テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
門を出ると、町の音は石のすきまへしまわれていくみたいに、すこしずつ遠くなりました。かわりに、土の道のやわらかい気配が足もとへ戻ってきます。森のほうから来る風は、朝よりすこしあたたかくなっていて、リルの腕にかけたもりのわっかを、そっとゆらしました。
白パンの包みは、もう袋の中です。黒パンもそのとなりで、布にくるまれておとなしくしていました。グルゥが肩にさげた袋は、歩くたびに小さく揺れます。中のパンがつぶれないようにか、歩幅はいつもよりすこしだけ静かでした。
リルは門をふり返りませんでした。かわりに、自分の腕を見ています。草の輪は、町の風をひとまわりしてきたせいか、さっきより少しだけなじんで見えました。さらさらした草のところを、指先でひとすじなぞります。葉を巻いたところはなめらかで、羽のついたあたりは、まだ空気をふくんだようにふわりとしていました。
道ばたの木の枝が一本、細い影を落としていました。リルはその前で足をとめ、枝を拾いあげます。長すぎず、短すぎず、手の中におさまるくらいのものです。枝の先で土の上に、まるをひとつ描きました。つぎに、そのとなりへ、もうひとつ。すこし小さめのまるも、もうひとつ。
グルゥは立ちどまり、何も言わずに待っています。
リルは土のまるを見くらべ、枝の先で、こんどは小さな葉っぱのかたちを横にちょん、ちょんと足しました。最後に、羽みたいな線をふたつ。風が来て、土の線のはしを少しだけくずします。
リルはしゃがんだまま、腕のわっかを見て、それから土のまるを見ました。枝を持つ手はそのままで、もう片方の手がわっかの草を軽く押さえます。こわれていないか、ほどけそうなところはないか、たしかめるような手つきでした。
やがて立ちあがって、枝を道ばたへ戻します。
「……みっつ、つくろうかな」
風の音にまじるくらいの、小さな声でした。
グルゥはその声を聞いたのか聞かなかったのか、袋の位置をなおしただけでした。けれど、また歩きだすとき、リルの歩く速さにきちんと合うように、ひと呼吸ぶん待っていました。
森へ近づくにつれて、道のにおいが変わっていきます。かわいた土に、草の青さがまざり、木の皮の落ちついた匂いもしてきました。小屋の屋根が見えるころには、陽の色も少しやわらかくなって、戸口のまえの石が、昼の手前のぬくもりを持ちはじめています。
グルゥが先に戸をあけました。木の戸はいつものように大きな音を立てず、するりと内がわへ動きます。小屋の中には、朝に残していった火の気配がまだうっすらとありました。棚も、机も、水差しも、出かけるまえと同じ顔でそこにあります。
リルは入ってすぐ、机のはしへもりのわっかを置こうとして、少しだけ手をとめました。棚の上のほうを見て、それから窓のそばを見ます。光のあたるところと、あたりすぎないところを、静かにくらべているようでした。
それから、小さな椅子を引いてきて、その上に立ちます。棚の端に空いている場所がありました。そこへ、もりのわっかをそっと立てかけます。羽のところがつぶれない向きに、葉の巻き目がほどけない向きに、何度か置きなおして、ようやく手を離しました。
グルゥは袋からパンを出し、机の上へ順に置いていました。黒パン、白パン、包んでいた布。大きな手が淡々と動いています。その途中で一度だけ、棚のほうを見あげましたが、何も言いません。
リルは椅子から降りると、棚の下に立ったまま、もりのわっかを見ました。窓から入るひるまえの光が、草の先をやわらかく照らし、羽のところだけ、ふわりと明るくしています。
その下の机には、グルゥがひろげた白い布がありました。パンを包んでいた布です。まだ折られておらず、四角く静かに置かれていました。
リルはその布を見て、棚のわっかを見て、それから、戸のそばに立てかけてある細い木の枝の束へ、目を向けました。
小屋の中はいつもどおりで、火のぬくもりも、パンのにおいも、変わらずそこにありました。けれど棚の上には、町をひとまわりしてきた輪がひとつ、朝とはちがう顔でかかっています。
リルはその下へ、そっと手をのばしました。まだ何も持たない指先が、空いた場所の広さをはかるみたいに、少しだけ動きました。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
柘榴とAI
