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2003年4月、春の柔らかな陽光が竜皇高校の校庭を優しく照らしていた。
桜の花びらが舞う中、新入生たちは緊張と期待に満ちた顔で体育館に集まっていた。
入学式が終わったばかりの1-A教室。
窓辺に並んだ机のひとつに、斉藤翼は静かに座っていた。
163cmの華奢な体を制服に包み、茶色の髪が少し乱れて額にかかっている。
緑の瞳は穏やかだが、どこか疲れた影を宿していた。
その隣の席に、浅尾拓実がどっしりと腰を下ろしていた。
187cmの長身はすでに教室の空気を占領するようで、ベリーショートの茶髪の下、温かみのある茶色の瞳が翼を優しく見守っている。
そしてもう一人、栄口勇人が窓際の席から身を乗り出して二人を覗き込んでいた。
普通体型の体に制服が少しゆったり、茶髪のベリーショートが陽光に輝き、気さくな笑顔が絶えない。
だが、その教室の外、廊下の端で。
斉藤梓——翼の父、副院長として白衣を脱いだばかりの男が、壁に寄りかかりながら肩を震わせていた。
涙が止まらない。
嗚咽を噛み殺そうとして、かえって声が漏れる。
「翼……お前が……高校に……」
梓の視界には、入学式の壇上で校長に名前を呼ばれた翼の小さな背中が焼き付いていた。
中学2年間、ほとんどを喘息の発作と入退院で費やした息子。
内申点は超ギリギリ。
担任の先生にまで「もう無理だ」と言われ、市内の私立高校ですら門前払い同然だった。
それでも翼は諦めなかった。
「野球が好きだから……拓実と一緒にいたいから……」
と、必死に勉強を続け、専願でこの竜皇高校に滑り込んだのだ。
一方で、拓実。
市内の私立6校からスカウトが殺到し、札幌南高校にも余裕で合格圏内だった逸材。
甲子園優勝を夢見て、誰もが認めるエース候補。
なのに、彼はすべてを蹴った。
「翼と一緒じゃなきゃ意味がない」
一言で片づけられるほど、シンプルで揺るがない決意だった。
梓はそれを知っていた。
だからこそ、頭が上がらない。
自分の息子のために、未来を投げ打った少年に。
「だぐみぐん……」
梓はまた、声を詰まらせた。
教室の中では、翼が父の気配に気づいて廊下へ駆け出していた。
「父さん……恥ずかしいから、もう泣かないで……」
梓は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、翼の肩を掴んだ。
「お前が……ここに来れたことだけで……父さんは……もう……」
「父さん……」
そこへ、拓実が静かに近づいてきた。
長身の影が二人を覆う。
「おじさん、俺は自分で決めてこの学校に来たんですよ。翼と一緒に甲子園に行きたいから。誰にも強制されてないです」
梓は拓実を見上げ、涙を拭おうとしてまた溢れた。
「だぐみぐん……本当に……ありがとう……」
翼は顔を赤くして、拓実の袖を軽く引っ張った。
「拓実……もういいよ。父さん、泣きすぎ」
拓実は小さく笑って、翼の頭を軽く撫でた。
「まあ、おじさんが泣くのもわかるけどな。翼がここに来れたのは、奇跡みたいなもんだから」
その時、勇人が教室から顔を出した。
「おーい! 入学式終わったのにまだ外で号泣パーティーやってんの? 早く戻ってこいよ〜!」
3人は顔を見合わせて、くすっと笑った。
勇人は中1の頃からこの二人に憧れ、翼の声かけをきっかけに仲良くなった親友。
今も変わらず、3人で固い絆を保っている。
教室に戻ると、担任の先生がホームルームを始めようとしていた。
拓実は翼の隣の席に座り直し、小声で囁いた。
「翼」
「……ん?」
「俺が甲子園連れてくから。見ててくれ」
翼は一瞬、息を飲んだ。
中学最後の大会で、喘息の発作が重なってピッチャーを降りなければならなかったあの日。
公園で泣きじゃくる自分に、拓実が言ってくれた言葉と同じだった。
「俺が代わりに強くなるから、見ててくれ」
あの約束が、今、再び。
翼の緑の瞳が潤み、でもすぐに笑顔になった。
「……うん。見ててあげる」
勇人が後ろから肩を叩いた。
「俺も手伝うよ。野球部の飯当番、俺に任せろ!」
3人の視線が交わり、教室に小さな、でも確かな熱が生まれた。
2003年春。
ここから、翼と拓実の物語が、もう一度始まる。
前世の呪いも、未来の試練も、まだ知らないままに。
ただ、隣にいるだけで生きていける太陽を、翼はまだ、無自覚に求めていた。