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白と赤がゆらぐ空間の中で、元貴はまるで自分自身と対面しているような、不思議な感覚に陥っていた。
白いローブを纏う“希望”は柔らかな目をしていて、優しく元貴の肩に手を置いた。
「ここはね、君の“選択”を見届ける場所だよ。君が何を大切にしてきたか、何を願うか……それが試されるんだ。」
「選択……?」
「そう。君はまだ生と死の間にいる。だから——どちらにも進める。」
元貴は思わず足元を見た。
地面などなく、ただどこまでも白が広がっている。重力さえも曖昧だ。
まるで、音も時間も存在しない空間。
「ふざけんなよ。勝手に事故に巻き込んで、勝手に選べとか……俺はこんな場所、来る気なかったんだけど。」
すると、深紅の羽織を着た“絶望”がくくっと笑った。
「けど来ちゃっただろ? それが現実。お前はもう、ギリギリなんだよ。臓器も内出血も、神経も……もって数日ってとこかな?」
「……やめろ」
元貴の声が震える。
「まだ、滉斗と涼ちゃんに——」
名前を出した瞬間、空間に“波紋”が走った。
その振動とともに、どこからか微かな“音”が聴こえてくる。
優しいピアノの旋律と、聞き慣れたギターのチューニング音。
「……音?」
—
現実。
集中治療室の横。
涼ちゃんが、涙を堪えながらポータブルキーボードを弾いていた。
震える指で、ただ元貴が好きだったフレーズを、何度も繰り返す。
「ほら、元貴……聞こえる? あの日、スタジオで作ったやつ……また一緒に続きをやるって、言ったじゃん……」
滉斗は病室のガラスの外からじっと見つめ、何も言えずに立ち尽くしていた。
言葉にすれば、壊れてしまいそうで。
代わりに、胸ポケットにしまったままの、元貴から送られてきた「未完成の歌詞メモ」を握りしめた。
「お前、まだ……歌、書いてる途中だろ」
—
夢の中。
元貴は頭を抱えながら、膝をつく。
「……あいつらの声が、聞こえる」
「聞こえるってことは、お前がまだ“生きたがってる”って証拠だよ」
白が囁く。
「けどさ、あの痛みをまた味わってまで、帰る価値あんのか?」
赤が笑う。
「お前が戻ったところで、身体はもう元通りじゃない。ギターも思うように弾けない、歌だって以前みたいに出るか分からない。それでも、戻るのか?」
元貴は俯いたまま黙っていた。
「無理するなよ。俺たちが君を休ませてやるから。永遠にな」
深紅の絶望が、ゆっくりと元貴の背中に手を伸ばしたとき——
「……おい」
どこからか声が響いた。
それは——滉斗の声だった。
「……頼むから、帰ってこいよ。元貴」
夢の空間がわずかに震えた。
元貴の胸が、はっきりと“痛んだ”。
「あいつ……俺に呼びかけてる……?」
—
病室では、滉斗がベッドの横に座り、元貴の手を強く握っていた。
「何度でも言うからな。帰ってこい。……お前がいねえと、俺、だめだわ」
その声は、ゆっくりと、夢の世界へと染み渡っていく。
—
「君の選択は、まだ先だ」
白が静かに言った。
「でも——少なくとも、“想い”は届いてるよ」
元貴は静かに目を閉じる。
滉斗の手の温もりを、夢の中で確かに感じながら。
「……もう少し、ここで考えさせて」
そして、夢の白と赤は、ゆっくりと遠ざかっていった。