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そんな一之瀬の言葉を聞いた館林さんはというと、
「俺は別に賢くないけど……キミの言っている意味は分かるよ。だけど……仕事上、勤務時間外でも彼女と関わる事はあるだろうし……何よりも、それを決めるのは彼女自身じゃ無いのかな? けどまぁ、一之瀬くんのその言葉は肝に銘じておくよ」
特に動じる様子も無ければ表情一つ変える事も無く、終始落ち着き払っていた。
「……クソ気に入らねぇ」
館林さんが席に着いて荷物を片付け始めた瞬間、一之瀬がボソリと怒り混じりに言葉を吐き出すのを咎める事もせず、私は複雑な気分で聞いていた。
仕事が始まってから暫く、先程の一之瀬と館林さんのやり取りを知らない上司がとんでもない事を口にする。
「――館林、暫くの間一之瀬と本條に付いて仕事のノウハウを学んでくれ。二人は営業のエース的存在だからな、色々吸収して即戦力になる事を期待してるぞ」
「はい、分かりました」
なんと、館林さんが私と一之瀬に付いて仕事を覚える事になったのだ。
まあ、同じ営業担当だし、私や一之瀬が若手なので、この先新人を育てていく練習も兼ねて教育係に慣れる為の人選なのかもしれないけれど……館林さんと一之瀬、二人と共に仕事をするなんて……正直やりにく過ぎる。
かと言って私だけが担当になれば一之瀬は面白く無いだろうし、一之瀬だけが担当になったら常に敵意剥き出しで仕事どころじゃ無さそう……。
そんな感じで色々心配していたのだけど、
「改めて、よろしくお願いしますね、一之瀬くん、本條さん」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は仕事と割り切ったのか先程のようなピリピリとした空気は感じられず、ひとまず安堵した。
そして、始めこそ穏やかな空気で仕事の話は行われていったのだけど、途中で一之瀬が担当している企業との打ち合わせが急遽入るとその空気は一変する。
「……俺はこれから打ち合わせで席外しますけど、分かってますよね? 早く仕事覚えて貰わないと困るんで、くれぐれも余計な話とかしないで仕事にだけ集中してくださいね、館林サン」
明らかに不機嫌さを滲ませた一之瀬はまたも含みのある言葉を放ち、私にも「余計な話はするな」とでも言いたげな視線を残して去って行った。
「何か、すみません……」
「いや、全然。気にしてないよ」
館林さんはとにかく大人だった。
一之瀬が失礼な態度ばかり取っているにも関わらず、気にしていないと言ってくれるのだから。
一之瀬も、少しくらい館林さんを見習って欲しいとさえ思ってしまう。
「――それに、一之瀬くんの気持ちも分からなくは無いからね」
「え?」
「こんな事言うと、彼はきっと良い顔しないと思うけど、本條さんが凄く魅力的だから俺が一之瀬くんの立場だったら同じように牽制してると思うよ」
「――!」
館林さんの突然の発言に驚いた私は声すら出せずにいた。
(魅力的とか……本人を前にサラリと言えるの、すごい……)
勿論言われて悪い気はしないし、そんな事を言われると少し意識してしまう。
(館林さん、モテるんだろうなぁ)
当然、こんなにイケメンで大人な考えで優しくて女心を分かってる人には相手がいるはずだ。
きっと彼女も美人で余裕がある大人の女性なんだろうなと思っていると、
「一つ、聞いてもいいかな?」
「はい?」
館林さんは何か聞きたい事があるらしく、少し遠慮がちに尋ねてきた。
「本條さんと一之瀬くんって、いつから付き合ってるの?」
「え!? えっと、あの……」
「ああ、ごめんね、言いたく無ければいいんだ。ただ、少し気になってね」
館林さんが聞きたい事、それは私と一之瀬がいつから付き合っているのかという内容。
あくまでも仮だけど、これも一応付き合っている内に入ると思うから、迷った末に『実は、最近なんです』とありのままを答えた。
「そっか、最近なんだ。それなら彼のあの余裕の無さも納得だな。付き合いたてなら不安になるからね、彼女が可愛いと余計に」
「そ、そんな事は……」
「……でも本当、惜しかったな」
「……惜しい?」
「だって、もう少し早く俺がここに入社していれば、二人は付き合って無かった訳でしょ? だから、惜しかったなって」
「え……」
「――さてと、そろそろ仕事の話に戻ろうか。ね?」
「あ、は、はい……」
今の館林の言葉は、一体……?
私と一之瀬が付き合って無かったら良かったって……それって……。
「本條さん?」
「え!?」
「さっきの話、一之瀬くんには内緒だよ?」
「――!!」
彼のその言葉で、さっきの意味が分かった気がした。
自惚れじゃなければ、館林さんは――私に好意があるのだという事が。