テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
48
凶悪。
210
hbkn
今回も出ない⬇⬇⬇
ngkn、srkn
名前有モブとkntが仲が良い描写があります。
恋愛感情は一切ないです。
追記(2026/09/07)
ミスがあったので修正しました!!
すみませんでした!
[風楽、今から平林と購買行くけどお前はどうする?]
不意に藤田から声をかけられた。
もう昼休みなのか。
雲雀の一件があってからというもの、授業の内容がまるで頭に入ってこなかった。
黒板を見ているはずなのに、頭の中はずっと別のところを漂っている。
たぶん先生から見たら、僕は授業中ずっと遠い目をしていたことだろう。
「いや、僕は弁当あるからいいや」
[了解。てかお前すげぇよな、毎日毎日弁当手作りって]
「んねー。すごいよね、最近のスーパーのお惣菜は」
[惣菜かよ]
「うん。全部お惣菜」
僕は別に器用な人間ではない。
というか、自炊能力に関して言えば、はっきり言って皆無だ。
塩と塩コショウって何が違うの?
そんなレベルである。
だから毎日持ってきている弁当も、実態はスーパーのお惣菜を詰めただけ。
弁当箱という名の、お惣菜収納ケースだ。
[んじゃ行ってくるわ、奏斗]
[先に食べといていいぞ]
「はーい」
藤田と平林が教室を出ていく。
本来なら二人が戻ってくるのを待って、一緒に食べるべきなのだろう。
しかし僕も食べ盛りの高校生。
昼飯を目の前にして待てるほど、僕は人間ができていない。
「いただきま────」
「奏斗ーー!! いるかーー?!」
「は、」
危うく「いただきます」と言い切るところだった。
何事かと顔を上げる。
教室中の視線が、一斉に入口へと集まった。
そして、その中心にいるのは──
「おっ、奏斗おるやん!」
渡会雲雀。
なんで?
「一緒に飯食わん?」
またしても、僕に向けられる視線。
しかも今回は、さっきの授業前とは比べものにならない。
ざわざわとした空気の中で、女子たちの視線が痛い。
いや、待って。
なんで僕?
「奏斗〜、早くしろって」
雲雀は僕を急かすように、教室の前のドアから声を飛ばしてくる。
……と思ったら。
ズカズカと教室の中へ入ってきた。
いや、来るんかい。
「……分かった。ちょっと待って」
僕は渋々、弁当箱を閉じる。
本当なら僕には先約がある。
藤田と平林と三人で昼食を取る予定だったのだ。
なのに、どうしてこうなった。
ちらりと周囲を見る。
すると──
女子たちからの視線が、さらに冷たくなっている気がした。
(……うん)
(この空気、無理だ)
僕は空気を読む男。
いや、読まざるを得ない男だった。
「分かったから。ちょっと待ってって」
急いで弁当を元の状態に戻し、鞄へしまう。
そして雲雀のもとへ駆け寄った。
その瞬間。
なぜか、さらに視線が強くなった気がする。
…気のせいだと思いたい。
「ほら、行こ」
僕はこれ以上注目を浴びる前に、雲雀の背中をぐいぐい押す。
「なんか奏斗、めっちゃ急かすやん」
「気のせい気のせい」
気のせいじゃない。
むしろ今すぐこの場から離れたい。
雲雀の背中を押しながら、僕は心の中で静かに手を合わせた。
(ごめん藤田、平林)
(僕は空気を読む男なんだ)
(許してくれ)
あとでちゃんと連絡を入れよう。
そう心に誓った。
教室を出てしばらく歩いたところで、雲雀が足を止めた。
どうやら、ここで昼食を取るらしい。
僕もその場で立ち止まり、スマホを取り出す。
藤田に一言、謝っておこう。
【ごめん、色々あって一緒に昼食取れない】
……よし。
これくらいでいいだろ。
送信。
スマホを正位置に戻して、僕は小さく息を吐いた。
これで一件落着
……それはそうと。
「……なんで急に一組来たの?」
頬をぷくっと膨らませながら、僕は目の前の人物に問いかける。
「え? なんでって、奏斗と昼飯食いたかっただけやけど」
「……は?」
思わず、思考が停止しかけた。
(待て待て待て)
(この時の風楽奏斗って、渡会雲雀とこんなに仲良かったっけ……?)
