テラーノベル
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用の済んだ鳴海を千崎に任せると、京介は佐山文至が見張っている倉庫の対角線上へ足を向けた。
さして吸った気なんてしないのに、すっかり根元の方まできてしまっていた煙草を携帯灰皿にねじ込むと、京介は新たな一本に火をつけて咥えた。そうしておいて、気持ちを切り替えるように大きく吸い込んで、ふぅーと煙を吐き出す。
京介へ一礼する佐山に小さく頷くと、鳴海同様手足の自由を奪われ、目隠しに猿轡を噛まされた状態で床へ転がされている細波鳴矢を見下ろした。
「目と口」
すぐそばの佐山へ端的にそれだけを告げると、心得たもの。佐山が鳴矢の腕をグイッと掴んで座らせて、目の覆いと口枷を外した。
先ほど千崎に引っ立てられて行って、鳴海はもうこの倉庫内にはいない。あれだけ喚いていたのだ。母親の存在は視野を奪われた状態でも感じていただろう。むしろ視界が開けた先に、いると思っていた鳴海の姿がない。その方が鳴矢の恐怖心を煽れて好都合なんじゃないか? そう判断した京介は、怯えたようにこちらを見遣る鳴矢の前へしゃがみ込んだ。
「ママは……」
案の定、倉庫内をキョロキョロと見回して、すぐさま鳴海の姿がないことを不審に感じたらしい鳴矢がポツンとつぶやく。その声に、京介はスッと瞳を眇めた。
(この歳になって〝ママ〟とはまた……)
如何に目の前の男が母親に負んぶに抱っこで生きてきたのか、その甘ったれた呼び方だけで垣間見えた気がして、京介は虫唾が走るのを感じた。
(自分の母親が芽生からそういうのを根こそぎ奪っちまったとは思ってねぇんだろうな)
そればかりか、母親の言うがまま。芽生を自分たちが幸せになるためだけの道具にしようとしていたのだと知っているから、余計に腹立たしい。
「母親の心配してる余裕があんの、ある意味すげぇな。俺、今からアンタにもしっかりと落とし前をつけてもらう気満々なんだけど?」
グイッと無造作に鳴矢の髪の毛を掴んで、咥え煙草のまま見下ろしたら、ポロリと鳴矢の頬の上へ灰が落ちた。炭化したばかりの灰燼だ。まだ熱かったんだろう。鳴矢が小さく呻いて顔を歪める。
「細波さんよ。あんた、ちぃーと見ねぇ間に、随分いい男になったじゃねぇーか」
言って、京介が鳴矢の顔へ向けてわざと煙を吐きかけると、煙草なんて吸わないんだろう。鳴矢が咳き込んで、乗っかっていた灰がホロリと落ちて床へ散らばる。灰があった箇所が、ほんのり赤くなっているのが分かったが、すでに顔が変わるくらい佐山から痛めつけられているのだ。今更灰が落ちた程度の些細な火傷が増えたからといって、大差ないだろう。
佐山に殴られ、面相の変わった鳴矢を見下ろすようにしてニヤリと笑ったら、ひとしきり咳き込んで涙目になった鳴矢が、意外にも京介を睨みつけてきた。
「そ、そうだ! 今アンタが言った通り、僕は……そこの男から充分過ぎるくらいの制裁を受けてる! こ、これ以上は過剰だって思うだろ!?」
その言葉に、京介は胸の奥の方で何かがスッと冷えていくのを感じた。
(何の罪もねぇ芽生をあんなひどい目に遭わせておいて……これぐらいで十分だと思ってやがるのか? 上等じゃねぇか)
「思わねぇな」
ポツリと心のままを口の端に乗せれば、鳴矢が信じられない! と言いたげに京介を見上げてきた。
「こ、この、外道!」
「外道? まぁ確かに俺は極道なんてモンをやらせてもらってるし……堅気さんから見りゃーそうなのかも知れねぇなぁ」
ククッと笑って大きく息を吸い込んで苦い煙を体内へ取り入れると、京介はまるで溜め息を可視化したいみたいに長々と吐き出した。
「けど……罪もねぇ人間を私利私欲のため、何人も手に掛けたお前の母親は俺たち外道以下……。まさに鬼畜生だな?」
京介の言葉に、先程鳴海が――まさか鳴矢が聞いているだなんて思わずに――吐露した悪行の数々が聞こえていたんだろう。鳴矢が言葉に詰まったのが分かった。
