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ドルギア殿下が来られた日から一日が経って、私はエルメラとのお茶会に臨んでいた。
エルメラはいつも通り、不機嫌そうな顔をしながらお茶を飲んでいる。この妹は、昨日のことなどを話す気なんてないのだろう。
「エルメラ、あなたに聞きたいことがあるのだけれど」
「……はい、なんですか?」
「どうして私とドルギア殿下の婚約を望んだの?」
「……」
私が質問をすると、エルメラはゆっくりとその動きを止めた。
彼女はティーカップを置いて、私をその両の目でしっかりと見据えてきた。その視線は、とても力強い。
「ドルギア殿下から聞いたのですか?」
「いいえ、なんとなくわかったのよ。お父様の様子とか、あなたの様子とか、ドルギア殿下の様子とか……端的に言ってしまえば、おかしかったもの」
「なるほど……まあ、私も平静でなかった自覚はあります。ドルギア殿下だって、そうだったでしょう。お父様には、最初から期待していませんでしたが」
「辛辣ね」
エルメラは、ゆっくりとため息をついて、ティーカップを再び手に取った。
それを私は、エルメラが動揺していると捉えた。今彼女は、紅茶に頼らなければならない程に、焦っているのだ。
「だけど、わからないの。あなたがどうして私とドルギア殿下の婚約を望んだのかが」
「さて、どうしてなのでしょうね。予測くらいは、あるのではありませんか?」
「……単純に、私の幸せを願っているとか、ではないような気がするのよね。だってあなたは、私の婚約の話となると、とても不機嫌そうにするし」
「え? ああ……」
私の言葉に、エルメラは少しばつが悪そうな表情をしていた。
この妹にしては、珍しい表情だ。それが何を意味するのかは、よくわからない。私に対して、申し訳なさなどを覚えているのだろうか。
「……まあ、簡単な話ですよ。私は王家との繋がりが欲しくて、お姉様を利用している。それに対して多少の罪悪感くらいはあるから、ぎこちない態度になってしまうのです」
「それは嘘ね」
「……どうしてそう断言できるのですか?」
「これでもあなたの姉だもの。あなたの性質は多少理解しているつもり。私の知っているエルメラは、王家との繋がりなんて欲しがらない。そんなものは不必要だと鼻で笑うのがあなた……って、これはちょっと失礼かしらね?」
「……はー」
そこでエルメラは、ゆっくりと俯いてため息をついた。
私の予測は的外れだったということだろうか。呆れられてしまっているなら、少し恥ずかしい。
そう思っていた私は、直後に目を丸めることになった。顔を上げたエルメラが、少し気味が悪くなるような笑みを浮かべていたからだ。
「理解力……」
「え、えっと……」
笑みを浮かべながら顔を上げたエルメラは、よくわからない単語を呟いてきた。
聡明な妹は、時折私が理解できないようなことを口にすることがある。これもその類ということだろうか。
「流石ですね、お姉様は」
「あ、あれ?」
私が混乱していると、エルメラはいつもの仏頂面に戻った。
その急な変化に、私の理解が追いつかない。まだ先程の笑みも噛み砕けていないのに、元に戻らないで欲しい。
「私のことをよく理解しているようで、非常に嬉しく思います……いえ、違います。別に嬉しいとかそういう訳ではありません。まあ、妹のことを姉が理解しているというのは当然のことなのかもしれませんしね。でも、やっぱりお姉様だからこそ、私のことを理解しているといえるのでしょうか? しかしですね、だからといってこの妹がお姉様のことを認めるかというと、それは別の話と言いますか。まあいえ、認めていないとかそういう訳ではありませんよ。というか、私なんかがお姉様のことを認めるとか認めないとか、そういう話をするのがおこがましいと言いますか……」
「ごめんなさい。何も頭に入ってこないわ」
エルメラはいつもの仏頂面のまま、いつもとは違い饒舌になっていた。
ただ、早口過ぎて何を言っているのかがわからない。声も小さいし、エルメラのことがどんどんとわからなくなってくる。
「その、話を戻してもいいかしら? 私が聞きたかったことは、私とドルギア殿下の婚約をどうしてあなたが持ち掛けたか、ということなのだけれど」
「え? ああ……まあ、そんなことはどうでも良いのではありませんか?」
