意識が海の中へ落ちていく。光もなく、音もなく、感覚も、生きている心地もしない。
あぁ、私は死ぬのだろうか。みんなの役にも立たず、死んでしまうのだろうか。死んだあと、ただ、全員に迷惑をかけて、みんなから忘れ去られてしまうのだろうか。
嫌だ
いやだ
───────────────────
「────ん、日本!」
聞き覚えのない声が聞こえる。
「日本、返事してよネ!」
まるで、海底からだんだんと陸地に上がっていったみたいな感じだ。声がはっきりと聞こえてくる。
「日本!起きて!」
急に人の声が頭の中に鳴り響き、私は飛び起きるように意識が覚めました。
目線を動かすと、そこは病院のような場所。そして、そこにいたのは、見覚えのない三人の姿がありました。私が目を覚ますと同時に、相当嬉しかったのか、三人で一緒に抱きつき、緑色の髪の女性はポロリと涙を流していました。
「日本!良かったぁ、目が覚めてぇ!!」
緑色の髪の女性が私に抱きつきながら言いました。熊の髪飾りが私の顔に擦り付く。
「おい、日本が驚いてるだろ。日本は怪我人なんだから安静にさせておかないと」
と、青、というより、紺色の髪の人が緑色の髪の女性に対して言い
「二人とも、何だか、日本が浮かない顔をしてるんヨ」
髪の長い赤めの髪の女性が心配していそうな声で二人に声をかけました。三人の視線が私に突き刺さります。
「あ、えっと…」
私が一言発すると、三人とも前のめりになってきました。
「……恐縮ですが…」
「あなた方は、どちら様でしょうか…?」
《 造花のブーゲンビレア 》
第1話『記憶喪失』
「「「………え?」」」
三人は顔を見合わせながら、信じられなさそうにこちらを見ました。緑色の髪の女性は特に信じられなさそうにこちらを見ており、紺色の髪の男性は何かブツブツと話しています。唯一まだ冷静だったのは赤色の髪の女性でした。
「と、とにかく、看護士さんを呼んでくるネ!二人とも、あんまり日本にストレスかけないでヨ!」
実はかなり焦っていたのでしょうか。病室?から出る時に長い三つ編みをドアに挟めてしまっていました。
「………それでだが、日本」
「……?」
紺色の髪の男性が私に話しかける。私は、日本という名前、なのでしょうか?
「本当に、何も覚えていないのか?」
彼の目には疑惑、心配、そして、困惑の色が見えました。
「は、はい。あなた方が誰なのかも、分からない状態、ですね」
私がそう答えると、男性は大きなため息を吐きながら言いました。
「まあ、日本がもともと嘘を吐くとは思えん。どんなに荒れていようとも、礼儀はしっかりしていたからな」
「そ、そうなんです、か…」
彼の目は、どことなく悲しそうでした。記憶がなくなる前の私はどのような人だったのでしょうか。
「ねえ日本、本当にウチの事覚えてないの!?」
緑色の髪の女性が私に飛びかかるように質問してきました。彼女は私の肩を掴み、私の体を大きく揺らしました。
「す、すみませ…」
私はか細い声しか出せませんでした。しかし、それでも私の声が聞こえたのか、彼女は我にかえり、私を揺らすのをやめてくれました。
「ご、ごめんね!感情的になっちゃった!まさか、友達が記憶喪失になるとは思わなくて…!」
彼女の顔は優しく、笑顔を絶やしませんでした。
「あ!記憶をなくしてるなら、自己紹介した方がいいよね!」
彼女はくるりとスカートを回し、ポーズをいれながら
「ウチの名前はイタリア!みぃ~んなのお姉さんだよ!困ったことがあったらいくらでもイタリアお姉さんに聞くんだよ~!」
と、緑色の髪の女性、イタリアさんはウインクをしながら私に言いました。
「………私も自己紹介した方がいいか」
イタリアさんにつられ、紺色の髪の男性がコホンと咳払いをしました。
「私はアメリカだ。……世界で有数の会社の社長を勤めている」
紺色の髪の男性、アメリカさんは落ち着いた様子で淡々と話し始めました。
「そして、先程いたあの髪の長い三つ編みのやつが中国だ。あいつは気分屋だが面倒見がよく、相談にはよく乗ってくれるやつだ」
アメリカさんは親切に、先程いた人、中国さんの説明もしてくれました。
「そして、貴女の名前は日本。貴女は」
アメリカさんは一呼吸置き
「………今週から、私の会社で働く」
「……………へっ?」
あまりの唐突さに、私は変な声が漏れてしまいました。イタリアさんは、私の変な声が面白かったのか、笑っています。
「唐突だったな。すまん。まあ、それなりの理由はある」
アメリカさんがそういった瞬間、廊下から足音が聞こえ、誰かが入ってきます。
「日本さん、目覚めましたか!」
どうやら、看護士が来たようです。
「………この話は後で、だな。看護士に今の状況を伝えろよ。それでは、またな」
アメリカさんは看護士が来たのとほぼ同時にそう言い、病室から出ていきました。
「それじゃあ、ウチも出ていくね!あ、お見舞いには毎日くるから安心してね!」
