コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
目が覚めたときは寝台で一人きり。目覚めたときハンクがいてくれたら、もっと幸せになるのに。我が儘ね、今でも満たされているのに。人って貪欲なのね、あれもこれも欲しいと言うリリアン様の気持ちが少し理解できる。最初は子種だけ貰えればよかったのに。あんなに素敵な人だなんて知らなかったもの。寝室の扉が叩かれジュノが入ってくる。
「おはようございます。起きていらしたんですね」
「ええ、起きたの」
今日はゾルダーク邸にテレンスが私に会いに来る。あの子の執着にミカエラ様が耐えられたらいいのだけど。少し諭さなければならないわね。まだ月の物はきていない。
「ねえ様!あぁジュノ!ダントル!久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「いらっしゃいテレンス。貴方も元気そうね」
以前使った四阿に紅茶と菓子を用意してテレンスと向かい合い座る。私より濃い茶の髪に瞳は空色、背も今から伸びるのか私より大きいくらいの高さしかない。お兄様はカイランより小さい。そのくらいは大きくなりたいようだった。
「そりゃあね、マルタン公爵を味方に付けて婚約者になったんだからね。婚約期間を過ごせば学生でも婚姻できる。早く一緒に暮らしたいんだ」
アンダル様を思い出すのは私だけかしら。燃え上がっているわ。
「婚姻はミカエラ様が了承してからでしょう?強引なやり方はよくないわ」
テレンスは敏い、記憶力もいいし集中力もある。執着心が強すぎるのがよくないだけで性格もいい。けれど初恋のはず。アンダル様とリリアン様を見た後では不安にもなる。
「ははっねえ様、心配してるね。元第二王子と同じことはしないよ。婚姻まで我慢するさ。それにあの女とミカエラ様は違うだろ?ミカエラ様は何をしても可愛いんだよ」
その発想がアンダル様と同じなのではないかしら。
「僕はね、甘やかしてばかりでもないんだよ。叱るときは叱ってるんだよ?そんな愛らしい瞳で僕を見てどうしたいんだい?ってね。紫の瞳を潤ませてさ、そんな目で見られたら襲ってしまうよってね」
「冗談はやめて、テレンス。貴方が言うと冗談に聞こえないのよ」
テレンスは紅茶を飲み真剣な顔で、本気だよと話す。
「あの女には感謝してるんだ。僕に女神をくれたからね。ミカエラ様は年の差を気にしてるけど、どうしようもないことだから諦めてくれって懇願したよ。貴女に出会うには必要なものだったんだ!って。彼女は人気があるからね。心配なんだよ。アンダル様と同じ手を使われると困るから警備を強化したし、日常も把握してる。あとは公爵を説得してマルタンに住めれば僕はもっと幸せだ」
怖いわ。能力を発揮しているわ。
「ミカエラ様には嫌がられてないのね?貴方には言いにくいかもしれないから一度お手紙でも書こうかしら」
テレンスは笑顔で頷く。相当自信があるようね。
「もちろん。女性の悩みは同じ女性の方がいいし、僕には言えないことも、ねえ様には言えるかもね。その手紙はそのまま僕に送って」
それは非常識よ、とはテレンスも理解しているだろうけど本気ね。
「生涯を彼女に誓えるの?」
迷いもなく頷く。
「うん。幾万の星に誓うよ」
誰も止められないわね。家としては良い婚約だもの。止める者は家族にはいない。ミカエラ様に呆れられたらどうするのかしら、怖いわ。
「彼女はね、皆の想像通りに傷ついてる。僕は出会えたことに感謝してるけど、彼女はアンダル様のことはちゃんと好きだったんだよ。いつかは目が覚めるってね。覚めてくれなくてよかった」
本音が漏れてるわテレンス。傷ついたミカエラ様にはテレンスくらいの深い愛情が必要かもしれないわね。
「節度を守ってお付き合いするのよ?」
「口を合わせるのはいいよね?」
私は紅茶を吹き出さなかったわ。飲み込んだのよ。
