技がどれだけ人を惹きつけたのかも知っている。
「……」
こさは、画面から目を離せなかった。
(あのセリフは…こさにはできない…)
あんなに綺麗な表情。
あんなに自然で、あんなに魅力的な演技。
ただ「大好き」と言っているだけなのに、画面越しでも目を奪われる。
(あんな、綺麗な…役…魅力的な…)
気が付けば、もうこさの番だった。
(どうしよ……予想してたのと違う。あんな演技できないッ……こさには……こさには、!!!)
頭の中が真っ白になる。
さっき見たなつくんの演技が、ずっと頭から離れない。
あんなに綺麗で、あんなに魅力的で、誰が見ても「この子を見たい」と思わせるような演技。
自分に、あんなことができるとは思えなかった。
「……」
ふと顔を上げる。
その瞬間、らんくんと目が合った。
「……」
何、その目。
なんでそんな、期待した目で見るの……?
こさにはできないよ。
だって、こさは……こさはッ……!
あんな魅力的な――。
(できる。やれ、こさめ)
「……!」
頭の中に、らんくんの声が響いた気がした。
(俺が、この天才俳優の俺が言ってるんだ。やれ。ほかのメンバーなんて潰してしまえ。お前が、お前が好きな演技をしろ)
「……」
(なに、その無茶ぶり…笑
こさ、今ものすごく緊張してるんだけど? アドリブと無茶ぶりは違うんだよ、らんくん)
でも
らんくんは、ずっとこさを見ている。
「できる」って、疑っていない目で。
だから、こさは小さく息を吸った。
そして、画面の中のなつくんではなく、自分の言葉として、その一言を口にする。
「……みんな、」
一瞬、間を置いて。
こさは、ぱっと表情を明るくした。
「だぁぃすき!だよッ、!⸝⸝」
「っ、!」
らんくんの目が、大きく見開かれた。
🌸視点
「……」
俺は、控え室でぼーっとしていた。 さっきの光景が、まだ頭から離れない。
(やっぱり、こさめは演技が得意なんだ)
あの一言を口にした瞬間、空気が変わった。 まるで、昔のなっちゃんを見ているような演技だった。でも 、同じじゃない。
こさめには、こさめにしかない元気さと可愛さがある。あの年頃の子にしか出せないような、真っ直ぐで眩しい魅力。
(……俺にはできない)
ああいう演技は、技術だけじゃどうにもならない。 まさに、天性の才能。
あのセリフを言い終わったあとの空気は、今でも忘れられない。
その場にいたみんなが、一瞬だけ言葉を失っていた。
司会者でさえ固まって、ほんのり顔を赤くしていたくらいだ。
(あの天才子役が帰ってきた)
そう言いたくなるくらいだった。
「ふっ……」
思わず笑みがこぼれる。
俺はスマホを手に取って、ネットを眺めた。
すると、さっきの企画についての投稿が次々と流れてくる。
「……やっぱり、センターはあの子だよねー」
投票結果を見て、俺は小さく呟いた。
「投票結果も予想通り」
🍍視点
俺は、久々の休みをベッドの上で過ごしていた。 朝からスマホを眺めているけど、頭が痛い。
(頭いてぇ…昨日、酒飲みすぎたな)
先輩たちとの飲み会は、毎回こうだ。
潰れるまで飲まされる。
(ぁー…最悪だった。エゴサでもして気分晴らそ)
そう思って、検索欄を開こうとした、その時だった。 トレンドの欄に、見覚えのある名前が出ていた。 そこにあったのはいるまの名前。
(あいつ、普段なに呟いてんだ?)
