高位貴族の後継が集まる場にディーゼルは今回も参加している。王太子の婚約により隣国へ輸出もしやすくなった。貴族達は領地経営の他に、我領原産の特産品を販売して潤す。輸出入が頻繁に行われると、隣国に近い領地を持つ貴族は通行税まで手に入る。貴族達は嬉しい限りだ。
「ディーター小侯爵」
振り向きたくないが義弟に呼ばれてしまったのだから無視はできない。満面の笑みで振り返る。
「ゾルダーク小公爵、きましたね」
カイランに誘われ椅子のあるほうへ向かう。前回ここで会ったときよりも顔つきが変わったな。あの時は泣いていたよな。カイランは笑顔で話し始める。
「王宮の夜会は忙しなくて挨拶もできませんでしたね」
リリアン嬢がいたからな、と心の中で付け加え、頷く。キャスがいないことに驚いていたが、突撃していったリリアン嬢にワインまでかけてたな。なんだこの変わりようは。愛しのリリアンではなかったのか。不気味だ。ゾルダーク公爵までキャスの側にいると思ったらいきなりどこかに連れていって。俺には訳がわからん。
「ディーターからきた護衛騎士は随分キャスリンと仲がいいですね」
なんだそれは、ダントルか?この前はキャスに嫌われたくないと泣いて今日はダントルのことを聞くのか。ゾルダークで何が起こっているんだよ。放っておけって言われても…真剣な顔だな。
「ダントルですね。妹が一番信用していた騎士ですよ」
笑顔になったな、特に意味はなかったのか。
「キャスリンがわざわざゾルダークに呼んだので少し気になりまして」
妻の側に男がいることが気に入らないか。こいつ、リリアン嬢はもういいらしいな。いいことじゃないか。
「ダントルとは付き合いが長いんですよ、十年前に我が家にきてから妹と仲がよくてね。私よりも懐いてましたよ」
俺は笑い話をしているんだよ、笑顔を消すなよ。本気で嫉妬か?
「そちらに連れていったメイドも長いですよ。妹は身寄りのない者に懐いて…」
余計なことを話したな。俺としたことが情けない。
「しかし、妹が着ていたドレスは素晴らしい絹でしたね。ご婦人方がよく見ていましたよ、いい広告だ。ゾルダーク産の絹は質がいい」
笑顔のカイランは逃がしてくれなかった。
「身寄りのないとは?」
流してくれよ。調べればわかることだがな、教えても問題はないか。
「メイドは孤児院出身でね、妹が引き取ったんですよ。騎士は遠縁でね、母親が亡くなり我が家に…とこんな感じですよ」
ダントルについては少し足りない部分はあるが、折角貴族から離れたんだ、平民のままでいいだろう。
「メイドと騎士が仲がいいのか…」
ジュノとダントルが!?ゾルダークへ行ってそんな仲になったのか!あの野郎…ジュノに手を出したのか…
「ジュノとダントルがそんな仲とは知りませんでしたな、小公爵はよく見ていらっしゃる。我が家にいた頃はそんな素振りは一切なかったですからね」
「いや、決してそのような素振りは見せてはいないのですが」
なんだと?こいつ俺を弄んでるのか!軟弱野郎が…何を聞きたいんだよ。
「ディーターは兄妹仲がいいですね」
俺を弄ぶとは何を考えている。今度は兄妹仲?
なんだ?キャスは何をしたんだ?
「妹が何か言ってましたか?私の悪口とか弟の悪癖とか」
手に持っていた酒を一気に呷る。熱い。強いな。
「いや特に」
もう嫌だ、話したくない。意味がわからん。公爵が怖くて変なことも言えん!
「キャスリンには好きな男がいましたか?」
給仕に酒を瓶ごと渡すよう命じ、自分で器に注いで呷る。
「婚約時代の話ですか?いませんよ。貴方と婚約していたはずですからね。学園のことは知りませんが、手紙の類いも来ていない、貴方からもね。恋などしたことはないですよ。貴方と婚約していたのでね。恋を覚える前に貴方が婚約者になりましたからね。実際誰かに懸想しても顔に出すなどしないでしょう。貴方という婚約者がいましたからね。今は夫だ」
さすがに傷ついた顔をしてるな。ふざけたことを聞いてきてなんなんだ。
「何が知りたい?」
もう付き合いきれない、終わらせたい。酒を注ぎまた呷る。
「今キャスに好きな男がいたらなんだ?心は自由だ、実際自由にしていただろう。自分は自由を許し妻には許さないのか」
泣きそうな顔をするなよ。本当にあの人の息子か?
