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39 ◇プロポーズ
眞奈の家に泊まった日のこと。
俺は産まれてはじめてプロポーズした。
先の結婚では、元妻のほうからのプロポーズだったもので。
食事が済んで、眞奈と一緒に食器を片付けてた時に自然に言葉が出た。
「毎日眞奈と一緒に起きて、毎晩眞奈と一緒に眠りたいわ、俺……」
「それって……あの」
「これからもずーっと眞奈の笑顔を俺に見せて?」
「うれしい」
眞奈がかすれ気味のハスキーボイスで少しはにかみながら答えた。
うれしいと言われて俺は幸せな気持ちになる。
◇ ◇ ◇ ◇
俺たちは早めに入籍し、しばらくは眞奈の家を拠点にして先でふたりの住む
家を探そうというところに落ち着いた。
結婚してからは眞奈が寺に足を向けることはほとんどなくなった。
仕事から帰ると急いで夕飯の支度をしなくちゃならないからで。
眞奈がたまに寺に寄る時には、俺たちは一緒に寺を出てその足で
外食して帰るという具合だった。
殺風景な寺にある住居ではなく、愛しい妻のいる自宅に帰る幸せな
時間。
そんな穏やかなたゆとう時間の中で俺は目いっぱいの幸せを堪能した。
俺は、正直手にした幸せが怖かった。
いつか手の平から砂がさらさらと零れ落ちるように、どこかに吹き飛ばされて
しまうのではないかとね。
どん底を味わった人間というものは、どうしてもそういう風な思考に
陥りやすいのかもしれないな。
肉親との縁が薄かった俺はどこにでもあるような人並な子ども時代青春時代を過ごせた
わけではなかったが、大恋愛の末、幸せな結婚生活を手に入れた。
だがその幸せは長くは続かなかった。
そのあとに経験した修羅の時代を経て、人間不信、女性不振で
殺伐とした刑務所暮らしの日々。
後に人様のなさけで手に入れた穏やかな暮らし。
だがそれは寂しく味気ない日々だった。
そして、いきなりの春のたんぽぽのわたげのような女性に出会い
俺はまた愛を知った。
40 ◇” A New Depelopment 新たな展開 “
珍しく風邪を引いたのか咳が止まらなくて行き慣れない病院なぞに
行ってみたら、4~5日咳が止まらないと言った俺の報告に、レントゲンを
撮りましょうだと。
金儲けに走ってるよな、まったく。
風邪をひけば普通4~5日の咳なんて当たり前だろ?
オオバーなんだよ、全くぅ。
実はこう見えて俺って風邪を引くと子供の頃から咳が長引くタイプで、
今までも病院へ行くと必ずと言っていいほど診察の2、3回目辺りで
レントゲンを撮られていた。
だからだんだん病院へは行かなくなって、市販の薬と根性という見えない
精神性の薬で俺は風邪と対峙してきたのだが。
最高で40日間咳が止まらなかったことがあってその時はさすがに
やばいかもと病院へ行ったら、やはりレントゲン撮れ撮れ指令が
医師から出て。
あ~あ、結果、俺の肺は奇麗だった。
それからだな、30日間くらいなら咳が出ても気にしなくなったのは。
だ・か・ら、今回のレントゲン撮れ撮れ指令に俺は過去の事例を挙げて
レントゲン撮影を拒んだ。
ったく、レントゲン撮ると薬と診断だけの時とは診療点数に
雲泥の差があって高いのなんのって。
支払いの観点からも俺はレントゲン撮影を拒んだね。
押しの強い俺の主張に、押しの弱い女医は俺に押されて結局薬だけを
出した。
病院からの帰り道、俺はとんでもないことに気づいた。
長年ご無沙汰だった病院へ何で行く気になったんだってことに。
身体のだるさと、守るべき者ができたこととか?
