テラーノベル
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『田畑栄蔵』と、美しい墨文字が浮き上がって見える手彫り技法の木製の表札が掲げられた数奇屋門に仰々しく出迎えられる。 徹夜明けの京介には、朝の光に燦然と輝く瓦屋根と白壁は少々まぶし過ぎて、思わず目を眇めずにはいられない。
いかにも日本家屋という佇まいは、大会社『さかえグループ』の社長の家として申し分のない大きさと威風堂々とした雰囲気を醸し出していた。
ぐるり先が見えないほど向こうの方まで伸びた真っ白な塀は、敷地全体を囲んでいる。瓦屋根の乗っかった伝統的な土塀というやつだ。
だが古風に見えて、要所要所に配された監視カメラには一分の隙もない。こういう稼業をやっていると分かるのだが、なかなかに計算され尽くした配置だ。
加えて敷地内には住み込みのボディガードも複数名いるらしいから、本当に大したものだと感心する。
どこぞの国の大統領張りにセキュリティ面がしっかりしていると調べが付いていたからこそ、京介も大事な芽生を安心して任せることが出来たのだ。
数奇屋門の雰囲気を壊さないよう配慮された、控え目な色合いのインターフォンを押すと、
「相良京介だ。神田芽生を迎えに来た」
カメラがこちらの様子を観察していることは承知の上で用件を話す。
すぐさま応答があって、中から閂を外しているのであろう音が聞こえてきた。
出迎えてくれたのは屈強そうな雰囲気の男だったから、恐らくボディガードの一人だろう。
「こちらです」
その男に案内されるまま付き従えば、これまた(どこの施設の日本庭園だよ)と言いたくなるような白い玉砂利が敷き詰められた立派な庭と、圧倒的な存在感を誇る玄関が見えた。
京介たちが玄関にたどり着くより先。引き戸が中からガラガラッと開いて、子犬みたいにちっこいのが飛び出してきた。
「京ちゃん!」
恐らく、屋敷の中から京介が入ってくるのを見ていたんだろう。当然のように京介の胸に飛びついてきた芽生の頭をヨシヨシと撫でながら、「待たせたな」と瞳を細めれば、芽生が「ホントだよぅ!」とぷぅっと頬を膨らませてみせる。そんな芽生の体温が、いつもより高いように感じられるのは、自分の手が冷え切っているからだろうか。
芽生に触れる己の手をふと見下ろして、先程まで嫌な仕事をしていたことを思い出した京介は、芽生の顔が見たくてここへ直行してきてしまったが、風呂でも入ってくれば良かったと後悔した。だが、幸いというべきか。腕の中の芽生は、「京ちゃん、煙草くさぁーい」とこちらを見上げてくるだけで、それ以外の気配を感じ取っている様には見えなかった。
そのことに、京介が内心安堵していたら、田畑栄蔵がこちらへのっそりと近付いてくるのが見えた。
「じいさん、急にこいつのこと頼んですまなかったな」
突然、今まで面識のなかった孫を一晩押し付けたのだ。もしかしたら気まずかったかも知れないと思って謝罪すれば、キョトンとした顔をされる。
「何を謝ることがある? わたしは大変有意義な時間を過ごさせてもらったぞ? 何ならもう一晩……。いや、もっと言えばこの先ずっと……。ここへその子を預けておいてくれても構わんくらいだ」
ククッと笑われて、(このタヌキが)と思わずにはいられない。
栄蔵が思いのほか孫とのひと時を楽しんだのだと察した京介は、ニヤリと笑った。
「そいつは大変魅力的な申し出だが、悪ぃーな。俺は大事なモンは手元へ囲っておきたい主義でね。その申し出は丁重にお断りさせてもらうわ」
京介としては田畑栄蔵を牽制するつもり。何の気なしに告げた言葉だったのだが、言うなり腕の中の芽生がピクッと反応したのに気が付いて、(しまった)と思った。
「京ちゃん、いま私のこと、大事って言ってくれた?」
キラキラとした大きな目で見上げられて、その瞳がいつもよりウルウルと濡れ光っているように見えるのは気のせいだろうか? とどうでもいいことを思ってしまう。その期待に満ちた視線に、何となくバツが悪くなった京介は、それには答えずふぃっと視線をそらせると、芽生の肩を抱いて「帰るぞ」と踵を返した。
そんな京介の背中に「なぁ、相良さん。あの二人は――」と栄蔵の声が投げかけられて、京介は芽生の肩へ手を掛けたまま立ち止まった。
あの二人、とは細波母子のことだろう。
腕の中でじっと自分を見上げてくる芽生と、あえて視線を合わせないようにして振り返ると、一言「済ませてきた」とだけ返した。だが、栄蔵も心得たもの。「そうか」と神妙な顔をして頷いただけで、それ以上は聞いてこなかった。
鷹槻れん

