テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
その声は優しかった。
だからこそ。
みすずは、ぞっとした。
「……お前、本当に俺のこと知らないんだよな?」
扉の向こうが静かになる。
「どういう意味?」
「俺とお前が、昔どこかで会ってたとか」
「ないよ」
「一度も?」
「一度も」
迷いのない返事だった。
「大学が同じだったとか、地元が同じとか」
「違う」
「友達の知り合いとか」
「違う」
「……家族とか」
「違うよ」
なぎは淡々と答える。
「僕と君は、完全な他人」
その言葉が、逆に怖かった。
「じゃあ……なんで」
みすずは震える声で続けた。
「なんで俺なんだよ」
「さっきも言ったでしょ」
「一目惚れ?」
「うん」
「それだけ?」
「それだけ」
「……嘘だろ」
「嘘じゃない」
なぎは扉の前に立ったまま、静かに笑う。
「僕は君を知らなかった」
「……」
「君がどこに住んでるのかも、何をしてる人なのかも知らなかった」
「じゃあ、いつから……」
「初めて見た日から」
「どこで」
「大学の近く」
みすずは眉を寄せる。
「……俺はお前を見てない」
「知ってる」
「気づかなかった」
「それでいいよ」
「……」
「君が僕を見る必要はなかったから」
その言葉に、背中が冷たくなる。
「僕が君を見ていれば、それで十分だった」
「……何日」
「何が?」
「俺を見てたの」
なぎは少し考える。
「二ヶ月くらいかな」
「二ヶ月……?」
「最初は偶然だった」
「……」
「大学の前で君を見かけた」
「そのあと、何度か見かけるようになった」
「……それだけ?」
「最初はね」
なぎは笑った。
「でも、気づいたら探すようになってた」
「俺が何時に大学へ来るのか」
「どの講義を受けてるのか」
「誰といるのか」
「どこで昼を食べるのか」
「何時に帰るのか」
一つ一つ。
まるで当たり前の予定を読み上げるように。
「……」
「毎日、君を見るのが楽しみになった」
「だからって……」
「うん」
「だからって誘拐するか普通?」
「普通じゃないね」
「……」
「でも、僕にはそれしかなかった」
みすずは扉から距離を取った。
「お前、俺のこと好きなんだよな」
「うん」
「俺はお前を知らない」
「うん」
「これからも好きになるとは限らない」
「うん」
「それでも?」
「それでも」
なぎは即答した。
「君が僕を好きになる必要はないよ」
「……は?」
「僕が君を好きだから」
「それだけでいいの?」
「僕にとっては」
みすずは呆然とした。
「……狂ってる」
「そうかもしれない」
なぎは穏やかに笑う。
「でも、君を傷つけたいわけじゃない」
「じゃあ帰せよ」
「それはできない」
「なんで」
「帰したら、君は僕のいない場所に戻るから」
「当たり前だろ」
「だから嫌なんだ」
「……」
「僕は、君と一緒にいたい」
「俺は嫌だ」
「今はね」
「今もこれからもだ」
「それでもいいよ」
なぎは扉を閉める。
「いつか変わるかもしれないから」
「変わらない!」
「じゃあ、変わらないままでもいい」
「……え?」
「君が僕を嫌いでも」
扉の向こうから、なぎの声がする。
「僕は君を好きでいるから」
「……」
「だから安心して」
「何が安心だよ……」
「君が僕を知らなくても」
なぎは静かに言った。
「僕は、君のことを知ってる」
カチャリ。
鍵がかかる。
みすずは一人、部屋に残された。
自分はなぎを知らない。
名前すら、今日初めて聞いた。
思い出もない。
共通の知人もいない。
過去もない。
ただの赤の他人。
なのに。
向こうは自分のことを知っている。
好きな食べ物も。
嫌いなものも。
大学も。
友人も。
生活習慣も。
そして――
自分が知らないうちに撮られた写真まで。
「……本当に、何なんだよ……」
みすずは床に落ちた写真を見つめる。
そこに写る自分は、何も知らずに笑っていた。
その背後には。
いつも同じように。
なぎがいた。
コメント
1件
うわあああっ、第2話もやばすぎた…!!😭💦 なぎの「僕は君を知ってた」って台詞、優しさの裏にめっちゃ怖さがあって背筋冷えたよ…。 でも「君が僕を好きになる必要はない」ってとこ、歪すぎるのに切なくて、もう複雑な感情がぐちゃぐちゃになったよ…!! 続きが気になって仕方ない、早く読みたいよ〜!!🌸