第6話(休憩回):ごはん処へようこそ
昼下がりのツリーハウス学舎。
実習と演習の嵐がようやく一段落し、ゲンとタカハシは枝道をくだって“塔のふもと”へと向かっていた。
その先にあるのは、碧族直営食堂――「碧のごはん処(ミドリ)」。
木製の看板には、碧素の波紋がふわりと踊っている。
「腹、減ったなぁ。今日はもう頭使いすぎた」
ゲンが後ろ頭に手をやりながら、制服の上着をはだけたまま歩く。
「……お前、上着のボタン、どっかに飛ばしたまま来たろ」
「戦場ってのはな、ボタン探しとるヒマなんかないんだよタカハシくん」
「どこが戦場だよ、授業だよ!!」
暖簾をくぐると、厨房から湯気がふわりと立ち上り、店主・タエコが鍋を振っていた。
短めパーマに花柄エプロン、大阪のおばちゃん口調で、腕にはフラクタル調理用のグローブが光る。
「おっ、若いのら来たなぁ! ツリーハウス帰りやろ? 今日は“栄養と精神安定のセット”で決まりや!」
「は、はい……!」
タカハシは思わず背筋を正す。ゲンはすでに奥の席でだらっと座っていた。
カウンターに並ぶのは、ほんのり青く発光する湯気立つ料理。
《FLAVOR = “HOMEMADE-FLAVOR”》
《CALM = TRUE》
《ENERGY = +20%》
《LIFE_CONSUMPTION = 0.3days》
「この“まかない碧焼き定食”、碧素使っとるけど寿命減らんように調整しとるで」
タエコが得意げにフラクタルコードを振りながら盛り付ける。
「うっわ……すごい……香りだけで、今日の演習がチャラになる……」
タカハシの目が潤んでいた。
「だろ? 命は燃やすだけちゃう。“癒やすため”にも使えるんやで」
ゲンは箸を止めて、ぽつりと呟いた。
「タエコさんさ、フラクタルってさ……使うたびに命、減るだろ」
「そやな。せやけど――“使い方”は、命の選び方や」
「誰のために、何のために、どう使うか。それが碧族の流儀やろ」
「……そっか」
ゲンの目が、少しだけ遠くを見ていた。
店内では、別のテーブルで騒がしいフラプロ生徒たちが何やら《SALT = OVER》《NOISE = +5dB》なコロッケ騒ぎを起こしていた。
「バカ!また爆発コード混ざってる!」「そんなん知らんやん!実験したかっただけやん!」
「うるさーい!味覚センサー狂わせたら次回から味無しになるで!!」
店内に笑い声が咲き、碧素が優しく明滅する。
帰り道、ゲンがぽつりと呟いた。
「……命、削るのが怖くなくなったわけじゃねぇ。でもさ、“食える”ってだけで、ちょっと強くなれた気がする」
「俺も。エネルギーって、文字じゃねぇんだな。飯なんだな」
ふたりの背中には、ほんのり碧い湯気の記憶が残っていた。
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