「館林 昌磨です。今回社長からお話を頂いてこちらへの転職を決めました。前職も営業でしたが、こちらでは初心者ですので、皆様ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
あれから一週間程が経って、例の有望な営業マンがうちの職場へ入社して来たのだけど、私は彼に見覚えがあった。
整った顔立ちに清潔感がある身なり、そして何より見るからに人の良さそうで優しげな爽やかイケメン――彼は少し前に駅で落としたパスケースを拾ってくれた親切な男の人だと思い出した。
彼――館林さんが挨拶をしながら一人一人に笑顔を振りまいているものだから女子社員の皆はすっかり彼に夢中。
そして彼が私に視線を向けると、恐らくあっちも私に見覚えがあると気付いたのだろう。一瞬驚いた表情を見せたもののすぐに笑顔に戻っていく。
そんな彼の笑顔につられて私も微笑み返しただけなのだけど、それを心底面白く無さそうに見ていた人が居た。
「あーやだやだ、あーいう誰彼構わず笑顔振りまく男」
その人物は隣に居る私にだけ聞こえるくらいのボリュームでぼそりと呟きながら、ジト目でこっちを見てくる。
「な、何よ?」
「やっぱりお前も、あーいうのが良いんだな」
「べ、別にそんな事無いって。それよりあの人……見覚え無い?」
「あ?」
「少し前、駅で私のパスケースを拾ってくれた……ほら、あの時一之瀬がナンパと勘違いした人だよ」
私の言葉に再度まじまじと館林さんの顔を見る一之瀬。
「アイツ……まさかお前がここの社員だって知ってて声掛けたんじゃ」
「何言ってんのよ、偶然に決まってるじゃん。とにかくそんなに敵意剥き出しにしないでよ。私たちと同じ営業なんだから仲良くしないと」
「俺はごめんだね、仲良くなんて」
すっかりヘソを曲げてしまった一之瀬はそっぽを向くと、いつの間にか挨拶も終わって周りも仕事をし始めた事から周り同様仕事に取り掛かる。
私も席に着いてPCの電源を入れて準備を始めていると、
「あの、キミこの前の駅で会った子だよね?」
私の斜め後ろの席を割り当てられた館林さんが声を掛けてきた。
「あ、はい! そうです。先日はありがとうございました」
「良いって。でも驚いたなぁ、同じ職場だったなんて」
「私もびっくりしました」
「えっと、キミ、名前は?」
「あ、すみません。本條 陽葵です。館林さんと同じ営業担当なので、よろしくお願いします」
「キミが本條さんか。社長から聞いていたんだよ、期待の星だって。こちらこそよろしくね」
「え? そうなんですか? でもそんな、期待される程では無いですよ」
「いやいや、女子の中ではなかなかのやり手だって聞いてるよ」
この前の話から始まり、社長が私を褒めていたという話を聞いて驚いていると、気付けば周りからの視線を集めている事に気付く。
「本條さんと館林さんって会った事あったの?」
「あ、この前たまたま駅で」
「本條さんが落としたパスケースを拾ったんだよ」
「そうなんだ?」
私たちが初対面で無かった事を知った周りが色々と聞いてくる中、
「うるせぇな、もう仕事始まってんだからいい加減話すの止めろよ」
一人不機嫌さを滲ませた一之瀬が苛立った様子で私たちを一喝した。
「あ、ごめん……」
「何だよ一之瀬、今日はやけに機嫌悪いな?」
「いつもは一之瀬の方がなかなか仕事に取り掛からないくせにね」
いつになく不機嫌な一之瀬を前にした私たちは渋々仕事に戻っていく。
私は一之瀬が何故不機嫌なのか何となく想像がついているから謝ったのだけど、それくらいじゃ機嫌は治らないようだ。
そんな一之瀬に館林さんは、
「うるさくしてすまない……。ところで、キミの名前、聞いてもいいかな?」
うるさくした事を謝罪した上で、一之瀬に名前を尋ねた。
「……一之瀬 丞。アンタと同じく営業担当だ」
「キミが一之瀬くんか。社長から話を聞いてるよ。営業課のエースだって」
「そうっすか」
「良かったら色々教えて貰えると嬉しいな、よろしく」
「……ええ、いいっすよ。俺で良ければ。つーか、聞くなら俺に聞いてください。それからくれぐれも仕事にかこつけて必要以上に本條に関わらないでくださいね」
「ちょっ、一之瀬! そんな言い方……」
幸い周りは仕事を始めていて話は聞こえていないようだったのだけど、まさか一之瀬がここまで館林さんに敵意を向けるとは思わなかった私が思わず口を挟んでしまったけれど、それを無視して更に言葉を続けた。
「アンタ賢いんだから……その意味、分かるだろ?」――と。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!