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まなこ〜友
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#ますしき
T
5,800
「次の日休みとかの時にまた来ようかな」
独り言のように呟いて、グラスを口に運ぶ。雅くんはそんな私を見つめ、煙草をくゆらせながら「てか、連絡先変えた?」と問いかけてきた。
「変わってない。ちなみに雅くんの連絡先も一応まだ残ってる」
「残してたん意外。てか、くん付けとか、何か気持ち悪いな」
「大学時代から別に変わってないでしょ」
「呼び捨てでいいよ。久々に聞いたら何か慣れないから」
「…わかった」
呼び方にこだわりはないので、素直に要望に応じることにした。大学時代はずっと雅くんと呼んでいたのに、今さら慣れないと言われる理由はわからないけれど。
連絡先を消さなかったのは、ただ連絡する勇気がなかっただけ。
別れた直後は未練もあって、何度も連絡しようかと思ったけれど、あの別れ方を思い出すと、どうしても踏み出せなかった。
そもそも、自分から別れたいと言い出した身で、どんな顔をして連絡すればいいのか。何より、過去にあれほど好きだったからこそ、今はもう恋人がいるなんて現実に直面するのが怖かった。
だけど、今日こうして再会して少し話したら、完全に吹っ切れた。
「残されてたんなら、連絡すればよかった。てっきり消されてると思ってたし」
雅はそう言いながら、手元のスマートフォンを軽くスワイプさせている。
(その言い方だと、雅も私に未練があったみたいに聞こえるじゃない)
そんな思考が顔に出ていたのか、ふと彼と目が合い、見つめてきた。
「何、見惚れてた?」
そう言って笑みを零す雅に、胸の内を見透かされたくなくて、「相変わらず、顔だけは満点だなって思って」と、自分でも満点と言えるほどの作り笑顔で返した。
実際、雅の顔はずっと私のドストライクで、今も変わっていなかった。むしろ年を取ってからの方が好みまであって悔しい。
別れたからといって顔まで嫌いになれるわけもなく、性格がクズだと知っていても、奴の顔が良いという事実は変わらない。
性格を嫌いになった瞬間に相手が不細工に見える、そんな便利な目が欲しいが、そんなものは存在するはずがない。
「玲の顔とどっちが好き?」
答えにくい質問を投げかけられ、思わず眉間に皺が寄る。
こんなこと、答えたくもない。聞いてどうするつもりなんだ。
私はふうっと小さく息を吐く。
「相原さんは癒し顔よね」
私はそう言って、テーブル席で接客をしている相原さんの方へ視線を向けた。
何より笑顔が柔らかくて素敵だ。見ているだけで心が解けるような、まさに癒しオーラがある。まだ出会ったばかりだし、ただの客に対する営業スマイルかもしれないけれど、それでも優しさや包容力、安心感があった。
それから、視線を目の前の男に戻す。
相原さんに比べ、今の雅は癒しとは対極にあると思う。どちらかと言えば危険な香りが漂うタイプ。遊び人で、悪い遊びをたくさん教えられそうで、おまけに一途には愛してくれなさそうな…、そんなイメージがある。
だけど、私の好みでいえば、雅はあまりに癖に刺さりすぎた。
まずは黒髪であること。そして左目の涙黒子。ピアスや指輪といったアクセサリーも、シンプルなものをさらりと付けこなすセンスがいい。少し垂れ目で、普段の気だるげな雰囲気はどこか近寄りがたいが、それがどうしようもなく私の癖に刺さる。
正反対なタイプのイケメンが二人。一度足を踏み入れれば、女性客はあの顔に捕まって常連になる道しか残されていない、…なんて、これはあくまで個人の感想だけれど。
そんな勝手な分析に耽っていると、雅が露骨に顔を顰めた。
「何。玲の方がタイプだって言うつもり? 三年も付き合っといて」
少し不機嫌そうな声を出し、私の顔を覗き込んできている。
玲くんに負けるのはプライドが許さないのか、そんな子供じみたことを言う雅に私は思わず笑いを零した。
