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「なんだ。てっきりもう、晴翔くんは新しい人を見つけたんだと思ってたぞ」
説明を終えると、久方ぶりに、相好を崩した瑞奈を見た気がした。
「そんな訳ねえだろ」
「だって、ALSって根本的な治療方法がまだないんだよ。治る見込みがないんだよ。手足を動かせなくなるんだよ。そんなあたしと付き合ってて面白い? そんな彼女でいいの? 迷惑かけるんだよ。何にもできなくなるんだよ。その……え、えっちだって将来してあげられないし……」
恥ずかしそうに瑞奈は俯いたが、すぐにキッと俺を睨んだ。
「いやじゃん。絶対にそんな彼女よりも新しい女の方がいいに決まってるよ」
「迷惑じゃねえよ!」
声が喉元で爆発した。言葉を発した俺自身が思わず顔をしかめたぐらいだ。瑞奈も驚いたようで肩をびくりとはねさせた。
「ごめん、大きな声出して」
瑞奈は不安気な表情を浮かべていた。今にも泣きだしそうだった。
ごめん、俺は再度口にしてから、ゆっくりと言葉を噛んで含めるように言った。
「俺は瑞奈と一緒に生きていきたいんだ。本気だよ。確かに、覚悟はしている。瑞奈の身体が動かなくなった時のことを想像すると、叫び出したいくらいにつらく、怖くなる。でも、でも……好きなんだよ。瑞奈のことが。新しい女なんて眼中にねえよ。俺はいつだっておまえしか眼中にねえんだよ」
言葉を一度切ると、瑞奈が「晴翔くん、」と呼びかけてきた。声が震えていた。瑞奈、安心してくれ。俺はどこにもいかない。俺はおまえのそばにいる。この気持ちを伝えたくて言葉を繰り返す。
「好きなんだよ、おまえが」
瑞奈が、倒れるように俺に抱きついた。大好き。魂が共鳴した。
翌日の朝、俺と瑞奈は電車に乗っていた。
春奈さんに会いに行くのだ。今回も急な展開になってしまったが、春奈さんは『気にしないでお越しください』とメール文に書いてくれた。本当にありがたかった。ただし、視線入力をし続けての会話は、春奈さんに負担がかかるだろうから、三十分ほどお話しさせて下さい、とあらかじめ時間を区切って春奈さんには伝えていた。
「今思えば、倉持春奈さんって、あたし知ってるかも」
思い出そうとするために瑞奈が右手の人さし指を顎にあてる。左手は俺と繋いだままシートに座っていた。
「マジか? なんで?」
「記憶が正しければ、女子サッカーで有名だった人だよ。あたし多分、春奈さんがプレーする試合を見に行ったことあると思う。小学生の頃」
くらもちはるなさん、くらもちはるなさん、瑞奈がぶつぶつ呟きながら顎にあてた指をくりくり回し始める。
「ねえ、ちょっとスマホで【倉持春奈 女子サッカー】と検索してくれない?」
「おまえ検索もできないのか」
瑞奈は、大学生にもかかわらず操作がシンプルなスマホ『らくらくホン』を使っている。俺は、春奈さんの名前をALSではなく、女子サッカーで検索する――
「凄え……」
あんぐり口を開けるとはこのことだろうか。口を閉じることができなかった。
春奈さんは、女子サッカーの日本代表にも選ばれたほどの人だった。なでしこリーグの優勝チームに在籍していたことも記載されている。本人のブログにはサッカーをやっていたことが綴られていたが、まさかここまで本格的にサッカーをしており、有名な選手だったとは。
瑞奈が俺の手元からスマホを奪った。
「でしょ。やっぱり、あの倉持春奈選手だ。あ、ほらほら、あたしと同じ右のインサイドハーフ。うわー、今からこの人に会えるんだね。嬉しいな。色々と話したいぞ。晴翔くん、隠さないでさっさと春奈さんのことを教えてくれればよかったのに」
瑞奈がウキウキとした素振りでスマホを俺の手に戻す。
瑞奈の言葉がちくりと心に刺さった。きっと瑞奈自身は分かっていないのだろう。春奈さんと会う、そのことがどれほどのことかを。
口を動かして喋ることができない春奈さんとは、視線入力パソコンのディスプレイを介して話すことを、俺はこの場では言及することができなかった。
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