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手を握った瞬間。
じわり、と。
何かが“流れ込んでくる”。
「……っ!」
ゆうなは反射的に手を引こうとするが、つかさの手は思ったより強くて離れない。
「大丈夫、大丈夫」
楽しそうな声。
「ただの“つながり”だから」
その言葉と同時に、視界がぐにゃりと歪む。
放送室の壁が、天井が、床が。
“言葉”みたいにほどけていく。
(……なんだこれ……)
耳鳴り。
ざわざわと、無数の声。
――友達
――一人じゃない
――呼んで
――ねえ
「……やめろ……!」
ゆうなが叫ぶ。
その瞬間。
ぱちん、と何かが弾ける。
気づけば、元の放送室。
手も、もう離れている。
「……はぁ……っ、はぁ……」
肩で息をするゆうな。
つかさは、まるで何事もなかったかのように椅子に座っていた。
くるくると回りながら。
「ねえ」
にこっと笑う。
「今の、ちょっと見えたでしょ?」
「……何を……」
ゆうなの声はまだ震えている。
つかさは天井を見上げる。
「この学校の“奥”」
軽く言う。
「七不思議ってさ、七つじゃないんだよ」
その言葉に、ゆうなの背筋がぞくりとする。
「……八番目があるって話は……」
「うん、あるよ」
あっさり肯定する。
「でもね」
指を一本立てる。
「八で終わりじゃない」
「…………」
「九も、十も、その先もある」
つかさの目が、細くなる。
「ただ、“知ってるやつが少ないだけ”」
そのとき。
――コン。
小さな音。
放送室の窓が、わずかに揺れた。
ゆうながびくっとする。
「……またか……?」
反射的に身構える。
でも。
今度は違った。
「ねえ」
柔らかい声。
窓の向こう。
屋上へ続く非常階段の方から、声が落ちてくる。
「そこにいるんでしょ?」
つかさの笑みが、ふっと深くなる。
「あ、来た」
「……来たって……誰が……」
つかさは立ち上がる。
「見に行こっか」
「は……?」
「面白いよ」
そう言って、勝手に放送室を出ていく。
「お、おい……!」
ゆうなは迷いながらも後を追う。
(なんなんだよ……ほんとに……)
廊下は静まり返っている。
さっきまでの気配は、もうない。
でも。
代わりに。
どこか、甘いような。
奇妙に軽い空気が漂っている。
階段を上がる。
一段、一段。
上に行くほど、空気が“薄く”なるような感覚。
そして――
屋上の扉の前。
つかさが立ち止まる。
「いるね」
嬉しそうに言う。
ゆうなはごくりと唾を飲む。
「……開けるぞ」
ゆっくりと、扉に手をかける。
ギィ……
軋む音とともに、扉が開く。
風が吹き込む。
夕焼けの光。
そして――
そこにいたのは。
狐のお面をつけた少女だった。
制服姿。
屋上のフェンスに寄りかかって、こちらを見ている。
「やっと来た」
明るい声。
まるで友達に話しかけるみたいに。
「遅いよ」
ゆうなは言葉を失う。
(……また……)
(“普通じゃない”やつだ……)
少女は軽く手を振る。
「はじめまして」
「自分、稲荷神にうっていうの」
その名を聞いた瞬間。
空気が、少しだけ歪む。
「……九番だよ」
にうは楽しそうに言った。
「七不思議九番――“ムソウキツネ”」
風が吹く。
狐のお面が、カタ、と鳴る。
「ねえ」
にうはゆうなをじっと見る。
「君、さっき泣いてたでしょ?」
「……っ」
図星を突かれ、ゆうなが固まる。
にうは、にこっと笑う。
「大丈夫」
優しい声。
でも。
どこかおかしい。
「自分が、笑わせてあげる」
その言葉と同時に。
パチン、と指を鳴らす。
瞬間。
景色が変わる。
「……は……?」
屋上が消える。
代わりに現れたのは――
教室。
夕方の光。
ざわざわと笑い声。
「これ……」
ゆうなが呟く。
そこには。