確かに、保健室の一件から多少の接点はできている。
けれど。
(いや、待てよ)
(いくらなんでも、昼飯を一緒に食べるほどまで進展してたか……?)
頭の中で必死にゲームのシナリオを掘り返す。
しかし、考えれば考えるほど分からなくなってくる。
こっちの世界に来てから、細かいところが少しずつ僕の知っている『VLT学園』と違っている。
そのせいで、記憶という名の攻略本がどんどん役に立たなくなってきている気がする。
「……もしかして、俺と昼飯食うの嫌やった?」
「そんなことはないけど……」
「ほんまか?」
そう言った雲雀は、こちらの顔を覗き込む。
そして満面の笑み。
なんでだろう。
別に悪いことなんて何もしていないのに、ものすごい罪悪感が湧いてくる。
「……時間も有限だし、早くご飯食べよ」
「おう!」
雲雀は嬉しそうに返事をすると、手際よく弁当の包みを解いていく。
そして蓋を開けるなり、さっそく箸を手に取った。
「奏斗の弁当も見せてや。気になる」
「えぇ……まぁいいけど。面白いもんじゃないよ?」
僕も渋々、自分の弁当箱を開ける。
中に詰まっているのは、色とりどりのお惣菜。
見栄えだけなら、スーパーの惣菜コーナーの一角を切り取ったようなものだ。
名付けるなら
"お弁当という名のお惣菜収納ケース"
「へぇ〜、美味そうやん。これ手作り?」
「ううん。お惣菜。全部お惣菜」
「……お前、まじか」
雲雀が若干引いたような目で僕を見る。
なんだその目。
言っておくけど、聞いたのはそっちだからな。
「……何その目」
「いや、自信満々に全部お惣菜って言う奴、初めて見たわ」
「だって事実だし」
料理なんてできないものはできない。
僕にとって包丁は、料理器具というより凶器に近い。
「じゃあ、俺の弁当のおかず特別に食わせてやるよ」
「え?」
雲雀が自分の弁当箱からおかずを一つ取る。
そして、それを箸でこちらへ差し出してきた。
「ほら、あーん」
「…………」
いや。
待って。
何をしているんだ、この人。
「……あーん」
結局、されるがまま口を開けてしまった。
ぱくり。
「……美味しい」
思わず本音が漏れる。
ちゃんと美味しい。
味付けも丁度いいし、何より久しぶりに人の手作り料理を食べた気がする。
「これ、雲雀のお母さんの手作り?」
「寮生活だから俺お手製の手作り弁当やね」
「……嘘だ」
「なんでだよ」
思わずそう呟いてしまった。
でも、そうだった。
確かゲーム内でも、攻略対象は全員寮生活だったはずだ。
何故かこっちの世界に来てから、変なところだけ記憶が鮮明だ。
こういう時だけ妙に勘が冴える。
(……肝心なところでは全然役に立たないくせに。)
僕はもう一度、雲雀の弁当を見る。
その横顔もついでに見る。
やっぱりイケメンだな。
渡会雲雀。
ゲーム画面越しに何度も見てきた顔が、今は数十センチ先にある。
しかも、僕のために弁当を食べさせてきた。
(……いや)
(何考えてるんだ、僕)
慌てて視線を弁当へ戻す。
そして、何事もなかったかのように自分のきんぴらごぼうを口へ運ぶ。
……美味しい。
お惣菜の味が、いつもより少しだけ複雑に感じられた。
すると、隣から「んー……」と唸る声が聞こえてくる。
雲雀が何か考え込んでいた。
「……どうしたの?」
僕が何気なく尋ねる。
すると雲雀は、何か思いついたように顔を上げた。
太陽さえも霞むんじゃないかと思うくらいの、満面の笑みを向けてきた。
「提案なんやけどさ」
「うん?」
「俺が毎日弁当作ろうか?」
「…………え?」
一瞬、意味が理解できなかった。
毎日。
弁当。
作る。
僕に?