「どうでも良くはないわ。私はあなたの真意を知りたいと思っているの」
「真意を知りたい、ですか……いいですね」
「いいですね?」
「あ、なんでもありません」
今日のエルメラは、明らかに様子がおかしかった。
何か変なものでも食べたのだろうか。少し心配だ。
そういえばエルメラは、人の精神に干渉する魔法なども開発していたような気がする。そういった魔法の実験で失敗してしまったのだろうか。そう思うくらい、今日の妹は変だ。
「そうですね……いうなれば、天命でしょうか」
「天命?」
「ある日突然、神様が私に囁きかけたのです。お姉様とドルギア殿下を婚約させた方がいいと……いえ、これは無理がありますね」
「ええ……」
「占いで、人の婚約を決めたらいいことがあるとかは……」
「あなたは、そういったものが嫌いではなかったかしら?」
「確かにそうですね。占いを信じたことはありません。神様の存在は信じていない訳ではありませんが、天啓とかそういったものは鼻で笑うタイプです」
エルメラは、どこまでもはぐらかそうとしているようだった。
ただ、そのための言い訳が段々と雑になってきている。
それもこの妹から考えると、変な話だ。明らかな嘘をついていても、ボロを出したりはしないはずなので、今日のエルメラは変としか言いようがない。
「エルメラ、今日のあなたは変だわ」
「そうでしょうか?」
「変じゃないと思っているなら、それも含めて変よ」
あまりにもおかしな態度の妹に、私は思わず指摘していた。
それに対して、エルメラはきょとんとしている。まさか、自覚がないのだろうか。
「よくわからないけれど、私とドルギア殿下の婚約の話は、あなたにとって平静ではいられないものみたいね?」
「……あの、その話はやめにしませんか?」
「あなたが理由をきちんと答えてくれたなら、やめてもいいのだけれど」
「理由という程、大きなものがある訳ではありません。ただ単に、丁度良い婚約者だと思ったから話をもちかけたというだけで……」
「丁度良い婚約者、ね……」
なんとなくではあるが、今の妹は嘘などはついていないような気がする。とりあえずこの言葉は、真実だと考えるとしよう。裏に何かはあるのだろうが、それはこれから探っていけばいい。
しかし王族に対して、丁度良い婚約者などというのは、不適切であるような気はする。ただ、エルメラなら許される言葉ではあるだろう。彼女の力は、王族すらも動かせるのだから。
「丁度良いというのは、アーガント伯爵家の当主として迎え入れるのに丁度良いということなのかしら?」
「ええ、そうですね」
「それだけではなさそうね」
「お姉様、私の顔を見ただけでそこまでわかるのですか?」
「ええ、今のあなたはなんというか、滅茶苦茶わかりやすいもの」
私の言葉に対して、エルメラは表情を変化させていた。
揺さぶりをかけると、目をそらす。とてもわかりやすい仕草だ。
いつもの不機嫌そうな顔からは、読み取れないようなことが今ならわかる。端的に言ってしまえば、隙だらけだ。
「……まあ、お姉様の相手として、適切――許してもいいかなと思うくらいには、ドルギア殿下が人格者――まあまあ良い人だなと思って――いや、思っていません」
「ど、どっちなの?」
エルメラは言葉の所々で心底嫌そうな顔をしていた。
ドルギア殿下に対して、何か恨みでもあるのだろうか。二人の間に関わりなどは、なかったと記憶しているのだが。
「……要するに、ですね。あのブラッガのような男と二度と当たらないように、私は働きかけた訳です。お父様は人を見る目がありませんからね」
「それは私としてはありがたい話ね。でも、お父様のことをそんなに悪く言う必要は……」
「ありますよ。お父様は人の善性を信じすぎる所があります。良い所でもありますが、悪い所でもあります。貴族としては、どちらかというと悪い所でしょう」
エルメラのお父様に対する評価は、なんというか愛情が感じられた。
怒っていながらも、どこか嬉しそうでもある。そんな不思議な言葉に、私はなんとも言えない気持ちになっていた。
この妹は、私にも両親にもそれ程興味がないとばかり思っていた。しかしそうではなかったのかもしれない。
となると、エルメラは本当に私のために、ドルギア殿下との婚約を進めてくれたのだろうか。
そうだとしたら、エルメラには感謝しなければならない。まあ、この妹はそれを素直に受け取ってはくれないだろうが。