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「し、失礼!」
誰に言うとでもなく、非礼を詫びて頬を赤らめるコユキの膝の下では、うつ伏せたままのモラクスがピクピクと小刻みに震え続けていたが、その背中は破れた皮から肉が剥き出しになっており、あまつさえ周囲から、砕け折れた背骨の残骸が不自然に飛び出しているのが見えた。
実際モラクスが背中から受けた衝撃は、背骨だけに留まらず、背ロースを経てハラミへ、更にはサガリからゲタカルビにまで到達していたのだった。
その震え続ける姿を見てコユキは思う、
――――決まったの?
と。
次の瞬間、
『ブボォオ!』
信じられ無い事に、砕けたであろう背中を血でしとどに濡らしながらも立ち上がり、短く雄叫びを上げるモラクス。
背中のみならず、己のタンを、ミノ、センマイから出たであろう鮮血で真紅に染めながら、そのツラミには先程より更に純粋な殺意が灯る。
折れた骨を無理やり筋肉でカバーしているのだろう、元々ナニの様だった全身は更にパンクアップされまくっている。
まるで、魁(さきがけ)た男たちが、何かを求めて集った塾の人みたいなガタイである。
その事を裏付ける為か、若(も)しくは依り代にした獣の種ゆえか、モラクスは叫んだ。
『モっ、モ――――――っ! (桃――――――!)』
怒りに任せた様に、強烈な技を繰り出す。
『牛肉最終狂爪(ビーフファイナルクロー)!』
傷付いた肉体を庇(かば)おうともせずに、素早く体を回転させ、所謂(いわゆる)バックハンドブローよろしく、鋭い爪音を立ててコユキの首めがけて襲い掛かる。
コユキも瞬時に分析し行動に移す。
――――この距離であればアヴォイダンスを応用したクロスアタックで体当たりならば、あの爪が届く前に懐にかませる!
感覚的に理解したコユキは、モラクスの盛り上がった、その逞(たくま)しい胸へと、恋する乙女張りに飛び込もうとし…… 転んだ。
ビッタ――ン、と、こ気味良い音を響かせて倒れ込んだコユキの膝(ひざ)はガクガクと笑いまくっていた。
三十九歳肥満女子の両膝は、アヴォイダンスに加えて、度重なるアクセルの過剰使用、メテオインパクトの衝撃の反動によって、これ以上の酷使を嫌い、いやいやと大爆笑していたのであった。
この状態の膝に無理をさせる事は、決して賢明とは言え無いだろう、ましてや彼女は流産の怖れもある女性なのだ。(※太っているだけであり、妊婦ではありません)
「ッ痛!」
よろよろと顔を上げたコユキの目の前には、倒れたときに刺さったのだろう、自分のかぎ棒がモラクスの前スネ肉あたりに、ぶすり、と深く食い込んでいた。
『グギャアァぁぁぁぁぁ! …………』
しゅ――――と黒い霧を周囲に噴き出させながらモラクスのナニの様な肉体は、前スネ肉を中心に徐々に崩壊して行った。
最後には、ネックとタン部分だけが残り叫んでいたが、暫く(しばらく)するとそれも含めて風に散るように消失したのであった。
消える瞬間、信じられ無いほど穏やかな声で、
『マラナ・タ』
と一言だけを残して。