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アルビノ(albino)

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アルビノ(albino)

7 - 第二章  奪い、奪われる者

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2022年06月28日

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薄暗い書斎に一人うずくまって、眉間に皺を寄せる。そうさせたのは、手の中に在る本と、”カンジ”の存在だ。

教会の景色にそぐわぬ吸血鬼。発達した八重歯を僅かに覗かせながら、鼻を抜けるような深い溜め息をつく。彼はもう何時間も前から、日本語訳の本と格闘していた。ちなみに、タイトルも解読不能である。

“カンジ”に慣れ親しんだ覚えはなく、身に付けた知識だけでは、文中に何気なくあるそれに付けられた名前を読み取ることは出来ない。辛うじて飛ばし飛ばし読み進めてはいたものの、それにも限界がある。

「線が多すぎだろ…読ませる気あんのかよ」



「わかります」

もう何度めか分からない溜め息をついた時、いきなり上から声が降ってきた。そこにあったのは、まさに今この状況に望ましい、救世主の顔である。

叶だ。

「びっ……くりしたァ…」

言うとほぼ同時に肩を跳ね上げる。神父は、そばに並べられている本の背表紙をなぞっているところだった。予想より相手の反応が良かったのか、くすりと笑う。

この神父は読み書きが達者だった。たしか、叶という名前の由来も日本語から来ていると、いつか言っていた。

叶は可笑しそうに笑いながら、ラグーザの手元に眼を遣る。屈みながら、首にかけた十字架が邪魔にならないよう腕で抑えているのが、視界の隅に映った。

「驚かせてすみません。何か読めないところでも?」

「そう、これ、なんて読むの?」

ああ、それは。

隣にそっと腰を下ろした叶が、子どもに言い聞かせるような口調で教える。

そこには、けして侵せない静かな日常があった。

ああ、そうだ。このとき、人間の家族がいたらこんなだったのか、と。考えていたんだっけ。

2人の声が、静謐な教会の書斎で、やけに大きく響いた。

「じゃあこれは?」

先程つまずいた文字が見えるように、あるページを叶の視界に入れる。

長い爪が、最も画数の多い難関の単語を指さした。後ろの漢字の意味は分かるのに、前とくっつくとさっぱり分からなくなる。葉っぱ…?植物の名前だったりするのだろうか。

叶が視線を持ち上げて唸った。「『かつは』……いや、違いますね。」

「えっと、『くずは』かな?」



「くじゅ、は?」

葛葉。と書かれた文字に、目を戻す。

「そう、『葛葉』」

初めて聞く音の響きだ。それでいて、どこか懐かしいような気がする。

「どう意味なんだ?」

言ってから、この単語を、なぜかひどく知りたくなった。叶の小さな薄い唇の動きに、思わず目を向けた。

「ひとの名前ですね。」

「な、マえ…」

ええ、と叶がかぶりを振る。

「It’s name」

ああ、と応えた。「和人の、男性の名前です。」と付け足す声を聞きながら、もう一度、『葛葉』と書かれた文字を目で追う。

その瞬間、眼の前の光景にそぐわぬ、硬い何かが手に触れた____気がした。






ぱち、と目を開ける。そこには、古びた仄暗い天井があった。暗幕のせいで輪郭ばかり浮き上がる部屋の中に、その姿を探した。

「叶」

明け方の寒さに、思った以上に声が震えた。

「どうかいたしましたか」

もしかしたら、と思ったら、案の定しっかしとした返事が聞こえる。声音が、今日見た夢と重なった。しかしその声についた色が、違う。

何度言ったら夜寝るようになるのだろうか。何ヶ月か前に、『小隊長だからこそ、ラグーザ殿をお守りする役目が私にはあるのです。』と揺るぎない口調で言われたのを思い出す。

「…雪が降っているな」

「……」

暗闇の中でなにかが動いた気配こそしたものの、叶の応えは聞こえなかった。

「寒さで手がかじかんで、エイムがブレないといいが」

「ええ、そうですね…」

このところ叶は、何をするにも無言になることが多かった。理由を聞こうにも、絶対に教えてはくれまい。

こういう時、叶は何を言おうと他のやつには従わない。口を割ったりするのは尚の事。あの日の夜のように。呆れるほど別の存在なのに、呆れるほどアイツにそっくりなコイツが、ひどく憎たらしく思える。

夜間に電球の光が洩れないように窓に被せるそれをめくって、外に敵がいないか確認した。

「昨日に続いて敵兵はどこに行ったんだか。…おい、叶」

「なんでしょう」

「外に行くぞ」



ざく、ざく、と白い雪に叶の足が沈む。ここしばらく敵兵の気配が消えているので、誰にも邪魔されずに存分に遊べる。無造作に雪の凹みに倒れ込むと、数十m先の木の幹に鉄の鉛を打ち込んだ。

「しばらく撃ってないと鈍りますねぇ」

「とか言いつつ全然ブレないじゃん…お前。」

殿下ほどでは、と叶が趣味の悪そうな笑みを浮かべる。軽口に機嫌を良くした俺と叶は、競うように的を絞った。互いに10発ほど撃ってから、それとなく手を止める。

突然のことだった。隣で、叶が暗い顔で俯いた。

そういう表情をされると、何も言えなくなる。考えるような、何かを案じるような、迷うような表情。このところ叶は、そういう顔をすることが多かった。その度叶は何も言わなくなり、俺が一緒に押し黙ると、叶はひどく気を遣う。

叶が顔を上げた。

「部下が起きるかもしれないので、そろそろ__」

まったく、気に食わぬことを言う。

言いかけた叶の顔が、俺が投げつけた雪のせいで見えなくなった。

「ぶ…ぁ、……っはあぁー!」

仰向けになって雪を除けた叶が、水面から顔を出す鯉のような呼吸をする。

「なに辛気臭い顔してんだよ。もうちょい遊ぶぞ」

かちかちに雪を丸く固めながら言うと、驚いて硬直していた叶の口角が、みるみるつり上がった。

「言いましたね…?」

悪戯っぽいこの表情は、初めて俺に魅せた。

ずど、と厚い制服の上に雪が落とされる。なんでこんなガキみたいなことしてんだろうな。しかも、明日死ぬかもしれない兵士が。……否、兵士だからこそ、なのだろうか。

任務で酷使した身体を軽やかに動かしながら、男2人、子供のようにはしゃいだ。雪が積もっているというのに、頬には熱い湿っぽさが纏う。

ちょうど100発目の雪玉が叶の身体に当たって音をたてる。まるで言い合わせていたように、2人揃って肩で息をしたまま、雪の上に倒れ込んだ。体を支えるそれが、でこぼことさっきより居心地が悪くなっていることに、また少し笑う。

「…そろそろ、戻るか」

ふと、帰りたくなった。

「ええ。」

叶が形のいい白い歯を見せた。それすら美しく様になっているのに、無性に腹が立つ。

叶との距離に少しずつ現れた変化に、甚く心を揺さぶられた。


夢にみた、葛葉の文字が脳を横切る。途端、灼けるような衝動に襲われた。

眼の前の叶に、「サーシャ」と呼んで欲しかった。あの声で。サーシャ。葛葉。なんでもいい。

ただ、ラグーザ殿下と他人行儀に俺を呼ぶこいつを、怒り任せに殴りたくなった。ほんとはもっと、親しい筈なのに。

今朝の夢の終わりと瓜二つの冷たさが、手のひらに戻っていた。




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