京介が鳴海の目隠しを取らなかったのは、鳴矢がいることで変なストッパーが掛かるのを防ぎたかったからだったのだが、ビンゴだったらしい。
あんな女でも、鳴矢の前では一応にいい母親であろうと努力していたんだろう。
放火や芽生誘拐への関与に関しては息子に話せても、さすがに殺人やひき逃げの教唆までは告げていなかったらしい。
鷹槻れん

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月詠 涼
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普通の感覚で考えればそれだけでも十分ありえないことを我が子に明かしているわけだが、まともな人間に育てられなかった鳴矢もまた、常識からはかけ離れた感性を持っていたようだ。
そもそも鳴矢は母親に言われるがまま、芽生を誑かすことも、また芽生に婚姻届を書かせるという目的遂行のため、何の罪もない猫の命を危険にさらすことも平然とした様子でこなしていた節がある。芽生の性格を熟知した上で、猫の命を盾に彼女を脅すことも厭わなかったようだ。
京介としてはそんなことをする人間に倫理観があるとは思えなかったのだが、そんな鳴矢でも母親が人殺しをしたというのは容易には受け入れられないらしい。なんとも不可解な話だ。
「け、けどっ、ママは……僕のために必要だと思ったから仕方なくそうしただけでっ! きっとやりたくてしたわけじゃないはずだ!」
「あ? そりゃぁ息子のためって免罪符がありゃー、何をしてもいいって意味か? だとすりゃぁ……」
京介の低めた声音に、不穏なものを感じたんだろう。鳴矢がおびえた顔をして口を閉ざした。
「俺が大事な女、傷付けられたって名目で何かやらかすのも、大義名分があるってことで、構わねぇよなぁ?」
京介がそう問いかけた途端、慌てたように「そっ、そんなことを言ったわけじゃないだろ!? 曲解するなよ!」と言い訳がましく鳴矢が喚き散らす。
京介はそんな鳴矢を黙殺すると、佐山へ視線を向けた。
「佐山、指示しといたモンの手配は出来てるか?」
「もちろんです」
京介の言葉に鳴矢が心底怯えたような顔をして、「なっ、何をするつもりだ! この反社ども!」と縛られたままの身体をジタバタさせる。
京介は「うるせぇよ」と鳴矢を一瞥してから、彼の上へわざと煙草の灰を降り注がせた。別に初っ端のように塊で落ちたわけではない。崩れた灰が降り注いだだけだから火傷なんてしないだろうに、鳴矢はまるで熱さを感じたみたいに身をよじった。
そんな鳴矢に軽く蹴りを入れて止めをさすと、京介は佐山が差し出した紙パックと、半ばからスパッと上下に切り分けられたペットボトルの飲み口側を受け取った。
「押さえろ」
周りに控える男たちへ京介が命令を下すと、「や、やめろ! 僕に触るな!」と藻掻く鳴矢をお構いなしにガッチリと拘束させる。
「なぁ細波さんよ、これ、何だか分かるか?」
京介が目の前でチャプチャプと水音を立てて揺する紙パックを見て、それが未開封なことを確認した鳴矢が「た、ただの牛乳、じゃないか。……だろ?」と縋るような視線で見つめてくる。
「ああ、今んトコただの牛乳だ。お前が猫に飲ませたのと一緒だな。だが――」
ククッと笑って牛乳を開封すると、京介は佐山に目配せする。
「なんの変哲もねぇ牛乳を飲ませたんじゃアンタ、腹下すとは限らねぇしな、ちぃーとばかり細工させてもらうわ」
言って、佐山が追加で差し出してきた薬のパッケージと思しき箱を受け取った。
いわゆる刺激性下剤の代表格ともいえる、効き目が強めなそれは、飲めば腸の動きを著しく刺激して、腹痛とともに下痢を引き起こさせるしろものだ。
錠剤が多いなか、わざわざ顆粒状のものを用意させたのは、当然牛乳に混ぜ込んで無理矢理飲ませやすくするために他ならない。
SMなんかで使うような開口器でもあれば尚よかったんだろうが、さすがにそこまでの準備はない。代わりにペットボトルの口を咥えさせて漏斗のようにして流し込む算段だ。