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#極道
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月詠 涼
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詳しい話は芽生がいないところでしたい。
京介は、その気持ちは栄蔵も同じなんだな……と思った。
***
「なぁ芽生。婚姻届だがな――」
「今から出しに行くの?」
〝婚姻届〟と口にした途端、芽生からワクワクした瞳で見詰められて、京介は思わず言葉に詰まる。
昨日は一日色々ありすぎた。買い物から戻ってきて捨て猫を拾い、一息つく間もなくランジェリーショップや事務所への放火で呼び出された。芽生の誘拐と殿様の入院。陽だまりへの訪問。芽生を田畑栄蔵に引き合わせたり、夜通しかけて細波母子に制裁を加えたりもした。
一時は流れに任せて出してしまおうかと思った紙片だが、落ち着いてみると、バタバタと入籍するのは何かが違うと思ってしまった京介である。
芽生の顔を見たい一心で、割と朝早い時間――。
風呂にも入らず迎えに来てしまったが、京介は徹夜明けだ。
「それ、日を改めねぇ?」
「なんで? 私との結婚、嫌になっちゃった?」
京介の言葉を聞くなり芽生が不安そうに瞳を揺らせるから、京介は「んなわけねぇだろ」と、芽生を腕の中へ引き寄せた。
石矢が運転している車の中だ。石矢の視線が気にならないわけではなかったが、荒事を済ませるなり田畑栄蔵のもとへ芽生を迎えに来ている。今更芽生を特別扱いしている事実がひとつ増えたからといって、大差ないかと開き直ることにした。
「どうせ出すなら日柄とか……そういうの見て出してぇなと思っちまっただけだ。あと……まぁあれだ。施設に入ってるとかいうばあさんにも報告した後の方がいいだろ?」
栄蔵は芽生とともに中村奈央子のもとを訪問したいと言っていた。
ならば、それを待ってからの方が、筋が通るというものだ。栄蔵にだけ事前報告して、奈央子には事後報告では何となく寝覚めが悪い。
そう説明したら、芽生が納得したように頷いた。
「それも……そうだね。ねぇ京ちゃん、おばあちゃんは……私たちの結婚、喜んでくれるかな?」
一時のこととはいえ、栄蔵に反対されたことを思い出したんだろう。
腕の中で芽生がこちらを見上げて眉根を寄せるから、京介はそんな芽生のおでこを軽くピンと弾いた。
「痛いっ」
芽生がすぐさまおでこに手を当てるのを見て、ククッと笑うと、
「最終的にゃー、じいさんも納得してくれただろ? 結局のところ、お前が俺と一緒になって幸せになれるって信じてもらえりゃ問題ねぇんだよ」
そこまで言って、何となくバツが悪くて視線を逸らすと、ぶっきら棒に続ける。
「俺はお前とじゃなきゃ幸せになれねぇと思ってるし……お前も……そうだろ?」
ミラー越し、一瞬だけ視線がかち合った石矢から『カシラ、そういうことは目を見て言うもんです』と非難されたような気がして、京介はふいっと窓外へ視線を流してそれも遮断した。
***
結局京介は真っすぐ家には向かわず、ワオンモール内にあるジュエリーショップへ芽生を連れて行った。
「京ちゃん?」
先日、すでにこれでもか! という量のプレゼントを買ってもらっている芽生が不安げに小首を傾げたら、京介が何でもないことのように言う。
「指輪くらい贈らせろや」
「えっ?」
「ここ。いつまでも空けとくつもりか?」
左手薬指に触れられて、なんだか京介から遠回しに『俺のだって印を付けさせろ』と言われているように感じた芽生は、妙に嬉しくなった。
京介からの贈り物はとうぶんの間なにも要らないと思っていたのだけれど、彼の奥さん(婚約者?)としての証となれば、話は別だ。
「付ける! 付けたい! っていうかむしろ付けさせて!?」
勢いこんで京介の手をギュッと握ったら、京介に苦笑されてしまう。
「実はな、誕生日にって思って特注してたのがある。それ、婚約指輪にしても構わねぇか?」
別件で用意していたものを、エンゲージリングとして転用したいだなんて、なんだか京介にしては珍しい気がして、芽生はきょとんとする。
コメント
2件
特注のリング楽しみ!
**寺島あおいです🤍** 今回も最高でした…! 京介が「大事なモンは手元に囲っておきたい」って言った後の芽生のキラキラした反応、本当に愛おしかったです。それでいて照れて視線を逸らす京介のツンデレ具合が絶妙でしたね。指輪の話で「特注してたのがある」ってサラッと言うところ、心臓がギュッとなりました。ああいう陰ながら想いを形にしている感じ、たまらないです。次話も楽しみにしてます🌷