「……なに、その特大サービス」
思わず素直な感想が口から漏れる。
転移前の僕、何かいいことでもした?
いや、待て。
思い当たるのは自営業くらいしかない。
自営業って善行に入るのか?
そもそも転移前の僕、そんな徳を積んだ覚えないんだけど。
「んで、どーなのよ。俺は全然大丈夫やけど」
「…………」
正直に言おう。
めちゃくちゃ頼みたい。
ものすごく頼みたい。
毎日、美味しい手作り弁当が食べられる。
こんな素晴らしい話があるだろうか。
……ただし。
僕は知っている。
『VLT学園』というゲームを。
攻略対象と仲良くなれば、当然その後のイベントも変わってくる。
今だって、明らかにゲーム本編にはなかった流れに突入している。
(これ……頼んで大丈夫なのか?)
(風楽奏斗的には?)
(当て馬としてはどうなんだ?)
この選択によって、今後のストーリーが大きく変わったりしないだろうか。
もし変わるなら。
僕はこの選択を来世まで引きずる自信がある。
それくらい、僕の中で『VLT学園』という作品が占めている割合は大きい。
「はい、あと五秒〜」
「え”……ちょっと待ってよ」
「はい、あと四秒。大丈夫か〜、奏斗〜?」
雲雀がニヤニヤしながら、僕の顔を覗き込んでくる。
無性に腹が立つ。
「さんー」
本当に頼んでいいのか。
理性的な僕も、当て馬としての僕も、必死に答えを探している。
「にー」
断る?
でも、せっかくこうして仲良くなれたんだ。
それにこれは絶世のチャンスでもある。
「いちー」
あぁ、もう時間がない。
こういう時に限って、オタク思考全開になる自分が嫌になってくる。
あぁもう。
どうにでもなれ!
「……そこまで言うなら、お願いしようかな」
雲雀が「ゼロ」と言い切るより先に、僕は答えを絞り出した。
すると。
「ほんま!? よっしゃ!」
再び、満面の笑み。
……だめだ。
今度こそ蒸発する。
僕は熱くなった顔を誤魔化すように、黙々ときんぴらごぼうを口へ運んだ。
(……まあ)
(弁当が美味しくなるだけなら、問題ないよな)
そうして雲雀と昼飯を食べることが当たり前になって、早くも三日が経っていた。
相変わらず、雲雀お手製の弁当は美味しい。
しかも栄養バランスまでしっかり考えられているらしく、僕のお惣菜弁当とは比べ物にならない。
いや比べること自体、失礼か。
一番最初に弁当を作ってもらった時、流石にタダで毎日作ってもらうのは申し訳ないと思い、弁当にかかる代金を雲雀に渡そうとした。
しかし、
「いらんいらん。俺が好きで作ってるだけやし」
と、あっさり断られてしまった。
それでも何かお礼がしたいと食い下がったところ、
「んーー……じゃあ、帰り一緒に帰ろうや」
と言われた。
それくらいなら、と僕は快く承諾した。
お弁当のお礼として一緒に帰る。
なんとも健全な交換条件である。
ただ。
不満があるとすれば。
(渡会雲雀と恋塚の絡みを、一切目にしていない!!)
これだ。
無論、僕と雲雀たちではクラスが違う。
だから、四六時中攻略対象と恋塚の絡みを拝めるなんて、最初から期待してはいない。
だけども。
流石に少なすぎないか?!
だって同じ階だぞ!?
教室から一歩出れば廊下だぞ!?
普通に考えて、すれ違ったり、話してたりするところを一回くらい見てもおかしくないだろ!!