そうだ、眞奈に移したくないっていうのもあるな、きっと。
結婚してなかったら、やっぱり今回も病院には行ってなかったんじゃ
ないだろうか。
家に着くと眞奈が俺の好物の茶碗蒸しを作って待っていてくれた。
ごちー♪
「おいしかった、ごちそうさま!」
「そう? ならよかった。
あのね……」
「……?」
「私……」
「……?」
「なんかうれし過ぎてどうしよう」
「ははっ、いいことあった?」
何かいいことの予兆を待っているかのように
壁に掛けられている絵の中のオッドアイの目をした白猫と
長毛種のメイクーンが、ふたりを優し気な眼差しで見つめていた。
41 ◇赤ちゃんを授かる
「できたの、赤ちゃん」
「……」
「あのぉ……」
「うれしいよ、ありがとう! ほんとにうれしい。
俺を父親にしてくれてありがとう。眞奈は俺の女神様だね」
「めっ、女神さまってなんか何て言ったらいいのか。
こんな薹が立つおばさんなのに、そんな風に形容されると照れるわぁ~」
「俺から見れば可愛い女神だよ、眞奈は」
◇ ◇ ◇ ◇
時は風薫る5月になっていた。
もしも産まれてくる子が男だったらと、まさに時は子供の日を
迎えようとしていて、産まれ来る我が子の成長を願い鯉のぼりをたてて
鎧兜を飾り、しょうぶ湯に入らせるのだろうなぁ~と、まだ見ぬ
愛し子の来年の子供の日への想いを募らせた。
そんなふうに呑気に幸せな想像の時間の中でたゆとうていたかったが、
実は胸にチクりとしたものを俺は抱えていた。
春に入る少し前から気にかかっていた咳がまだ止まらないで
執拗に俺の中に居座り続けていたからだ。
産まれてくる子と眞奈の為にも完全に白判定つけておかなければ
との思いで、今度は総合病院に行くことにし、いろいろな検査を受けた。
多忙なのだろう、結果は10日後とのことだった。
検査からの帰り道、俺は何故か自分の過去を知らず知らずなぞっていた。
初めてできた家族。
信頼もし、恋い慕った相手……元の妻。
その彼女の裏切りで怒髪天を衝く勢いで相手の男を制裁しムショに入った。
そして住職の情けでここに流れてきた。
そんな俺は小さな頃から肉親との縁が薄く、物心ついた時には
遠い親戚をたらい回しにされていて、精神的肉体的虐待に耐え切れず
16才の時に親戚の家から逃亡。
気がつけば893の幹部に拾われて18才で盃を交わし、構成メンバーと
してだけでなく、実の息子となった。
大学は義父が出してくれた。
これからの893は勉学も出来なけりゃあこの世の中生き残って
いけないんだよと。
義親父が64才で病死。
病気が分かった時に義親父の力で組を抜け堅気になった。
それからは義親父の親戚筋にあたるここの住職が親代わりとなってくれ
もともと大学で建築を専攻して図面なども書けたので1級建築士の資格をとり
設計事務所に数年勤めたあと、宅建などの資格を取り不動産売買などにも
手を出すようになった。
若い頃から棲んでいた世界、環境もあって女性には身体のことは
もちろんのこと惚れた腫れたは慣れていた人間だった。
俺が設計事務所に表向き一級建築士の免許貸しをして在籍している形を
とりつつ、不動産の仕事に就いた頃――
その関わりのある不動産屋へ事務員として入社してきたのが元妻との出会いだった。
彼女は、俺が生まれてはじめて愛した女だった。
ふっ、何で過去なんかこうも走馬灯のように蘇ってくるんだ。
気がつくと、俺は愛する眞奈が待つ家の前に佇んでいた。
コメント
1件
ああ、この第14話、プロポーズから妊娠、そして不穏な咳の伏線まで、幸福と不安がぎゅっと詰まった密度の高い回でしたね。特に「毎日眞奈と一緒に起きて、毎晩眞奈と一緒に眠りたい」というプロポーズの言葉、すごく良かったです。過去にどん底を味わった主人公だからこその、慎ましくも確かな愛の表現にじんときました。 それでいて、咳が止まらない体調不良と走馬灯のように蘇る過去――「初めてできた家族」という言葉に、これまでの哀しみとこれからの希望が重なって感じられて、切なくも温かい読後感でした。この先、検査結果がどう転ぶのか、とても気になります。