テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#溺愛
桜咲かな
974
桜咲かな
645
#百合
第十五話 秘密のままで
会う日が近づいてきた。
それでも、二人の夜は変わらなかった。
『今日何してた?』
『課題』
『えらい』
『そっちは?』
『寝てた』
『それはえらくない(笑)』
くだらない話をして、笑う。
会う約束をしたからといって、
急に特別なことを話すようになったわけじゃない。
むしろ、いつも通りでいられることが心地よかった。
その夜も、しばらくそんな話をしていた。
すると、ふいに相手から、
『ひとつ聞いていい?』
と届いた。
『いいよ』
『なんでこのサイト始めたの?』
彼女は画面を見つめた。
指が止まる。
すぐには答えられなかった。
理由がないわけじゃない。
むしろ、ちゃんとある。
けれど、それを文字にするのは少し怖かった。
『なんとなく』
結局、それだけ送った。
相手からすぐに返事は来なかった。
やっぱり、誤魔化したのが分かったのかもしれない。
『そっか』
返ってきたのは、それだけだった。
『そっちは?』
聞き返す。
少し間が空いて、
『俺も、なんとなく』
と返ってきた。
彼女は少し笑った。
『絶対嘘(笑)』
『そっちもじゃん』
『まあね』
それ以上は聞かなかった。
お互いに、言えないことがある。
それは、もうなんとなく分かっていた。
けれど、無理に聞こうとは思わなかった。
その日の会話は、いつもより少し静かだった。
それでも、気まずくはない。
『ねえ』
『ん?』
『会う日、楽しみ?』
彼女は少し考えた。
『楽しみ』
すぐに送る。
『俺も』
『でもちょっと緊張する』
『私も』
『会った瞬間、何も話せなかったらどうしよう』
『そのときは笑えばいいよ』
『なんで(笑)』
『分かんないけど』
『適当すぎ』
また笑った。
少しして、相手が言った。
『でも、今まで話してきたことは本当だから』
彼女は、その言葉を見つめた。
何気ない一言だった。
けれど、なぜか心に残った。
ネットで出会った。
名前も知らなかった。
顔も声も知らない。
それでも、毎晩話した。
笑った。
悩みも少しだけ聞いた。
くだらない話もたくさんした。
それだけは、全部本当だった。
『うん』
彼女は短く返した。
『分かってる』
その夜、二人はいつもより少し早くサイトを閉じた。
スマートフォンを置いてからも、
彼女はしばらく眠れなかった。
「なんとなく」
自分がそう答えた理由。
いつか話せる日が来るのだろうか。
そのとき、相手は何を思うのだろう。
そんなことを考えているうちに、眠りについた。
まだ、二人は知らない。
お互いが隠しているものが、
いつか二人の距離を大きく変えることを。
コメント
1件
第15話、読み終えました。お互いに「なんとなく」でごまかしたあのやり取り、すごくリアルでした。言えないことがあるのが分かっていても、無理に詮索しない距離感――それでいて「今まで話してきたことは本当」と伝える優しさ。短いメッセージのやり取りだけで、ふたりの関係性の繊細さがじわじわ染みてきます。ラストの一文で「この先、何かが変わる」と予感させる構成、巧いですね。次が気になります。