なのに。
ゼロ。
完全なるゼロ。
僕の視界に入ってくるのは、雲雀のみ。他の攻略対象さえも見かけていない。
それだけである。
(……おかしい)
(僕が知ってる『VLT学園』はどこへ行ったんだ)
「はぁ……」
考えれば考えるほど、ため息が出る。
ため息をすると幸せが逃げる、なんていうけれど。
今の僕にはぴったりな言葉だと思う。
そもそも、よくよく考えてほしい。
何の前触れもなく乙女ゲームの世界に飛ばされて。
しかも自分がモブとして転生したならまだ分かる。
なのに、よりによって名前のある主要人物。
それも
攻略対象とヒロインの恋を邪魔する、当て馬ポジション。
人生、何が起こるか分からない。
(……いや。)
分からなくていいことまで起きている。
「奏斗〜」
「ん?」
「さっきからため息ばっかやけど、大丈夫そ?」
「……あっ」
いけない。
考え事に夢中になりすぎていた。
「うん! 全然平気……」
反射的に返事をする。
すると。
「……全然大丈夫そうに見えんけど」
「…………」
図星だった。
「何言ってんの。ほら、お弁当食べ終わったし、教室戻ろ。僕、委員会の仕事あるし」
「おん……」
雲雀はどこか納得していないような返事をした。
そのまま僕たちは歩き始める。
隣を歩く雲雀をちらりと見る。
……うん。
明らかに不貞腐れている。
眉間にしわこそ寄っていないものの、口元が微妙にへの字になっている。
「どしたの雲雀。あたかも不貞腐れてます、みたいな顔しちゃって」
「……なんか俺、奏斗に全然頼ってもらってないなーって思った」
「え?」
思わず足が止まりそうになる。
「……本当どうした? 熱でもあるんじゃね?」
「全然元気だわ!」
雲雀が即座に突っ込む。
「……いやー、なんと言いますか」
少しだけ言葉を探すように、雲雀が頭を掻いた。
「奏斗がなんか悩み事してんなーってのは分かってんの」
「…………」
「でも奏斗、俺が聞いてもはぐらかすやろ?」
「…………」
「俺じゃ頼りない?」
「…………」
困った。
非常に困った。
言えない。
絶対に言えない。
(悩んでるのはお前のことなんだよ!!)
(しかもゲームのシナリオについてなんだよ!!)
そんなことを本人に言えるわけがない。
言った瞬間、僕の人生はゲームオーバーだ。
いや、もうゲームの中にいる時点で人生そのものがゲームオーバーな気もするけど。
僕はどうにかして、この雲雀という名のステージをクリアしなければならない。
攻略対象本人を相手に。
難易度が高すぎる。
「そんなことないよ」
「……ほんま?」
「うん。僕、雲雀に頼ってばっかだよ」
必死に弁明する。
「今だって雲雀が作ったお弁当食べたし」
「……」
「僕じゃ到底できないことだからね。毎日作ってもらってるだけでも、十分頼ってるよ」
自分でも何を言っているんだと思う。
けれど、これ以上雲雀に不安そうな顔をさせるのも嫌だった。
「だから、雲雀が頼りないとか、そういうのじゃないから」
「…………」
雲雀の瞳が、まっすぐ僕を捉える。
その視線に、なんとなく落ち着かなくなる。
いつもの雲雀と少し違う。
「……なら、良かったわ」
ぽつりと呟いた雲雀が、ふっと笑う。
「そう?」
「うん」
「雲雀がいいならいいけど」
僕はそれだけ言って、再び歩き出す。
それにしても。
さっきから妙に静かだな。
ちらりと横を見る。
「…………」
雲雀は僕と同じ方向を向いていた。そのせいで顔は見えない。
「?」
どうしたんだろう。
よく見ると
耳が、ほんのり赤い。赤い気がする。
「……雲雀、暑い?」
「は?」
「なんか耳赤くない?」
「…………いや」
「?」
「なんでもない」
「そう?」
僕は首を傾げる。
まあ、本人が何でもないと言うなら何でもないのだろう。
そうして僕たちはそのまま一組の教室前まで歩き、そこで別れた。
「じゃ、また放課後な」
「うん。またね」
「おう」
雲雀が教室へ戻っていく。
僕も自分の教室へ戻る。
その背中を見送った僕は、ふと考えた。
(……結局、今日も恋塚との絡みどころか、恋塚の姿と他の攻略対象も見れなかったな。)
そんなことを考えながら、僕は自分の教室へ戻っていった。
[おー、奏斗おかえりー]