口を開けさせたまま固定出来ないぶん人手は取るが、幸い京介には配下が何人もいる。
「んじゃ、ご馳走タイムといきますか♪」
京介は努めて明るく言い放つと、「やめろぉぉぉ!」と抵抗する鳴矢を手下たちにグッと身動きできないようホールドさせた。元々手枷・足枷はさせたままだ。動けなくするのなんて容易い。
「なぁ、細波さんよ。うちの殿様にもたんまり飲ませてくれたんだろ? 牛乳」
言いながら一包目の下剤を鳴矢の口へ無理矢理噛ませたペットボトル漏斗の中へ入れてから、すかさず牛乳を注ぎ込む。
ゲホゲホとむせて口の端から牛乳をこぼす鳴矢の鼻をギュッと摘まんで呼吸を塞げば、苦しさから空気を求めて口の中のものを嚥下せざるを得ない。
それを何度も何度も繰り返して、牛乳一リットルとともに下剤を二十包近く飲ませてから、京介は腹痛で顔を歪ませる鳴矢を冷ややかに見下ろした。
「佐山、こいつ、このまま人通りの多いトコへ転がして来い。出来ればさかえグループ本社の近くがベストだ」
そろそろ出勤時間が近い。たくさんの社員たちが社屋を目指して出社してくる頃だろう。
「あー、あと……放り出す時、拘束だけは解いとけ」
そう付け加えるのを忘れなかったのは、身動き出来るのに漏らしてくれる方が、無様で好都合だからだ。
もしかしたら目的地に着くまでに粗相をするなんてことも十分あり得るが、そこはまぁ、仕方ないと佐山にも諦めてもらうしかない。
あくまでも今回の目的は細波鳴矢のプライドと、今まで職場で培ってきたであろうモテ男としての立場をズタボロにしてやることだ。そのためのリスクは、佐山にも目をつぶって欲しい。
「佐山よ。もしかしたらすげぇしんどいことになるかも知んねぇが……引き受けてくれるか?」
「任せてください」
その言葉を聞いて、京介は思わず「すまねぇな」と告げていた。
鳴矢のことは一旦野放しにはするが、すぐ警察に拘束させる。
芽生を誘拐・監禁して市中を連れ回したこと。猫の命を盾に脅迫して婚姻届を書かせたこと。そうして芽生自身は明言しなかったけれど、彼女の頬が赤くなっていたことだって京介はしっかり気付いていた。あれは立派な傷害罪だろうし、あわよくば監禁中の怪我ということで、監禁致傷罪も立証できるよう警察に色々情報をリークしてやるつもりだ。その際は芽生にも少し協力はしてもらわねばならなくなるだろうが、そこはまぁ後からたっぷり甘やかしてケアしてやればいい。殿様のことも、動物愛護法違反のはずだ。
佐山が鳴矢に怪我を負わせているのは、まぁ芽生を助ける時に抵抗されて仕方なく、とでもでっち上げればいいだろう。少々のことならもみ消してやれるだけのコネと力はあるつもりだし、佐山を罪に問わせるようなヘマをするつもりはない。
「頼んだぞ、佐山」
京介の言葉に、佐山が一礼して細波を引きずるようにして倉庫を出て行った。
鳴海は千崎に、鳴矢は佐山に――。
ちょっとばかり他力本願が過ぎるかも知れないが、田畑栄蔵の所へ可愛い芽生を預けている。それが気になるということで今回だけはまぁ大目に見て欲しい。
殺伐とした場にいたせいだろうか。
やけに芽生の屈託ない笑顔が恋しくなった京介である。
京介は短くなった煙草を携帯灰皿にねじ込むと、「じゃ、みんなすまねぇーが後のことは頼むわ。俺は今からちぃーとばかり野暮用があってな」と、ひらひらと手を振って倉庫を後にした。
皆、黙って「行ってらっしゃいませ」と頭を下げるにとどめてくれたが、京介が芽生のところへ向かうことは恐らく周知の沙汰だろう。
コメント
2件
猫ちゃんと同じ目に(笑)
第30話、めちゃくちゃ熱かったです…。京介さん、鳴矢に一歩も引かず、牛乳×下剤で「やられたらやり返す」を徹底する姿が痛快で。でも最後、芽生さんの笑顔が恋しくなって倉庫を後にするギャップに胸がぎゅっとなりました。細波親子の凋落っぷりは読んでいて溜め息が出るほどで、次が待ち遠しいです🌷