イタリアさんも、アメリカさんが行ってからすぐに出ていってしまいました。
「……」
でも、何ででしょうか。
心が温かくなっている気がします。
どうやら、私は本当に記憶喪失になってしまったようです。診断結果、記憶の大部分が抜け落ちてしまい、元の記憶を戻すのはほぼ不可能という結果でした。
退院日は三日後ということで、その間はちょっとしたリハビリをすることとなりました。その間にも、アメリカさんや中国さん、イタリアさんが来てくれました。特に、イタリアさんが一番側にいてくれました。イタリアさんは色んな人のお話をしてくれました。一番イタリアさんがお話の中で名前が上がった人は、ドイツさんでした。
「ウチとドイツと日本はね~、前、とっても仲良かったんだよね~!」
私が記憶がなくなる前のお話や、ドイツさんがどんな人か、色々話してくれました。
「日本に会えれば、ドイツは喜ぶと思うんだよね!今の日本はドイツが誰なのか、どんな人かまだはっきり分かんないと思うけど大丈夫!きっと前と同じように、優しく接してくれるよ!」
イタリアさんはいつも笑顔で話してくれました。私がどんなに不安がっても、全て前向きに答えてくれました。
退院当日、アメリカさんが迎えに来てくれました。
「日本、記憶が全て抜けているなら、家が分からないだろう?貴女の家を案内するから着いてこい」
病院から出た後、アメリカさんは私に地図と鍵を渡してくれました。
「あ、ありがとうございます」
軽く会釈をした後、アメリカさんの車に乗せられました。
「……日本、気分はどうだ」
「あ、大丈夫です」
「そうか」
アメリカさんは運転しながらも、私の体調を気遣ってくれました。そして、車の中で、私がこれから勤務する仕事について説明されました。
「まあ、明日はゆっくり休んで欲しい。それで、職場は先程配った地図に書かれている。赤いマーカーが引かれているところ。そこが私達の会社だ」
私は赤いマーカーが引かれているところを探しました。地図でみる限り、どうやら会社の回りには殆ど建物がないようでした。
「そして、青いマーカーが引かれてあるところが貴女の家だ」
青いマーカーのところは赤いマーカーのところと少々離れていました。大体15kmでしょうか。
「まあ、貴女の家の近くには幸い電車がある。線を間違わなければ電車一本で行ける。そこは安心しろ」
とアメリカさんが言ってくれました。しかし、どんなに電車一本で行けるとしても、道に迷いそうで怖いです。
「まあ、何か困ったことがあったらここに電話をしろ」
そう言って、アメリカさんは一枚の紙切れを渡してくれました。
「ありがとうございます」
アメリカさんの電話番号と会社の電話番号でしょうか。二つの電話番号が書かれていました。
「上が私の電話番号、下が会社の電話番号だ。まあ、どちらも私に電話が行くから安心してくれ」
「は、はい」
この会話の後、数分間は何も話しませんでした。会社の話は入院しているときにされていたため、もう話すことはないのでしょう。
「日本、着いたぞ」
「!」
いつの間にか、私は寝てしまっていました。
「あ、すみません。ありがとうございます」
私は深々と頭を下げました。
「いいんだ。ま、今日と明日はゆっくり休め。明後日の朝に電話をする。それまで待っててくれ」
「わ、わかりました。それでは、また会いましょう」
私はアメリカさんの言葉にもう一度頭を下げ、別れの言葉を言いました。
「あぁ。またな」
アメリカさんの言葉を背に、私は家の鍵を開けました。どうやら、私の家は一軒家みたいです。
長い間開けられていなかったためか、扉が重く、開けにくくなっていました。私が無理矢理扉を開けようと扉に全体重をかけた瞬間、扉が開いたのと同時に私は倒れてしまいました。
「っ!」
少々痛く、擦りむいてしまったようです。幸運にも、血は出ていなかったのが救いです。家の中は埃っぽく、長い間使われていなかったのが目に見えて分かりました。
「…料理をするにも、洗濯をするにも、まずは掃除した方がいい、ですかね」
私が家に入って初めて行動したのは掃除になりました。掃除をするにも、水を汲もうとしても水道から水は出ず、電気も付けれない状態でした。
それでも、私は最低でも掃き掃除を行いました。換気も行いながら、私は数時間埃と戦い続けていました。
なんとか殆ど全ての埃を捨てることに成功しました。服に付いた埃を払いながら、私はふうっとため息を吐きました。そうして、私は床に寝転がりそのまま眠ってしまいました。
誰かが日本の事を見ている。その影は暗く、陰よりも暗く。其奴の目は、日本の何かを見て立ち去るのだった
コメント
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日本んんんんんんんんんんんんんん!好きだぁぁぁぁぁ!もう最&高ですね👍