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帰宅してすぐ、妙に腹が減って、異様に喉もかわいていた。家にあるカロリーメイトを賞味期限関係なく食い漁り、喉が詰まって牛乳を飲みまくり、からになると蛇口から水をめいいっぱい飲んだ。腹がたぷんたぷんに満たされ、少しだけはいてしまい、同時に何度も紅の思い出を反芻した。
あまり食べることに慣れていない胃に、突然膨大な量のカロリーメイトを入れ込んだか、胃もたれして少し気分が悪い。
それに反して、先程まで散々吐き出した陰部がまた盛りあがってきた。
また、あの感覚を味わいたい。
もうどこにもいない紅をダイレクトに感じることができるのは、きっと誰かと肌を重ね合わせることでだけだ。生身の人間を紅に重ね合わせる。そんな俺を紅が見たらなんて思うだろうか。
最低、とか言われてしまうのだろうか。
そうだよな。年下の、ましてや会社の後輩を傷つけてしまったんだもんな。
うるせー。はっ、しるかよ紅、君に俺をとやかく言う権利は無いからな。
君のことは大好きだけど、自殺を選択した君は大嫌いだ。
君は言っていたじゃないか。『生きて』と。それならどう生きようが、俺の勝手だよな。
俺の好きなように生きて、死んでやる。
まるであの頃に戻ったようだ。無邪気で、怖いものはなくて、なんでも挑戦したくて、がむしゃらだった中学生頃の自分。
あの時から、何年も押えていた欲求を今こそ吐き出したい。抑えていたのは性欲だけじゃあない。いつも散々うるさく言ってくる田中店長への怒り、昔自分をいじめた奴らへの殺意憎しみの感情がふつふつと芽生える。
全部殺したい。死ね。死ね。死ね!
近くにあった通学用鞄を壁に思いっきり叩きつける。壁に小さな傷ができて中の書類が周りにちらばっても、まだ怒りは収まらない。
牛乳パックのゴミ、カロリーメイトのゴミ、読んでいない小説、脱ぎっぱなしの衣服、枕。
何でもかんでも壁にたたきつけ、ようやく投げるものが無くなったところで落ち着いた。
はあ、そうだ。これからはしたいことをしよう。俺の人生の起点にいつだって紅の面影がある。生き方を変えるきっかけはずっと君だ。
LINEを開き、力斗さんのアカウントをタップし、あいつが送ってくれたURLを開く。
『ラブラブパートナー掲示板』
掲示板タイプの出会い系サイトのようだ。何がラブラブだよばーか。そう思いながらも早速自分が住んでる地域をタップして書き込みを見る。
そこには様々な女たちの欲望が生々しく記されていた。
『かき 25歳 お付き合い希望です』
『はるな 42歳 誰でもいい。非行なことに走りたい』
『きゃぴ 23歳 彼ピ募集中』
『なーこ 25歳 優しい人と会いたいな!』
『まい 31歳 アパレル企業。友達から』
凄まじい。
求めていることは人それぞれ。援交目的の目的の人もいれば、正式にお付き合いを求めている人。
中には、レズビアンと思しき女性の書き込みや、キャバクラの勧誘もあった。
多種多様な女性の姿。
案外、力斗さんの言う通りだ。どこにでも当たり前に、色んな世界がある。
まあいい。とりあえずは選ぼう。
まずは、紅生身の人間と重ね合わせて快感が倍増する現象がどんな女にでも当てはまるのか、サンプルを得る必要がある。
だから年齢は気にせずに決めよう。
募集書き込みの1番上に目線を持っていく。
じゃあ神様、頼みます。俺も随分都合がいいんで。
ど、れ、に、し、よ、う、か、な、か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り。
橋都 赤 7月21日 日曜日 18時
「赤くん!賄い食べてく?」
アルバイトのシフトが終わり、折りたたみの椅子があるだけの小さな休憩室で着替えている途中、将人さんが大きな声で言った。
藤川将人さん。奥さんの加奈子さんと一緒に、このラーメン屋・菊いちを経営している。
「今日は大丈夫です!ありがとう!」
叫ぶようにそう言うと、勢いよく、「はいよ!」と言う将人さんの声が聞こえた。
エプロンがニンニク臭いな。そろそろ洗わなきゃ。リュックに自分用のエプロンを詰める。
それと引き換えに、あらかじめ書いておいたシフト表を取りだして休憩室を出た。
「将人さん、これ!来月のシフト希望です」
厨房で仕込みをする手を止めて、着ているエプロンで雑に手を拭きながら、将人さんは俺の渡したシフト表を受け取った。
「ああ、ありがとう!お、たくさんはいってくれるんだねえ!」
「ほら、学校が夏休みにはいるでしょ?せっかくだからがっぽり稼がせてもらおうかな!」
「何言ってるのよ、あなた声大きいわよ。ほら、ラーメン、塩、炙り味噌、1人前ずつ。あと餃子2人前お願い! 」
横から加奈子さんがオーダーを入れる。「はいよ!」と返事をして、将人さんは中華麺と全粒粉の麺を取りに行く。加奈子さんがオーダーを取り、将人さんがラーメンを作る。長年このフォーメーションでやっていて、立場が交換することは無かったらしい。