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 慣れた様子でフロントへ行く翔馬の後ろを、一歩離れてついていく。この場合、わざと連れ立って歩く方が違和感がなくていいのかな?なんて冷静に考えてしまう自分がいることに少し驚く。
 出会ったばかりでこんな所に来てしまった自分と、この後、越えてしまってはいけない壁のようなものを越えようとしていることを考えると、足が地に着いていないような心地さえするのに。
 翔馬は、部屋のカードキーを受けとると私に歩み寄り腰に手を回してきた。きっとこんな姿を知り合いに見られたら、何も言い訳できないだろう…それなのに、されるがままで私は歩く。
 チン!と音がしてやってきたエレベーターに乗り込む。5階のボタンを押す翔馬。振り返り、二人並んだ姿が鏡に映った。そこには普段見たことのない私と、私には不釣り合いなほどのいい男がいた。私みたいな女には、もったいないほどのいい男だと思う。
 「どうしたの?ミハル…」
 「え、あ…」
 振り向いた私の顎をくいっと上げてキスをしてきた。咄嗟に押し戻す。
 「っ!!こんな…」
 こんな場所でキスするなんて、と言うより前に5階に到着した。ふふっと笑う翔馬に肩を抱かれて部屋へ向かう。
 カードキーを差し込むと、カチャリと金属音がして鍵が開いた。このまま中へ入ってしまうと…この後を想像しただけで入り口で足がすくんでしまう。
 「ん?どうしたの?ミハル」
 「あ、ううん、緊張しちゃって、その…」
 「とにかく、入りなよ。ここなら二人でゆっくりできるよ」
 「あ、うん」
 まっすぐ歩けているのだろうか?わからないくらい足元がおぼつかない。
 「はぁー、疲れたー」
 ジャケットを脱いで腕時計を外し、どっかとベッドに体を投げ出した翔馬。私はライティングデスクにバッグを置くと、なんとなく立ち尽くしてしまった。
 「おいでよ、こっち。寝転がったら起き上がるのが億劫になっちゃったよ。昨日から東京で動き回ったからさすがに疲れが出たみたいだ」
 「…そうなんだ。なんか、私のために無理させちゃった…のかな?」
 「いいや、違う。ミハルに会えると思ったから昨日頑張ったんだよ。ほら、おいで」
 まるで、優しいお父さんが娘を呼ぶような声に呼ばれて、私はそっと寝そべる翔馬の横に座った。
しばらくの静寂…。心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、ドキドキしている。
 「あ、このままだと寝てしまいそうだ、先にシャワー浴びてくるよ」
 「え?あ、うん」
 ベッドの枕元のデジタル時計を見た。
 ___12時か
 翔馬がシャワーを浴びてる今なら、何もなく帰ることができる。でも。
 ____一度くらい、いいよね?
 そう思う私がいた。
サイトで知り合ってから今日まで2ヶ月くらい、翔馬という人間を見てきた。こんなことは慣れている人だと思う。見た目だってあんなにいいんだから、きっと私以外にもこうやって会う女はいるのだろう。だったら、一度くらいいいよね?なんて思った。これは遊びなんだからと自分に言い聞かせる。私は今、ミハルなのだから。
 「ミハルもどう?」
 「うん、浴びてくる」
 翔馬と入れ替わりにシャワーを浴びた。