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夢の世界は、日ごとにその姿を変えていた。
かつては真っ白だった空間に、ぼんやりとした色彩が差し込み始める。
それは元貴の“記憶”から浮かび上がる風景だった。
たとえば、スタジオの木の壁。
ステージ袖から見えた、観客席の光。
そして——滉斗と涼ちゃんの笑う顔。
元貴は静かに目を開け、目の前に現れたその光景を見つめた。
どこか懐かしくて、温かくて、泣きたくなるほど“優しい”。
「……ここ、あのライブの日じゃん」
夢の中に再現されたのは、活動再開後、3人で初めて立ったステージの光景だった。
リハーサルの時、涼ちゃんが緊張して指を震わせながらキーボードを叩いていた。
滉斗が「大丈夫、大丈夫」って小声で声かけていた。
それを思い出して、元貴はぽつりと笑う。
「なんで夢の中で、こんなにリアルなんだよ……」
「それは君の“願い”だから」
背後から、白い天使が微笑みながら言った。
「そして、“未練”でもあるんだよ」
赤い絶望が現れ、彼の隣に立った。
—
そのとき、リハーサル風景の中に、滉斗と涼ちゃんが現れた。
まるで本物みたいに笑っていて、目が合った気がした。
でも、その姿が、少しずつ——透けていく。
「……ちょっと待って、え、なんで?」
元貴は焦ったように声を上げる。
「彼らは、もう“夢”の中では君のそばにいられない」
天使が言った。
「どういう意味だよ。消えるって、なんで……!」
「現実の時間が進むにつれて、夢の世界での君の“執着”も薄れていく。
彼らが必死に呼びかけてるからこそ、君の心は少しずつ、どちらかに傾き始めている。
でも——決断しないままだと、彼らの存在は、夢の中から消えてしまう」
—
元貴は走り出した。
どこかへ行ってしまいそうな2人の後ろ姿を追いかけて。
「涼ちゃん! 滉斗!!」
けれど、声は届かない。
呼ぶたびに、2人の姿が、波紋のように揺れて消えそうになる。
—
現実。
涼ちゃんは、自宅のキーボード前で、震える手を握りしめていた。
「ねえ、元貴……」
「目を覚ましてよ…また、元貴の歌が聴きたいよ…」
呟くようなその声が、わずかに空気を震わせた。
—
滉斗は、元貴のスマホを手に取り、彼が書きかけていた歌詞を見つけた。
画面には、未完成の一節だけが残されていた。
「届かない声を 誰が聴いてくれるんだろう」
その言葉に、滉斗の胸が締め付けられる。
「……俺が聴くよ。何度でも、何回でも……!」
—
夢の世界。
元貴は、追いかける足を止めた。
どれだけ走っても、2人の姿はもう見えない。
静かに膝をつき、顔を伏せた。
「……俺、もう、どうしたらいいかわかんないよ……」
—
「でもね」
天使の声が響いた。
「君が“まだ誰かに会いたい”って願うなら、ここにいちゃダメなんだよ。
戻るべき場所が、ちゃんとある。痛みも、苦しみもあるけど——」
「それでも、君が生きたいなら、まだ……」
—
そのとき。
元貴の耳に、かすかに聴こえた。
——ギターの音。
それは、滉斗が初めて弾いた曲だった。
不器用で、でも真剣で。
中学生で初めて滉斗に出会って。
元貴が「下手だな」って笑って、隣でコードを教えたときの。
その記憶が、波のように胸に押し寄せてくる。
「……あいつら……俺のこと、まだ……」
—
「君が望めば、また会えるよ」
「そのかわり、もうすぐ時間切れだ」
赤い絶望が、最後通告のように言った。
「どっちに行くか、次の扉で決めろよ。元貴」
—
元貴は立ち上がる。
ぼんやりと現れた“扉”の前に、静かに歩を進める。
その扉の向こうに、何があるのかはまだわからない。
でも、確かに——“声”が、届いた気がした。