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自宅へ戻ってきてから数日が過ぎ、暫く塞ぎ込んでいたエリスにもようやく食欲や笑顔が戻りつつあった。
ギルバートの自宅は木々に囲まれた自然豊かな場所にある事もあり、人と関わる事もなく心穏やかに過ごせているのが一番大きい効果と言える。
薪割りをしていたギルバートが水分補給の為に部屋の中へ入るとエリスの姿が無く、どこへ行ったのか再び外へ出てみると、リュダに餌をやっていたらしいエリスはリュダの背を優しく撫でながら、「美味しい? 沢山食べてね」と優しく話し掛けていた。
「エリス」
「あ、ギルバートさん」
「リュダの餌やり助かるよ」
「いえ。あの、何かお手伝いする事ありますか? 薪割りは無理だけど……」
「そうだな、そろそろ昼飯の時間も近いし、川で水を汲んでくるから、先に料理の下ごしらえをしていてくれるか?」
「あ、それなら私が川へ水を汲みに行きますよ?」
「いや、いい。ついでにリュダにも水を飲ませてくるから、エリスは中で待っていてくれ」
餌やりくらいは一人で出来るエリスたが、乗ったり、手綱を握って共に歩いたりというのはまだ一人じゃ上手くリュダを扱えず、川で水を飲ませたいギルバートは自分が行ってくると伝えてエリスには料理の下ごしらえを任せる事にした。
ギルバートとリュダを見送ったエリスはキッチンに立つと、用意されている野菜を洗って切る作業に取り掛かる。
初めこそ手付きが危なかったエリスもギルバートに教えられたお陰でまともになった。
父親の死の真相を聞いてからというもの、エリスなりに心を整理した。
聞いてから暫くは怒りでどうにかなりそうだった彼女も、ギルバートに諭され、怒りや憎しみを抱き続けたままでは復讐もままならない事を理解し、怒りを無くす事は無理だとしても冷静さを失わないくらいに心を落ちつかせる事が出来た。
それでも、やはり一人になると色々考えてしまう。
野菜を切りながらふと考えごとをしてしまったエリスの手元は狂い、
「痛ッ」
不注意から包丁で指を傷付けてしまった。
傷自体そこまで深く無いものの刃物で肌が傷付いたその瞬間、あの日暗闇で見知らぬ男に襲われた出来事が再びフラッシュバックしてしまう。
「……ッはぁ、……っ、」
その場に蹲ったエリスは過呼吸になり、息苦しさを感じながら必死に息を吸おうとする。
そこへ、
「エリス!?」
ちょうど水汲みを終えて戻って来たギルバートが駆け付け、彼女の背中を擦り始めた。
「落ち着け、ゆっくり息を吸って、吐くんだ」
何があったのか状況判断が出来ないものの、何かをきっかけに過呼吸を起こした事だけは分かったギルバートはひとまずエリスの呼吸を整えるのが先だとひたすら彼女の背を優しく擦り続けた。
何度か吸って吐いてを繰り返していくうちに落ち着きを取り戻したエリスを前に安堵するギルバート。
ふと、彼女の左人差し指から血が滲んでいるのを確認する。
「エリス、指切ったのか?」
「……すみません、不注意で、少し刃先が掠ってしまって……」
「すぐに手当しよう」
「はい……」
その状況からギルバートは何故エリスが過呼吸になったのか何となく理解し、それには触れず黙々と傷の手当をした。
「よし、これでいいだろう。水に濡らさないよう、気をつけるんだ。食事の支度は俺がやるからエリスは座っていろ」
手当てを終えたギルバートは椅子から立ち上がると、エリスがやりかけだった野菜切りを再開する。
一方のエリスはというと、その場から動く事もせず、手当てされて包帯が巻かれた指を無言で眺めている。
そんなエリスを気に掛けつつも、今は何も言わない方がいいだろうとギルバートもまた、無言で食事の支度を続けていた。
それから暫くして、野菜スープと洋風のパスタが出来上がる。
食卓に並べられていく料理を前にしたエリスは、「美味しそう……」と小さな声で呟いた。
それを耳にしたギルバートの口元は微かに緩み、「エリス、食べ終わったら少し散歩に出掛けよう」と言いながら、エリスと向かい合わせに座る。
「……あの、用意してもらって、すみませんでした。」
「構わない。気にするな。それよりも早く食うぞ」
「はい。いただきます」
こうして二人は食事を始め、徐々にエリスの表情が和らいでいくのをギルバートはホッとした様子で眺めていた。
食事を終えて片付けを済ませたギルバートは、リュダの元に居たエリスに声を掛ける。
「片付け終わったし、そろそろ出掛けるか」
「はい」
食事中は時折笑顔を見せていたエリスだが、やはり一人になると色々考えてしまうのか、またしても表情が暗く元気も無い。
そんな彼女を元気づけたいギルバートはどうすればいいのかを考えるも、良い案が思い浮かばずこちらはこちらで悩んでいた。
とにかく今は気晴らしに散歩に出掛けるのが一番だろうと、二人はリュダを連れて自宅を出発した。
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