「ただいまー。……でも今から僕、委員会の仕事で書類運びに行きま〜す……トホホ」
[じゃあ風楽、俺手伝うよ]
「えっ、いいの!?」
[さっき昼飯食い終わったし、このあと特に用事ないから平気]
「神様、仏様、藤田様〜……」
[大袈裟だって]
そんなやり取りをしていると、藤田の背後からひょこっと平林が顔を出した。
[んじゃ、俺も行くわ。別に一人でいても暇だし]
「ありがと〜……二人とも〜」
ありがたい。
本当にありがたい。
…なのだけれど。
ふと、さっきの雲雀との会話が頭をよぎった。
『なんか俺、奏斗に全然頼ってもらってないなーって思った』
『俺じゃ頼りない?』
「…………」
なんとなく。
今になって、二人に頼ることが少しだけ気が引けてきた。
「……んー」
二人の顔を見る。
それから、目を瞑り書類の束を想像する。
そして再び二人を見る。
「……でもやっぱ大丈夫。僕ってすごいし」
[どこからその自信は来るんだよ]
[えー、俺運動部だし。書類くらい平気だって]
「んじゃ、行ってくる〜」
書類を抱えたまま、僕は二人に手を振った。
背後から藤田の声が聞こえる。
[あいつも平林レベルに話聞かないな……]
[なんだと、てめぇ!?]
「ふふっ」
いつも通りのプロレスが始まった。
その声を聞きながら、思わず口角が緩む。
こういうの、好きだ。
いくら僕が大好きな乙女ゲームの世界に転移したからといって、何も感じずに過ごせるわけじゃない。
知らない場所。
知らない人。
知っているはずなのに、微妙に違っている世界。
そんな中で、こういう何気ない日常だけは変わらない。
くだらないことで言い合って。
笑って。
また明日も同じように過ごす。
たぶん、こういう何でもない時間こそが、今の僕にとっての精神安定剤なのだろう。
「……やっぱ、手伝ってもらえば良かった……」
僕は職員室前の廊下で、ぽつりと呟いた。
両手いっぱいに抱えた書類。
これを三階にある一年一組まで運ばなければならない。
しかも困ったことに、現在地である職員室と一年一組のある棟は別。
つまり。
まあまあ遠い。
(……雲雀がどうとか考えるなよ、過去の僕……!!)
脳内で過去の自分を叱咤する。
あの時、なぜ僕は「大丈夫」などと言ったのか。
見栄か。
意地か。
それとも、友人たちに頼らないことで何かを証明したかったのか。
たぶん全部だ。
(……まあ、力はある方だし)
書類を抱え直す。
(これくらいなら、割と耐えられる)
そう。
耐えられる。
耐えられるけど…
辛いものは辛い。
この先の道のりを考えただけで、肩が重くなってくる。
それでも僕は歩く。
目指すは三階、一年一組。
そこにいる友人たちの顔を思い浮かべながら、一歩ずつ進んでいく。
人間、目的があれば頑張れるものだ。
そして。
「……着いたぁ……」
ようやく三階。
僕は疲れ切った腕を休ませるため、一度書類を廊下に置いた。
「ふぅ……」
やってしまった。
どうやら僕は途中で道を間違えて、四組側から来てしまったらしい。
一年一組へ行くには、この廊下を少し進めばいい。
(大丈夫、大丈夫)
(同じ学年なんだから、そう緊張するな)
自分に言い聞かせる。
僕はこの世界に転移してきた人間だ。
しかも当て馬。
だからといって、毎回何か特別なイベントが起きるわけじゃない。
普通に廊下を歩けばいい。
ただ、それだけ。
「よし」
書類を両手に持ち直す。
そして、一歩。
踏み出そうとした。
──その時だった。
僕の視界に、一人の少女が映った。
栗色の髪。
肩のあたりで綺麗に揃えられた髪が、歩くたびにふわりと揺れている。
華奢な体つき。
大きな瞳。
程よく長いまつ毛。
そして、桜色の唇。
何気なく立っているだけなのに、周囲の空気まで少しだけ華やいで見える。
「…………」
思わず、足が止まった。
──恋塚。
『VLT学園』のヒロイン。
ゲーム画面の中で何度も見た姿。
僕が攻略対象たちとの恋愛イベントを見守ってきた、その中心人物。
(……すごい美人)
画面越しに見ていた時とは、まるで違う。
当然だ。
今は二次元のキャラクターではない。
僕と同じ世界で、同じ廊下に立っている。
それなのに。
(これが……、当て馬・風楽奏斗フィルターってやつか……!!)
