テラーノベル
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雨が降る夜だった。紫色のネオンサインが、濡れたアスファルトに滲んで広がっている。
巨大沿岸都市『ネオ・ヴェニス』の下層街。絶え間なく室外機から吐き出される熱い蒸気と、どこか焦げ臭い雨の匂いが充満する裏路地を、僕——コードネーム『アンカー』は、息を切らして走っていた。
「おいジャック、追っ手の追撃を振り切れてないぞ! 次の角を曲がったら袋小路だ!」
僕の少し前を、黒いトレンチコートの裾をなびかせて走る男が振り向いた。
「慌てるなよ、パートナー。予定通りだ」
「どこが予定通りだ! 頼むからハッキングしたマップデータを信じてくれ!」
僕たちの職業は『運び屋』。所属するのは、どんな不可能な荷物でも目的地へ届ける非合法組織『クロノス・ディスパッチ』だ。
今回の依頼品は、街を牛耳る巨大企業から強奪した手のひらサイズの暗号化ドライブ。当然、相手も必死だ。背後からは、重機関銃を載せた三台の黒い装甲車が、路地を押し潰すような重低音を響かせて迫ってきている。
カドを曲がると、予想通り目の前には高さ十メートルを超える重厚なコンクリート壁が立ちふさがっていた。完全に行き止まりだ。追っ手のヘッドライトが、僕たちの背中を真っ白に照らし出す。装甲車のルーフから覗く銃口が、一斉にこちらへ向けられた。
「万事休すだ……!」
僕が端末を操作して脱出ルートを再計算しようとした、その時だった。
ジャックがポケットから取り出したのは、小さな金属球。超高層ビルの解体に使われる局所指向性プラズマ爆弾だ。
「ジャック、まさかそれをここで使う気か!? 爆風で僕たちまで肉片になるぞ!」
「大丈夫だ。お前は計算が得意だろ?」
ジャックはニヤリと口角を上げると、躊躇なく起動ボタンを押した。赤く点滅するLED。カウントダウンは、わずか三秒。
「物理計算によるとだな——お前が今から向こう側に吹き飛ばされれば、ギリギリ助かる!」
「はぁ!?」
返事をする猶予すらなかった。ジャックは僕の首根っこを強引に掴むと、全力で壁に向かって投げ飛ばした。
宙を舞う僕の視界で、カウントがゼロになる。
——轟!!
耳を裂く爆音と強烈な光。背後から押し寄せる爆風の衝撃波が、僕の体をさらに加速させた。爆風は完璧に計算され、コンクリート壁だけに集中的に叩きつけられる。壁が円形にくり抜かれたその瞬間、僕はその穴をすり抜けて、反対側の路地へと転がり出た。
「ぐっ……! かはっ……!」
激しく膝を打ちながら受身をとり、なんとか立ち上がる。背後の穴からは、激しい黒煙が吹き出していた。
(あいつ、死んだんじゃないだろうな……)
そう思った瞬間、煙の中から人影が優雅に躍り出てきた。トレンチコートの裾を少し焦がしたジャックが、何事もなかったかのように着地する。
彼はポケットから古びたジッポライターを取り出すと、カチリと澄んだ音を立てて煙草に火をつけた。紫煙を夜空へ吐き出すその横顔に、焦りの色など微塵もない。
「……ハッ、相変わらず無茶苦茶な男だ」
僕は乱れた息を整えながら、肩の力を抜いた。この男と組んでいる限り、命がいくつあっても足りない。……だが、どれほど絶望的な状況でも、必ず僕を連れて生きて壁を越える。
「行くぞアンカー。追っ手が迂回してくる前に、アジトへ帰る」
「了解だ、ワイルド・カード」
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僕は端末の画面を消し、煙草の煙を靡かせて歩き出す相棒の背中を、静かに追いかけた。
コメント
1件
わあ、第2話、めちゃくちゃかっこよかったです…! ネオ・ヴェニスの雨の夜の空気感、冒頭から一気に引き込まれました。プラズマ爆弾で壁をぶち抜くジャックの無茶と、それでも「計算通りだ」と言い切るクールさ、痺れますね。アンカーが信頼しつつも振り回される距離感が、バディものの醍醐味だなあと。最後に煙草に火をつける仕草も、トレンチコートも、絵になるなあ…。続きがすごく気になります!