気になって開いてみる。 すると、
『おはようらお前ら😸』
『暇 南月さんと久々に酒飲んだ。前の打ち上げ以来だわ』
『今、暇 南月さんの看病してる』
(なにこいつ、めっちゃ俺の名前だしてんじゃん)
思わず眉をひそめる。 流石にリプ欄は、これキモがって、 そう思いながら覗いてみる。
『えー、よかったですね💕』
『仲良くなれたらしくてよかったですぅ🥳』
「っ、……」
(ファンもヤバいじゃん)
思わずスマホを少し離す。
(って、俺はエゴサを……)
本来の目的を思い出して、検索画面へ戻ろうとする。 その時だった。 トレンド欄に、別の言葉が目に入った。
『プルシュ、 メンバー脱退』
「……」
指が止まる。
「プルシュって、…」
見てみると、とあるテレビ番組のシーンが切り抜かれて、ネットに拡散され、炎上しているらしい。
画面に映っていたのは、プルシュのメンバーたちとこさめ。
そして――こさめが踊っている最中、メンバーの一人がこさめの足を引っかけるような場面。
こさめはバランスを崩して、ステージ上で転んでいた。
「……」
さらに調べてみると、以前からメンバー間でいじめがあるのではないか、という噂も出ていたらしい。
「こさめ以外全員って、アイドル業界怖っ…」
画面をスクロールしながら、思わず呟く。
「こさめ、どうすんのかね」
その時、 スマホに通知が届く。 いるまからだ。
『なつ、出かけない?』
「…………二日酔いだし、むr」
断ろうとして、返信欄をタップすると 、すぐにもう一件。
『オススメのクレープ屋ある。』
「……」
数秒、画面を見つめる。
そして。
『行く』
送信。 二日酔いより、クレープが勝った。
集合場所は、ハチ公前…ではなく、ホテルのロビー。
芸能人同士がプライベートで出かけるときには、わりと定番の場所だ。人が多くても、その中に紛れやすい。それに、スタッフや関係者も頻繁に出入りするから、誰かと待ち合わせをしていてもそこまで目立たない。俺はだいたい、芸人に会うときもこうしている。
ロビーの奥を見渡していると、見覚えのある姿が目に入った。
(いるまは…あぁ、あれか)
サングラスにマスク。顔だけ見れば分かりにくいけど、俺にはすぐに分かった。 俺が近づくと、いるまもこちらに気づいたらしい。
「すまん、遅れた」
「ん、大丈夫…俺もさっき来たところ」
いるまはそう言って、マスクを外した。
サングラスをかけているせいで、やっぱり少し分かりづらい。でも、そのスマホケースを見れば、俺には十分だった。
ケースの中に入っている写真。 子役をやっていた頃に売ったチェキ。 こんなのを持ってるのは、たぶんコイツくらいだろ。
それのおかげで、遠目からでもすぐにいるまだと分かった。
「ごめんな、急に誘って」
「大丈夫…これいってやることなかったし」
そう言いながら、俺は欠伸を噛み殺した。
昨日飲みすぎたせいで、まだ頭が少し重い。
それでも、わざわざ俺を誘ってくれたんだ。断る理由もなかった。
俺は、そのままいるまについて歩いていく
さっきから、いるまはずっと機嫌がいい。マスクで口元は隠れているのに、目元がニヤニヤしているせいで、何を考えているのかすぐ分かる。
(すごく、楽しそう……)
見ているだけでなんだか面白くなって、俺は少しだけいるまの横顔を眺めていた
すると、いるまがふとこちらを向く
「なつ、今回誘ったの……なつとデートしたかったのもあるんだけど」
「デート言うな」
即答すると、いるまは少しだけ笑った
「……演技のアドバイスしてほしくて」
「? アドバイス?」
俺が首を傾げると、いるまは頷いた
「うん。ちょっと、相談したいことがあって」
「……へぇ」
演技のことなら、別に断る理由もない
俺はそう思いながら、またいるまと並んで歩き始めた
「ん、ついた。ここ」
いるまが足を止めた先には、クレープ屋の看板があった。
「うわぁ、美味そう!!!✨️」
俺はメニューが書かれた看板を覗き込みながら、じっくりと眺める。
(お肉系もあるんだ…悩ましいな)
甘いものだけじゃなくて、食事系のクレープまであるらしい。どれも美味しそうで、なかなか決められない。
「うーん、どぉしよっかなぁ…⸝⸝⸝ いちごクレープは決定だけど…チョコトッピングか練乳トッピング、どちらも悩ましい。ん〜、どうしよ」
本気で悩んでいると、隣にいたいるまがさらっと口を開いた。
「なら、俺チョコの方頼むから。なつは、練乳にしな」
「え、でも…」
「いいから」
「っ、…⸝⸝ 先輩に生意気」
思わず小さく呟くと、いるまは少しだけ得意そうに笑った。
「俺、年上だから。今は、役者忘れて。アドバイス聞く時だけでいいから、先輩になるのは」
「なっ、、!⸝⸝」
不意打ちみたいな言葉に、思わず顔が熱くなる。 なんなんだよ、こいつ…
店内の席に座り、俺たちは買ったクレープを食べていた。
いちごに練乳がたっぷりかかったクレープを一口食べると、思わず頬が緩む。
「ぅんまぃ⸝⸝」
「ふっ、よかった……笑」
いるまも嬉しそうに笑って、自分のクレープをこちらへ差し出した。
「ほら、俺のも食いな?」
「ぁ、うん」
差し出されたクレープを見つめてから、俺は少しだけ迷って口を開ける。
「ぁー…ん」
そのまま一口食べると、いるまが突然固まった。
「っ、、⸝⸝」
「? なに?」
不思議に思って顔を覗き込むと、いるまは少し視線を逸らした。
「い、いやぁ…素直だなって… ⸝⸝」
「だ…だって、今日は年下でいい日なんでしょ?⸝⸝」
そう言うと、いるまも一瞬だけ目を丸くする。
「ぇ…ぁ、う、うん⸝⸝」
なんだかお互いに気まずくなって、俺は誤魔化すようにもう一度クレープを食べた。
「……で、アドバイスの話なんだけど」
いるまがクレープを食べながら、改めて口を開いた。
「おぉ、どんとこい!なんてたってこの俺だからな。演技に関しては一流の_
「恋愛ドラマに出る、予定なんだ」
「えっ……?」
思わず言葉が止まる。 いるまは少しだけ視線を落としてから、続けた。
「主人公の彼氏役で、キスシーンがある
まだその役をやるかは定かではないんだけど、その役がかなりの犬っころ系で、 俺そーいうの得意じゃねーから、うまくできるか分かんなくて」
(いるまが、彼氏役?キスシーン?)