自分でもよく分からない結論に辿り着いた。
いや、だっておかしい。
僕は恋塚のことを恋愛対象として見ているわけじゃない。
なのに。
(めちゃくちゃ可愛く見える……)
それどころか、目を離すのが惜しくなるくらいだ。
(……やばいな)
僕は慌てて視線を逸らす。
(風楽奏斗フィルター、怖すぎるだろ……)
当て馬という役割が、僕の感覚にまで影響しているのだろうか。
そう思うと、ちょっとした恐怖すら覚える。
そして。
もう一度、恋塚へ視線を戻した。
そこで、ようやく気づいた。
彼女の隣に、もう一人いる。
バイオレットの髪。
すらりとした長身。
見間違えるはずがない。
「…………雲雀?」
その瞬間。
頭の中に、稲妻が走った。
転移する前の記憶が、一気に蘇る。
ゲームの画面。
イベントCG。
攻略対象とヒロイン。
そして
渡会雲雀×恋塚。
「…………」
僕の脳内に、かつて何度も見た二人の光景が鮮明に浮かび上がる。
(…………)
(…………)
(……いい)
口元が、勝手に緩みそうになる。
(いい!!)
(これだよ!!)
僕がずっと待っていたもの。
僕がこの世界に来てから、一度も見ることのできなかったもの。
「……っ」
危うく声が出そうになるのを、慌てて飲み込む。
(僕はこれを望んでた!!)
今まで四組側から来たことを、ほんの少しだけ後悔していた。
でも。
今は違う。
むしろ逆だ。
四組側から来てよかった。
遠回りした自分を、今だけは褒めてやりたい。
だって、
目の前にいるのは。
僕がゲームをしていた頃、何度も見ていた組み合わせなのだから。
(……もう少し)
二人の会話が聞こえる距離まで。
(もっと近くで見たい)
そんな欲が、胸の奥からむくむくと湧き上がってくる。
本来なら、ここで立ち去るべきだった。
僕は当て馬なのだから。
余計なことをせず、二人の恋路を邪魔しない。
それが一番正しい。
なのに。
「…………」
僕の足は、一歩。
二人のいる方向へ向かってしまった。
この時の僕はまだ知らなかった。
「ちょっとだけ」という好奇心が。
この後、自分自身を盛大に後悔させることになるなんて。
続きます。
多分そろそろng編入るかも…?
コメント
3件
またまたコメント失礼します🙇🏻♀️癖に刺さる物語をありがとうございますᴗ ̫ ᴗ♪2人の距離感が大好き過ぎます️🤦🏻♀️💓更新楽しみにお待ちしております☝🏻💖
初コメ失礼しますm(_ _)m ストーリーが最高すぎて何回も読み直してます! 続き楽しみにしてますね!
みぅです🤍🥀 第4話読んだよ〜! 雲雀くん、めっちゃ積極的じゃん…!「あーん」からの「毎日弁当作る」って、もうこれは完全に距離ゼロじゃない?笑 奏斗くんの「全部お惣菜」って開き直りと、雲雀くんの「がちか」の流れ、ツボった😂 最後にやっと恋塚ちゃん登場して「これだよこれ!」ってなる奏斗くんのオタク心、すごくわかる〜。でもその直後の「知らなかった」が気になる…続きが楽しみすぎる!