コメント
2件
裸。
寄りかかる壁はザラザラしていてちょっと痛かったけど、おしりにあたる草の感触はくすぐったくて気持ちよかった。
裸のまま眠ってしまおうかなと思って目を瞑るけれど全然眠れなかった。
『ねえ紅』
『なに』
『ちゅーしよ』
途端に紅が笑い始める。
お腹を抱えてヒィヒィと長らく笑ってから息を整えた。俺は恥ずかしくなった。
『なんだよ』
『ちゅーって。普通にキスって言いなよ』
だって、キスっていうの緊張しちゃって、と言おうと思ったけど、寸前口を塞がれて言葉が出なかった。
キスされた。
ドキドキした。
思わず彼の頭と肩に手を置き、体を密着させた。
肌と肌が重なってくっつく感触が心地よくて、ああ、幸せだなあと思った。
抵抗されないまま彼の方に倒れ込む。紅が下に、俺が上に覆いかぶさるように倒れた。
身体が汚いとか、お風呂に入ってないから臭いとか、もうどうでもよかった。
どうせ身体も心も小汚いんだから、この際2人でドロドロになろうと思った。
俺はまた彼にキスをする。舌を強引に入れたら、彼も入れてきた。
そのまま長く、長く、キスをする。
そして顔を上げ、もう一度彼の顔を見た。
誰だ、お前。
目の前の女は紅では無い。
ショートヘアの大人びた女。
おい、やめろ。キスをするな。誰だよお前。お前は違う。近寄んな。
気づけば自分の身体も、身長が高くなり、大人の姿になっているではないか。
どうなってる。
やめろ。
あの頃を返せ。
返してくれ。
やめてくれ。
息が乱れる。
吐き気にも似た具合の悪さが頭に響く。
気色悪い。
「桃さん?」
ふと女の声が聞こえて、ゆっくりと横を見る。
裸の、大人の女。
視界が揺れてめまいがする。
その女はもう一度心配そうに僕の名前を呼び、背中をさする。
その手を思いっきり振り払う。
不安そうな女を再び観察して確信する。
お前は、紅じゃない。自分の身体も、もう子供じゃない。
何もかも違う。全部、全部違う。
「お前は違う」
口から自然と出た言葉が沈黙を吐き散らした。
耐えきれなくなり、服を着て、財布から札を出し、近くのテーブルに乱暴に置く。
そのまま逃げるようにラブホテルを後にした。
逃げる俺を、その女は引き止めもせずにただ黙っていた。
西宮 桃 7月20日 土曜日 19時
「あぁ!」
水の冷たさに反射的に体が跳ね上がる。それでも水を止めず、むしろさらに蛇口をひねり、勢いよく放出される水に打たれて唇が震える。
紅。紅。紅。
ごめん、ごめんよ紅。やっぱり君に会いたい。
ホテルを出てから今日1日、ずっと君のことを考えていた。
紅の肌を、声を、息を、笑顔を、死を、思い出さないようにしてきた。過去をずっと気にしないようにしていたけれど、そんなの無理なわけで、やっぱり思い出してしまう。
それでもある程度は耐えることが出来ていた。
なのにくそっ!間違いだった。勢いに任せて体の関係を持つんじゃなかった。あぁ!
正直舞い上がった。
凛さんの体に触れた瞬間、記憶の奥底に眠っていた紅の、女の肌の感触が真っ先に思い浮かんでしまって頭が混乱した。
それからはもう、紅のことしか頭になかった。紅のことだけが頭を巡るのに、目の前にいるのは会社の後輩。何が何だか分からなかった。自分で選んだことなのに、一体今自分な何をしているのか分からなかった。
でも頭の中で紅が巡る感触は本当に最高だった。
事後、麻薬を吸ったかのように混乱した頭を落ち着かせて、今まさに自分が抱いた女を見ると、そこに居たのは紅ではなく凛さんだった。気持ち悪くてすぐに服を着て、ホテルの宿泊代とは多めにお金を置いて帰った。