「ミカエラ様に了承を貰ってからよ」
「貰ったよ!舌も入れたんだ」
今度は我慢できず噎せてしまったわ。テレンス、わざとなのかしら。
「そうなの。そこまでにしておきなさい。その後は婚姻まで我慢よ」
「わかってるよ!子ができるようなことはしないよ」
中に子種を出さないよ、と言っているのかしら。まさかね。
「ディーターの図書室には閨の指南書があってね。初級から上級まで読破したんだよ。隠し扉に入れておくなんて父上も好き者だな」
なんてこと!テレンスが図書室に籠っていたのは十の年よ。ディーターにもあったのね。
「お父様には知られたの?私に届けてくれない?」
テレンスは残念そうな顔をする。
「知られてしまってさ、読破したから関係なかったんだけど、どこかに持っていってしまったよ」
ごめんね、とテレンスは謝る。いいわ、次の機会を待つわ。
「今日はねえ様に聞きたいことがあってね。女性は月の物があるだろ?人それぞれで間隔や痛みが違うらしいんだけど、ねえ様は痛むの?」
ミカエラ様は月の物が重いのかしら。それならかわいそうね。
「私は始まって二日程は痛みがあるから温めるわね。下腹に手をあてたり丸くなったりして。ひどい人は動けなくなるそうだけど。ミカエラ様に月の物はどうですか?なんて聞いたら駄目よ」
いきなり婚約者からそんなことを聞かれたら怖いわ。
「やっぱり月の物か、手をあてて温めるだね。やってみるよ」
私の話は聞いてないのねテレンス。このことを聞きたかったのね。同じ女性だものね。
「お嬢」
四阿の脇に控えていたダントルに呼ばれる。目線を追うとハロルドが近づいてくる。
「どうかして?」
ハロルドに問う。何かあったかしら?
「ここから近い部屋に商人を呼んであります。テレンス様もご一緒にと、払いは気にせずとのことです」
昨日話してた商人をもう呼んでくれたのね。
「テレンス!見に行きましょう?貴方も欲しいもの選んでいいそうよ」
テレンスは頷き、ハロルドの後ろを共についていく。部屋には店の中のように商品が並べられ、品数も多い。馬車に詰め込んだわね。
私は早速ハンカチの置かれているところへ向かい、生地を探す。すごいわ、空色だけでよくこんなに揃えたわね。王都にある素材違いの空色と薄い茶の生地を、全て集めたのか聞きたくなるほどの量だわ。手触りがよく刺繍のしやすい生地を何枚も選ぶ。これだけ揃うのは滅多にないもの。濃い紺はないわね。
「ねえ様の色だ。ゾルダークで大事にしてもらっているんだね」
私はテレンスに振り向き、ええと答える。
「何かいいものがあった?」
テレンスはすでに何点か手に持っている。
「星柄の栞を二つ、ミカエラ様とお揃いにね。あとは珍しい書物もあったよ。それも貰っていく」
気に入った物があってよかった。私も気に入った生地を選び、新しい刺繍枠も貰う。
「カイラン様はねえ様を大事にしているんだね」
そう思うのが自然よね。敏いテレンスもさすがに気づけないわよ。私は、そうねと返す。ディーターの家族には言えないわよね。夫の父親と閨を共にしているなんて、子が宿っているなんて言えないわ。変人のテレンスなら受け入れそうだけど。
「生地を選んでるねえ様は幸せそうに見えたよ。よかったね」
ええ、幸せよ。想像していたよりも。
「ありがとうテレンス」
テレンスにお礼を言い、商人が仕舞おうとして手に持っている物に目がいく。声をかけ、見せてもらう。鷲が翼を広げている様を精巧に艶のある黒檀に彫ってあり、手のひらに乗るほどの大きさなのに重みがある。鋭い目がハンクに似ていて、もう手放せない。
「これも頂くわ」
側にいたハロルドにお願いして持ってもらう。
「綺麗な鷲だね、躍動感があるよ。かなり厳ついけど、どこに置くのさ」
私は微笑み、寝台の隣よと答えるとテレンスは驚いていた。
「守ってくれそうでしょ?」
テレンスは首を傾げ不思議そうにしているけどわからなくていいのよ。満足な買い物ができたわ。