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第七十五話 秋の写真展
九月の終わり。
夏の暑さはすっかり落ち着き、
街には少しずつ秋の色が増えていた。
湊は大学へ向かう電車の中で、
スマートフォンに届いた一通のメールを開いていた。
――写真展への出展作品を募集します。
以前、写真を見てもらった人から紹介された、
小さな写真展だった。
プロだけが参加するものではない。
写真を始めたばかりの人も、
自分の「好き」を形にして出せる場所だった。
湊はしばらく画面を見つめた。
出してみたい。
そう思った。
けれど同時に、
少しだけ怖かった。
自分の写真を、
知らない人に見てもらう。
「何を伝えたい写真なのか」
そう聞かれたら、
ちゃんと答えられるだろうか。
その日の夜。
湊は撮りためた写真を一枚ずつ見返していた。
街の風景。
夕焼け。
イベントで笑う人たち。
誰かが誰かを待っている後ろ姿。
そして――
紬と撮った写真。
画面をスクロールする指が止まった。
七月の写真。
八月の写真。
そして、九月十四日の写真。
「……これもいいな」
でも、出展するなら、
自分一人の写真にしたい。
そう思って、別の写真を探した。
そのとき、紬からメッセージが届いた。
『今日どうだった?』
『写真展の話、聞いた』
湊は少し驚いた。
『なんで知ってるの?』
『前に話してたじゃん笑』
そうだった。
自分が何気なく話したことを、
紬はちゃんと覚えていた。
『出してみようかなって思ってる』
送ると、すぐに返信が来た。
『出してみなよ』
短い言葉だった。
でも、その一言が嬉しかった。
『失敗したらどうしよう』
そう送ると、
『失敗しても写真がなくなるわけじゃないでしょ』
続けて、
『湊が撮った写真なんだから、ちゃんと意味あるよ』
と届いた。
湊は画面を見ながら笑った。
「……ほんと、そういうところだよな」
紬はいつも、
自分が忘れそうになることを思い出させてくれる。
数日後。
湊は一枚の写真を選んだ。
夕方の駅前。
帰宅する人たちが行き交う中、
ベンチに座って
誰かを待っている人の姿を撮った写真だった。
特別な景色ではない。
派手な出来事があったわけでもない。
それでも、その写真を見ると、
なぜか少しだけ温かい気持ちになる。
湊は応募フォームのタイトル欄に、
ゆっくり文字を入力した。
「待つ時間」
そして説明文を書く。
「誰かを待つ時間は、何も起きていないように見える。でも、その人の心の中には、会いたい人や楽しみにしている時間がある。そんな目に見えない気持ちを写真に残したいと思って撮りました。」
書き終えてから、
湊はしばらく画面を見つめた。
以前なら、
こんな文章は書けなかった。
自分が何を撮りたいのか、
少しずつ言葉にできるようになってきた。
送信ボタンを押す。
「……送った」
その瞬間、
緊張が一気に押し寄せた。
けれど、不思議と後悔はなかった。
その夜。
紬に報告すると、
『おめでとう!』
と、すぐに返信が来た。
『まだ選ばれたわけじゃないけど笑』
『それでも一歩じゃん』
湊はその言葉を見て、
小さく笑った。
一歩。
確かにそうだった。
夢が叶ったわけじゃない。
何か大きな結果が出たわけでもない。
でも、自分から一歩踏み出した。
それだけで、
昨日の自分とは少し違う気がした。
窓の外を見る。
秋の夜空は、
夏より少し高く見えた。
湊はカメラを手に取る。
今日という日も、
一枚残しておこう。
まだ始まったばかりの、
自分の未来を。
📷 Photo.075「待つ時間」
撮影日:9月28日
何気ない日常の中にも、
誰かを想う時間がある。
その見えない気持ちを、
湊は少しずつ写真にできるようになっていた。
――次回、第七十六話「結果」へ続く。
コメント
1件
クラリス、第75話読んだよ! 湊が写真展に応募するところ、すごくじんわりきたわ…。「待つ時間」っていうタイトルと説明文、湊の成長がちゃんと感じられてグッときた。紬の「失敗しても写真がなくなるわけじゃない」って言葉も優しくて、ああいう距離感いいなあ。 秋の空の描写も相まって、一歩踏み出した湊の未来が楽しみになる話だった!次回も楽しみにしてる📸
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