「玲くんは格好いいよ。でも、あんたもお世辞抜きで格好いい」
「どっちがタイプかって聞いてんのに…」
今ここで『雅の顔がタイプ』なんて正直に答えて、変な誤解をされたくはない。顔は好きだけれど、今の雅と付き合うなんて意地でも御免だから。
先ほど分析した通り、こいつと交際しても一途に愛される保障はないし、浮気されるのがオチ。
女好き、酒好き、煙草好き。三拍子そろったこんな男と結ばれても、ろくなことにならない。これにギャンブルまで加わればクズ男フルコンボ間違いなし。
私は小さく溜息をつき、目の前にいる”クズ男フルコンボまであと一歩”の暇そうな男を眺めた。
「もういいわよ、まだ一人のお客様他にも居るし、そっちの対応行ったら?」
「行かないよ、久しぶりに会えたし。このまま帰したくないし」
「やだ、帰してよ」
雅の冗談交じりの口説き文句を笑い飛ばした。
店に来てからそれなりに時間が経っている。回ってきたアルコールで、ちょうどいい具合にほろ酔いだった。このまま帰れば、今夜はぐっすり眠れるに違いない。
再会した直後はあれほど気まずかったのに、徐々に本調子で話せるようになり、このまま気楽な友人になれそうな予感に安堵していた。
心地よい空気感とアルコールのせいで、すっかり気分がいい。
この上機嫌なうちに家に帰ろうと、左腕を軽く持ち上げた。ピンクゴールドの縁と針、それに合わせた革のベルトが上品で可愛らしいお気に入りの腕時計の文字盤を見つめ、私は今の時刻を確認した。
「てか本気で綺麗になっててちょっと吃驚してる。あの頃は可愛さの方が強かったのに」
その言葉に、私は腕時計から雅へと視線を移した。ふいに目が合うと、彼は優しく微笑んでくる。
もしかして口説かれてる?なんて一瞬よぎったけれど、どうせ誰にでも言っている台詞だろうと思い直し、私も営業用の笑顔を返した。
「誰にでも言ってるセリフでときめく安い女じゃないの」
「お前にしか言ってないよ」
「吐くならマシな嘘吐いて。くだらない」
「そもそも俺等が別れたのって遠距離だったからじゃん。今、距離的な問題解消されたし縒り戻さない?」
雅の発言には、心底呆れた。
元カノにまでこれほど手が早いなんて。
ついさっきまで、他のお客さんと平然とキスをしていた男と縒りを戻したいわけがない。そんなに簡単に縒りを戻せる軽い女だと思われているのかと思うと、正直腹立たしかった。
先ほどまでの上機嫌は消え去り、一気に苛立ちが込み上げてきて私は目の前の男を睨みつける。
「今のあんたはお断り」
「そう。簡単に落とせないってわかった方が燃える」
「今のあんたには落ちない自信しかない」
冗談にいちいち怒るのも馬鹿らしくなり、気を落ち着かせるために「ね、カルーアミルク飲みたい」とお酒を注文して話を流した。この男の言葉をいちいち本気に取ってはいけない。
先程恋愛はしたくないと口にしたばかりだし、その気持ちに揺らぎはない。たとえ相手がかつて好きだった人でも、顔が最高にタイプでも。
「俺にも酒奢ってくんね? 喉乾いた」
「はあ? 図々しいわね。自分のお金で飲めば?」
「良いじゃん、再会したお祝い。さっきのオレンジカクテルは俺の奢りにしとくから」
「仕方ないな。好きなの頼みなさい」
「流石夏帆」
雅は嬉しそうに笑うと、自分の分のお酒を作り始めた。
適当にあしらってはみたものの、手際よく動く雅を眺めているうちに、ふと冷静になった。
…本当にここ、ホストクラブじゃなかったわよね?
コメント
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雅との再会シーン、掛け合いのテンポが軽快で一気に読めました。「今のあんたはお断り」と言い放ちつつ、内心では顔がドストライクだと認めている夏帆さんの葛藤に思わずニヤニヤ。強がりと本音のズレが丁寧に描かれていて、二人の空気感が伝わってきます。最後の「ここホストクラブじゃなかったわよね?」で締めるユーモアも効いていて、続きが楽しみです!