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42 ◇宣告
なんだよ、やっぱりこんなことかよ。
俺は今思いっ切りやさぐれてる。
俺には幸せになる権利ないのかよって!
余命2か月と宣告を受けた。
医師は眞奈と一緒に聞いてほしいと言ってきたが、俺は妻には
話さなくていいと頑として譲らなかった。
妻は身重なんだ。
どうしてこんな酷い話を聞かせられるというのだ。
手遅れで手術のすべもないってさ。
どうしてこうも幸せが手のひらから零れ落ちていくのだろう。
俺の人生、なんだったのだろう。
産まれてくる我が子の顔すら見せてくれないっていうのか。
あの世から見られるといいのに、心からそう願った。
たったの2か月やそこらで、眞奈と子へ何が残せるっていうんだ。
何もできないだろう、きっと。
それどころかこれから日に日に育つ子のせいで、しんどい日が続くで
あろう眞奈に、俺の看病で負担をかけることになるかもしれない。
幸せであってほしい彼女にこれ以上負担はかけたくない。
俺は心を鬼にして眞奈に今の現実を知らせることにした。
「今日は体調どうだった?」
「いいよぉ~っていいたいところだけど私はつわりがなくならないタイプ
みたいで少しだけど、船酔い気分かな。
3か月くらいでなくなる人もいれば子供が産まれて出てくるまで
ずっとっていう人もいるらしくて。
あぁせめて半年ほどでなくなってほしいわぁ~」
そう話しながら食事の用意をしてくれる眞奈。
眞奈はつらいのか動作が緩慢だ。
その間に俺は運ぶべきものは運び、なるべく眞奈の負担が減るように
さっさと食事の準備をした。
「「いただきまぁ~す」」
今日のメニューはお手軽メニューの豚シャブだ。
「眞奈、大切な話があるんだ」
「……?」
43 ◇本当のこと
「俺、子供の顔見られそうもない。残念でたまらないけどさ」
「何? 変な冗談止めて……ヤダ」
「病気にかかってるんだ。余命2か月」
「え~嘘っ。
蓮さん嘘でしょ?
とうに過ぎてるわよ、エイブリールフール!」
「眞奈、ちゃんと俺の話聞いて。本当のことなんだ」
「いやっ、そんなこと信じない。信じられないよぉ~」
眞奈は泣いた。
ブワッと泣き出した眞奈に俺は言った。
「たった2か月じゃ、俺は眞奈に何も残せてやれないし、何もしてやれない。
だけどアドバイスはできる、この先どうすればいいかって。
眞ぁ~奈、俺はこの先ずっと君に付いててやることができない。
この身体じゃぁな。
そこでだ、俺なりにどれが眞奈にとって良い道か考えて考えて出した結論だが、
眞奈……元旦那が改心したって言ってるンだから元旦那のところへ戻ったほうがいい」
「蓮さん、そんな悲しいこと言わないで」
「この先の人生は長い。
あんなに君のことを慕ってる男ならきっと俺たちの子供のことも大切にしてくれるんじゃ
ないかって、安直と言われれば安直な考えだけど、これから新しい出会いが眞奈にあったと
しても俺には相手を吟味することはできないだろ?
あいつは女にだらしないところはあるけど、女子供に手荒な真似をするような奴では
ないことだけは俺の今までの経験で分かるんだよ。だから考えてみてくれないだろうか」
「子供は私が責任もってちゃんと育てるから、そんな世迷言を私に勧めて
こないで?」
「君がちゃんとしたりっぱな女性だってことは分かってる。
だけど心配なんだよ。
あいつが君と子供の側で番犬としていてくれると
俺も安心して旅立っていける」
蓮さんは、たらしだけど人間的なものは信じられると瑛士のことを
そんなふうに言う。
余命いくばくもない蓮さんが、己のことを悲しむよりも私と産まれてくる子のことを
とても心配してくれている。
私はこれ以上蓮さんの勧めを断ることができなかった。
44 ◇見届けさせて
「分かったわ。分かりました。
だからせめてあなたの最後を見届けさせてほしい。
限られた時間なんだから……お願い」
その後蓮さんの容体が急変し、即日入院した。
蓮さんは私の身体に負担がかからないようにと、連絡先を
お寺の住職夫妻にしたのだった。
私はお寺の住職の奥さんに臨終の時が来たら絶対知らせてほしいと
頼んでいた。
恐れていた日はあっという間にやってきて、住職の奥さんから
連絡が入った。
「約束だから連絡入れたけど、蓮さんね、こんな萎びた顔や体は
見せたくないって言ってるわ。
それでもあなた行くの?」
「はい、どんな姿形になっていても蓮さんは私の魂の片割れなんです。
お腹の子と一緒にお別れせねばなりません」
「蓮さんは元のかっこよい風情だけをあなたの記憶に留めてほしいのじゃ
ないかしら」
「病気の淵にいる蓮さんも、元気な頃の蓮さんも……私はどんな蓮さんも
この胸に……この脳裏に……焼き付けておきたいんです。
愛する人だから、これからも愛し続けていく人だから。
私、蓮さんを寂しくひとりで逝かせたくない、逝かせやしない……」
「負けたわぁ~、眞奈さんには。蓮さんとふたりにしてあげるわ」
◇ ◇ ◇ ◇
私が病室に入っていくと弱弱しいひとりの男性がベッドに横たわっていた。
今日は見事な晴天だから、窓の外の空でも眺めていたのか
顔をゆっくりとこちらに向けたその人は私の姿を目に止めると
にっこりと微笑んだ。
「来たんだ……」
「もちろんよ、来るにきまってるでしょぅ~。
お腹の子だってお父さんに会いたいんだよ?
その、私が一番会いたかったんだけどね。
会いに来なくていいなんて、酷いわ……全くう」
「元気かい?」
「ええ、私も子供も順調よ。心配いらない」
「なら、よかった」
「あなたとの子、大切に育てます。
絶対、愛したあなたのこと死ぬまで忘れないわ」
「何言ってるんだ、約束破るのか?」
「約束なんてしてない。
元旦那との再婚は考えてみるって約束したけどあなたのことを忘れるなんて
ひとことも言ってないもの」
眞奈は蓮に口づけた。
そして耳元に囁いた。
「この先も愛し続けるのは、あなただけ……」と。
私の囁きは聞こえたろうか?
蓮さんは私の側でそっと眠るように息を引き取った。
蓮さんの閉じた瞼の隙間から一滴の涙がぽろっと零れ落ちた。
『さよなら、蓮さん』
静謐なふたりだけの部屋で、眞奈は蓮との別れの涙をそっとこぼした。
イメージ画AI自作 2026.5.23 髭のない蓮さま
神崎 蓮 樋口眞奈
コメント
1件
設楽理沙さん、第15話読了しました。余命宣告から始まる蓮さんの“最善の選択”が切なくて……。眞奈に元旦那の元へ戻るよう説得するシーン、ああいう「自分が思う相手の幸せ」って残酷だなって思いました。でも眞奈が「あなただけを愛し続ける」と告げるラスト、あの閉じた瞼の隙間からの涙が本当に美しくて。静謐な別れの空気感、素晴らしかったです。続きが気になります。