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【君は僕を知らない】
「……ここ、どこ?」
氷室みすずは、見覚えのない天井を見つめていた。
知らない部屋。
知らないベッド。
知らないカーテン。
そして――知らない匂い。
「……っ」
勢いよく起き上がる。
頭が重い。
何が起きたのか、まるで思い出せない。
「俺……大学……」
最後に覚えているのは、講義を終えて大学を出たこと。
そのあと、友人と別れて。
駅へ向かって――
「……そこから、何した?」
思い出せない。
みすずはベッドから降り、部屋を見回した。
窓。
けれど外は森しか見えない。
机。
何も置かれていない。
スマートフォン
財布
鞄
ない
「……嘘だろ」
扉へ駆け寄る。
ガチャッ。
開かない。
「おい!」
ドンドン、と扉を叩く。
「誰かいないのか!」
返事はない。
「ここどこだよ!」
声が震える。
怖い。
本当に怖かった。
何が起きているのか分からない。
自分をここへ連れてきた人間も分からない。
そもそも――
「俺、誰かに恨まれるようなことしたか……?」
その瞬間。
カチャリ。
鍵が開いた。
みすずは反射的に後ずさる。
扉がゆっくり開く。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
黒髪。
整った顔。
大学生くらいに見える。
手にはトレー。
まるで、これから恋人の部屋へ朝食を運んできたような穏やかな顔をしている。
「おはよう」
「……誰だ、お前」
青年は少しだけ目を細めた。
「一ノ瀬なぎ」
「……知らない」
「うん」
なぎは微笑んだ。
「知ってるよ」
「……は?」
「君は僕を知らない」
その言葉に、みすずはますます混乱した。
「じゃあ、なんで俺を知ってるんだよ」
「ずっと見てたから」
「…………は?」
なぎは何でもないことのようにトレーを机へ置いた。
「朝ごはん」
「いらない」
「そう」
なぎは怒らない。
ただ、みすずをじっと見つめている。
その視線が気持ち悪い。
「……ここどこだ」
「僕の家」
「帰せ」
「嫌だよ」
即答。
「お前、俺に何した?」
「連れてきた」
「……誰が?」
「僕が」
みすずの顔から血の気が引いた。
「……誘拐?」
「そう」
なぎは微笑んだ。
「君を誘拐した」
「なんで……」
「好きだから」
「は?」
「一目惚れだった」
みすずは言葉を失った。
「いや……待て」
頭が追いつかない。
「俺とお前、会ったことないよな?」
「ないよ」
「話したことは?」
「ない」
「名前を教えたことも?」
「ない」
「じゃあなんで俺のこと知ってるんだよ!」
なぎは少し考えるように首を傾げた。
「調べたから」
「……何を」
「全部」
「全部って……」
「大学」
「……」
「学部」
「……」
「講義の時間」
「……」
「よく行くコンビニ」
「……」
「友達」
みすずの顔が強張る。
「……やめろ」
「好きな食べ物」
「やめろって」
「嫌いなもの」
「やめろ!」
なぎは嬉しそうに笑った。
「やっと僕のこと見てくれた」
「お前……」
みすずは扉へ走った。
ただ静かに言う。
「開かないよ」
みすずがノブを回す。
ガチャガチャ。
「……っ!」
「この部屋、外からしか開けられないから」
「ふざけんな!」
「ふざけてないよ」
なぎの声は穏やかだった。
「君が逃げないようにしただけ」
「俺を帰せ!」
「無理」
「警察呼ぶぞ!」
「スマホ、持ってないでしょ?」
「……」
なぎがポケットから、みすずのスマートフォンを取り出す。
画面を見て、微笑む。
「パスコードも知ってる」
「……なんで」
「君が入力してるところ、何度も見たから」
みすずの背筋に寒気が走った。
「……気持ち悪い」
「うん」
なぎは傷ついた様子もない。
「それでも好き」
「俺はお前なんか知らない」
「知ってる」
「好きじゃない」
「それも知ってる」
「帰りたい」
「それは駄目」
なぎは笑った。
「でも、いつか好きになるよ」
「ならない」
「なる」
「ならない!」
「大丈夫」
なぎはみすずを見つめる。
その目は優しい。
優しすぎる。
「僕がそうなるまで、ずっと一緒にいるから」
「……」
「大学にも行かなくていい」
「……は?」
「友達にも会わなくていい」
「お前……」
「僕が全部用意する」
なぎは楽しそうに続ける。
「服も、ご飯も、教科書も。欲しいものがあれば何でも言って」
「いらない」
「じゃあ、僕だけいればいいね」
「違う!」
「そのうち分かるよ」
なぎは扉へ向かった。
「待て!」
みすずが叫ぶ。
なぎが振り返る。
「何?」
「……ここから出せ」
「嫌」
「……」
「でも」
なぎは微笑んだ。
「怖がらなくていいよ」
「誰のせいだよ……」
「僕のせいだね」
あっさり認める。
そして、最後に一言。
「だって僕、君に会うまでの人生より、君といるこれからの人生のほうが大事だから」
カチャリ。
扉が閉まる。
鍵がかかる。
一人になったみすずは、その場に立ち尽くした。
知らない場所。
知らない男。
知らないはずなのに、自分のことを何もかも知っている男。
「……なんなんだよ……」
扉の向こうから、なぎの声がした。
「みすず」
「……」
「聞こえてる?」
返事をしない。
すると、なぎは嬉しそうに笑った。
「返事しなくてもいいよ」
少し間を置いて。
「僕は毎日、君に話しかけるから」
「……」
「君が僕の名前を呼んでくれるまで」
その声は優しかった。
コメント
1件
わあ、読み終わった…!めっちゃ怖かったけど、続きが気になりすぎる😭💦 「知らない」って言葉が何度も出てくるのに、なぎくんはみすずくんのことを全部知ってるっていうそのギャップがもう…!しかも笑顔で「誘拐した」って言っちゃうのがサイコパス感あって震えた。でも「一目惚れだった」って言う時のなぎくんの優しい口調、逆に恐怖倍増じゃない?? 「君が僕の名前を呼んでくれるまで」ってラストのセリフがエモすぎて、怖いのにキュンとしちゃった自分がいる…!続きめっちゃ気になる!!月乃愛さん、次の話も楽しみにしてます🌸📖
月乃愛 瑠夏
#青春恋愛