「ディーゼル様は痛いところをつく」
事実だろうが。
「キャスは俺に何も言わない。だから何も知らない。知りたいならキャスに聞くんだな」
聞けないだろうがな。
「政略的な婚姻なんだ、不仲でも跡継ぎができればそれでいいだろう」
なぜ黙る、また泣くのか?勘弁してくれよ。こいつは何を望んでるんだ。
「どうした?キャスが男でも連れ込んだのか?」
そんなことはないと知っていて聞いてるがな。
「そのようなことは…騎士とは仲がよいというだけですよ」
お前とはよくないと言ってるのか?夜会ではしっかり夫婦をしていただろうに。ダントル並みの信頼が欲しいか。それは無理な話だ。キャスはこいつに蔑ろにされたんだ。ダントルとは十年の付き合いだぞ。わかってないな。
「キャスから信頼されたいなら先ずは貴方から信頼しなければな。なんでも求めるなよ。キャスも完璧ではない」
もう解放してくれ。妹夫婦の仲なんぞどうでもいい。跡継ぎができて事業に支障が出なければそれでいいんだよ。
「これは、義兄弟仲良くこんな端で密談かな?」
先日の主役が現れた。珍しい。いや、初めてじゃないか?倶楽部には興味がなさそうだったが、カイランか俺に会いに来たのか。
「王太子殿下、珍しいですね」
手を上げ酒を頼んでいる。空いている椅子に腰かけこちらを見る。
「ディーター小侯爵はよく飲むんだな、瓶ごと頼んだのか?何か悩みか?」
中身が半分も消えている瓶を指差す。
「そういう夜もありますよ」
王太子は、そうだなと頷いている。
「弟の婚約、おめでとう。ディーターは安泰だな」
やはりその話を持ち出すか、王家が喜んでないのは知ってるが、俺に絡まないで欲しい。
「弟が惚れ込みましてね。しつこく通いましたよ。断られても諦めることを知らない。生涯大切にするでしょう」
王太子は一気に酒を呷る。俺の瓶まで掴んで自ら注いでいる。
「まだ若いだろう。心変わりが心配では?」
テレンスの執着心は病気だ。あいつの心変わりはないな。
「学園在学中の婚姻は稀ですが認められていますから、ミカエラ嬢が望めば弟は喜びますね」
それくらい仲がいいのですよ、と囁いておく。なんとかしてマルタンとディーターの婚姻を阻止したいだろうがな。政略なんか関係ないテレンスは、引き離そうとしたらアンダル様の愚行を模倣しそうだしな。それはいただけない。
「ミカエラ嬢は幸せなんだな」
王家としては気にかかる存在ではあるよな。王家の被害者なんだからな。
「幸せそうですよ」
王太子はそうか、と呟いて酒を呷り、カイランを見ると話し出した。
「愚かなアンダルから君と夫人に謝っていたと伝えてくれと頼まれてね。あの女は生涯男爵領から出られない。女は出た瞬間、消す許可が出てる。だがアンダルが一人ならば領から出られる。仕事の取引があるからな。二人は承知したよ。しなければそこで消すと言ったがな。早くあの二人を消しておけば…」
そんなこと俺が聞いてもいいのかよ、俺のいないところで話せばいいだろうに。
「アンダルは今どうなんですか?」
「夢から覚めた王子様だろ。愚か者の極みだな、あの女が君を選んでいたら今ごろあいつはここにいた」
「選ばれても断ってますよ」
カイランは笑いながら返している。
「そうか?惚れてたろ。あの馬鹿女に」
カイランが笑顔を消し、何も言えなくなるのは仕方がない。周りが馬鹿女と思っている女に、惚れていたという事実を突きつけられたんだ。恥ずかしいよな。ゾルダークに王太子以外のやつが言えるわけないしな。
「すまないな。蒸し返した」
さて帰るか、と言って王太子は立ち上がり離れていく。俺はこんなカイランと残されて何を言えばいいんだ。
「笑えるな。皆に阿呆だと思われてる」
そんなことない、なんて言えないな。事実だからな。カイランは酒を一気に呷り、また注ぐ。
「なぁ、過去は消えないんだ。お前は運がよかった。アンダル様が引き取ってくれたんだから。お前達はこれからだろ、先は長いんだぞ。キャスを傷つけるのはもう止めておけ。取り返しがつかなくなる」
もう帰ってもいいよな?俺は締め括ったぞ。さて、帰るか。立ち上がる俺を小さな声が止める。
「やり直せると思いますか?」
「やり直してもらわないと困るんだよ」
跡継ぎできてから壊れてくれ。俺はカイランを置いて立ち上がり倶楽部を出ていく。ディーターの馬車に乗り込むと座席に手紙が封をされ置いてある。印はなく、ただ蝋で固めただけに見える。開けたくない。良い報せではないだろう。無視するわけにもいかず、中の紙を取り出す。
『聞き役に徹しろ』
答えるな、助言を与えるなかな。印もサインもない。だがこの文字…だよな。誰か助けてくれ。
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