なんで? どうして…
てか、なんでそんなの俺に相談するんだ?
胸の奥が、嫌な感じにざわついた。
いやだ。
「っ…それ、やらないとダメなやつなの?」
「え……」
しまった。
「ぁ……」
(やば、声に出て……つーか、なに言ってんだ俺)
慌てて口を閉じようとしたけれど、一度こぼれた言葉は止まらなかった。
「だ、だってさ、俺のこと好きなんでしょ? だったらさ、彼氏役やんなよ…キスシーンあるんだろ?それなのに」
(やばい。だんだんと、言っちゃいけないことが言葉に出てきてる…これじゃあ、いるまに軽蔑されるッ、)
「そんなの、なんか…」
言葉が続かない。
すると、いるまがぽつりと呟いた。
「たしかに」
「え?」
「たしかにそうじゃん。俺、なつのこと好きなのになんでキスシーンしようとしてんだろ。……うん、断っとくか」
「い、いやダメだろ!!」
思わず勢いよく突っ込んでしまった。
「どっちだよ 笑」
いるまが笑う。
「……っ」
(俺、なにやってんだ…)
自分でも何が正解なのか分からなくなって、俺はクレープを持ったまま、ただ俯いた。
「や、やるかどうかは俺が決めるべきことじゃねーよ。もし、やるならその犬っころ系の演技、俺が叩き込むから」
「………俺は、なつの悲しむ顔は見たくない」
「えっ…」
思わず顔を上げる。
いるまは、まっすぐ俺を見ていた。
「嫉妬、してくれてるんでしょ?笑」
「は、はぁち、ちがうし!これは、そ、そのぅ、、⸝⸝」
図星を突かれて、思わず視線を逸らす。
すると、いるまはそんな俺を見て、ふっと笑った。そして、俺の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「俺は、お前と共演しているこの作品に全力を出す。だから、やっぱり断るよ」
「っ、…」
(俺のせいで……)
胸の奥がきゅっとなる。
けれど、いるまはすぐに言葉を続けた。
「なつのせいじゃないから、笑。これは、俺自身の判断。そして、俺がなつと本気で付き合いたいっていう証明」
「……っ ⸝⸝」
胸が、また熱くなる。
「分かってるよッ ⸝⸝ お前が本気で付き合いたいって思ってるくらい…最初っから⸝⸝」
恥ずかしくなって、俺は顔を俯ける。
「……ばか⸝⸝」
「ははっ、笑」
クレープを食べ終え、俺たちは店を出た。
外の空気に触れると、さっきまでの甘い匂いが少しずつ遠ざかっていく。
(約束は、クレープ食べるだけだし…もう解散か…)
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ寂しくなった。 せっかく今日は休みで、久しぶりにこうしているまと二人で出かけたのに。
(…なんか、寂しい)
「なつ」
「ん?」
いるまが、少し先を指差した。
「あっちに服屋あるからさ。一緒に行かね?」
「え、ふ、服屋…?」
「そう。買いたいのあって」
「ぁ、う、うんっ⸝⸝」
思わず頬が緩んでしまう。
(嬉しい…まだ、一緒にいられ_ って!流されるな俺!⸝⸝)
慌てて自分に言い聞かせる。 ただ服屋に行くだけだ。 ただ、それだけ…それだけだから!⸝⸝
服屋に入ると、いるまは自分の服を探すより先に、店内を見回し始めた。
そして、ラックに掛かった服を何着か眺めたあと、一着を手に取る。
「この服、なつに似合うんじゃね?チェック柄とか、なつ結構似合いそう。あー、やっぱ赤系かな」
「っ、買いたいのあるんじゃねーの?」
てっきり自分の服を買うんだと思っていた俺は、思わず聞き返した。
「なつの服をな」
「へっ、?⸝⸝」
一瞬、思考が止まった。
俺の服?
いるまが選んでくれてるの?