“ゆうな”がいた。
でも。
違う。
クラスメイトと笑っている。
自然に。
楽しそうに。
「な……んだよ……これ……」
にうの声が後ろからする。
「理想だよ」
振り返ると、にうがすぐ後ろにいる。
「君が欲しかったやつ」
狐面の奥で、目が細くなる気配。
「いいでしょ?」
確かに。
それは。
ゆうながずっと欲しかった光景。
でも。
「……違う……」
ぽつりとこぼす。
にうが首をかしげる。
「何が?」
「……これ……」
ゆうなは拳を握る。
「“俺”じゃない……」
笑っている自分が、妙に空っぽに見える。
「こんなの……作り物だろ……」
一瞬の沈黙。
そして――
にうが、くすっと笑う。
「そっか」
「じゃあ、もっと面白いの見せるね」
その声は、さっきより少しだけ低い。
パチン。
もう一度、指が鳴る。
今度は――
教室の空気が歪む。
笑い声が、引き伸ばされる。
ぐにゃり、と。
クラスメイトの顔が、崩れる。
笑顔が、貼り付く。
「友達だよ」
同じ声。
同じ笑顔。
同じ目。
「友達だよ」
「友達だよ」
ゆうなの背筋が凍る。
「……っ、やめろ……!」
後ずさる。
にうは楽しそうに笑っている。
「ほら」
「笑ってるよ?」
「君が望んだでしょ?」
そのとき。
「やりすぎ」
軽い声が割り込む。
空気が、すっと切れる。
次の瞬間。
景色が元に戻る。
屋上。
夕焼け。
風。
つかさが、にうの隣に立っていた。
「壊れちゃうよ、それ」
にうは少しだけ不満そうに口を尖らせる。
「えー、いいじゃん」
「悲しそうだったから」
「笑わせてあげようと思ったのに」
つかさは肩をすくめる。
「それ、“笑わせる”じゃなくて“壊す”でしょ」
にうは少し考えて――
「同じじゃない?」
にこっと笑う。
ゆうなはその会話を呆然と見ている。
(なんだよ……こいつら……)
(全員、おかしい……)
つかさがゆうなを見る。
「ね?」
「面白いでしょ、この学校」
軽い口調。
「いろんなのがいる」
にうが一歩近づく。
「ねえ、ゆうな」
名前を呼ばれて、びくっとする。
「君さ」
狐のお面越しに、じっと見つめてくる。
「ちゃんと笑える?」
質問。
ゆうなは言葉に詰まる。
にうは少しだけ首をかしげて――
「笑えないなら」
「自分が、笑わせてあげる」
優しい声。
でも。
逃げ場はない。
そのとき。
屋上の空気が、ふっと変わる。
水のように、静かに。
「――やめなよ」
落ち着いた声。
にうの動きが止まる。
つかさが、くすっと笑う。
「来た」
ゆうなが振り向く。
屋上の入り口。
そこに立っていたのは――
白い帽子をかぶった少年。
どこか浮世離れした雰囲気。
でも。
さっきまでの二人とは違う、“静かな圧”がある。
にうが小さく笑う。
「……七番」
つかさが手をひらひらさせる。
「やっほー」
その少年はゆっくりと歩いてくる。
そして、ゆうなの前で止まる。
一瞬、視線が合う。
不思議と――
少しだけ、息がしやすくなる。
「大丈夫?」
静かな問い。
ゆうなは、少しだけ戸惑いながらも頷く。
少年は小さく息をついて――
それから、にうを見る。
「遊びが過ぎるよ」
にうは肩をすくめる。
「だって、悲しそうだったんだもん」
「笑ってほしいだけだよ」
その言葉に、少年は少しだけ目を伏せる。
「……そのやり方が問題なんだよ」
短く言う。
そして、ゆうなの方へ少しだけ振り返る。
「君」
「この子たちに関わるなら、覚悟したほうがいい」
静かな警告。
つかさがくすくす笑う。
「遅いよ、それ言うの」
「もう契約済み」
少年の目が、わずかに細くなる。
「……やっぱりね」
にうは楽しそうに手を叩く。
「あー楽しくなりそうな予感」
「……やっぱりね」
夕焼けが、ゆっくりと沈んでいく。
影が伸びる。
そして――
この学校の“奥”が、静かに口を開ける。