「これ、着替えてきて」
そう言って、いるまは選んだ服を俺に差し出してくる。
「っ… ⸝⸝ ぅ、うん⸝⸝」
受け取った服を胸元に抱える。
(ど、どうしよう…素直になっちゃう ⸝⸝⸝⸝)
嬉しい。 すごく嬉しい。 でも、それを顔に出したら、絶対にいるまに気づかれる。 そう思っているのに、口元がどうしても緩んでしまった。
「……ん、着替えたよ⸝⸝」
試着室から出て、俺は自分の姿を見下ろす。
「なんかこれ、ちょっと俺には可愛すぎるんじゃね?こーいうのは、こさめとかの方が…」
その瞬間。
目の前で、いるまが何かのボタンを押した。
ピンポンピンポーン。
「わ、久しぶりに見たそれ……」
思わず目を丸くする。
「ぇ、所持してんの?」
いるまの手元にあるのは、見覚えのあるあのボタン。 いるまは真顔のまま俺を見つめていた。
「満点すぎる、天使 」
「限界オタクかよ…」
呆れながらツッコむ。
(いや、そういえばこいつ、俺のオタクだったな…)
昔から俺のことを追いかけてくれていたことを思い出して、なんだか妙に納得してしまう。
(…でも)
「…そんなに?」
つい聞いてしまうと、いるまは迷いなく頷いた。
「そんなに」
「…ふっ ⸝⸝ 」
思わず笑ってしまった。
街を歩きながら、さっき買ってもらった服の袋を手に持つ。
しばらく歩いたところで、どうしても気になって、俺は隣のいるまに声をかけた。
「ね、ねぇ、やっぱりお金… …」
「いいのいいーの。俺が出したかったんだから」
「さ、さっきのクレープの時も奢ったじゃん… 奢ってくれてばっかじゃ、気が引けるから…」
俺がそう言うと、いるまは少しだけ歩く速度を緩めた。
「今日は、なつは役者ってこと忘れて、年下ってことだけ思っとけ。 いくらでも甘えていいから」
「…っ、⸝⸝」
思わず足が止まりそうになる。
(そんなこと言われたら、甘えたくなるじゃん⸝⸝)
俺は誤魔化すように視線を逸らしながら、服の入った袋をぎゅっと握った。
「…じゃあ、今日だけだからな ⸝⸝」
小さな声でそう言うと、いるまが隣で嬉しそうに笑った。
気がつけば、外はすっかり暗くなっていた。
(…甘えまくってしまった。恥ずかしい)
クレープを奢ってもらって、服まで買ってもらって。そのうえ、最後には高級そうなレストランまで連れてこられてしまった。 しかも、いるまは当たり前みたいな顔をしている。
予約までしてあったらしい。
(なんなの、こいつ…年上ぶりやがって。たった一歳しか変わんねーっつーの)
なんとなく悔しくなって、俺は目の前の料理を勢いよく食べる。
「あむっ、あむ、あむあむ」
いつもよりいっぱい食べてやる。
なんだかムカムカする…… でも、料理は普通にめちゃくちゃ美味しかった。
そして、食事を終えて会計へ向かう。
「流石に今回ばかりは、奢る。奢られてばっかじゃ、先輩としての威厳が…」
財布を取り出そうとした、その瞬間。
「カードで」
「って、おい!なんだお前!ほんと!💢」
いるまは俺の言葉なんて聞いていないみたいに、さっさと会計を済ませてしまう。
「…好きな子には、奢りたくなるもんなの」
「へ、ぁ…⸝⸝」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
(こ、…断りにくい⸝⸝)
俺は顔が熱くなるのを感じながら、俯いて口を尖らせた。
「わざわざ送りまで、、今日はほんとなんなの?まじで⸝⸝」
家の前まで送ってくれたいるまを見ながら、俺は小さく呟いた。
すると、いるまは当たり前みたいな顔で答える。
「好きだからな」
「っ、、!⸝⸝」
一瞬、言葉が出なくなった。
(あー…不覚にも、かっこいいと思ってしまう自分が憎い)
顔が熱くなって、俺は誤魔化すように視線を逸らす。
すると、いるまが俺の頭に手を乗せた。
「明日の撮影、また頑張ろうな」
ぽん、ぽんと 優しく頭を撫でられる。
「撫でな!💢⸝⸝」
「はいはい、w」
いるまは楽しそうに笑って、手を離した。
「じゃ、おやすみ? なつ」
「っ…うん⸝⸝ おやすみ」
そう言って、俺は家の中へ入っていく。 扉を閉めたあと、背中を預けるようにして、その場で小さく息を吐いた。
(今日のは、なんだったんだよ… ⸝⸝)
そう思いながらも、口元はどうしても緩んでいた。
コメント
5件
えっ、、最高です!尊すぎてニヤニヤが止まらない! 続きが楽しみです!
無事口角上方へ消滅☆
え…………ちょっと口角が…… 最高ですよほんとに
たこ焼き
1,112
318
#殺し屋
汐月しづ
6,885
らび
22,725