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50 ◇とんでもないっ
「絹さんっ、とんでもない。
そっ、そんなこと滅相もない。一度結婚に失敗した私のような人間が
涼さんと結婚だなんて考えるだけでも罪です。
私は彼にふさわしくないです」
「涼さんにも昔、結婚を決めていた女性がいたらしいんだけど……。
でも、両家の格差っていうの?
そういうのでご両親から反対されて涼さんは泣く泣く諦めたという話。
これだけの大きな会社の跡取りだったから重責も大きくて、涼さんは駆け落
ちみたいなこともできなかったんだろうね」
「そうだったんですか。あんなに素敵な方がずっと独り身だなんて……
腑に落ちなかったのですけど、やはりそんなふうな事情があってのこと
だったのですね。それでお相手の女性はその後どうされたのでしょう?」
「志乃ちゃんっていうんだけれど、立派な方のところへ輿入れしてそこそこ
幸せに暮らしていたみたい」
『いたみたい』
温子の耳にはそれが過去形のように聞こえ違和感を覚えたのだが……。
「今も涼さんがその女性のことを好いていたら、どうなのでしょう。
忘れられない人を心に住まわせている方との結婚は難しいと思うのですが」
「それが……先の水害で志乃ちゃんも亡くなってしまったの。
ご両親と志乃ちゃんを亡くして涼さんも珠代ちゃんもどんなに悲しかった
ことか。でもね、どんなに想っていても死んだ人は帰っちゃあこないから……。
いっちゃあなんだけど、その点は心配ないと思うのよ。
私、涼さんに猛プッシュするつもりよ。
だから温子さんも涼さんとのこと、胸に留め置いておいてくれるとうれしいわ。
涼さんとうちの息子とは同級生でね、子供の頃から知っているけど本当に
驕り高ぶることがなくてとても良い人よ」
「私には勿体無いお話、ありがとうございます。胸に留め置きますわ」
「ふふっ。じゃあお疲れさまでした。温子さんありがとうございました。
またお手伝い宜しくお願いしますね」
「はいっ。かしこまりました」
このような微妙な話を他の者から聞けば、お節介と思うだろう話だったが、
不思議とこの時、温子はお節介とはほど遠い気持ち……それは期待する
気持ち……が芽吹いていたのだった。
――――― シナリオ風 ―――――
〇畑/絹と温子 / 涼が一足先に帰った後・ある日の夕方――その2
沈黙の中の戸惑い。
温子、ハッと息を呑む。
温子(動揺)
「……と、とんでもない。そんな……!
一度、結婚に失敗した私が、涼さんとだなんて……」
絹
「涼さんにもね、昔、結婚を決めてた女性がいたのよ。
でも……両家の“格”の違いで、両親に反対されて……」
温子(驚いて)「そうだったんですか……」
絹(頷きながら)
「彼女――“志乃ちゃん”は立派なお家に嫁いだんだけど……
先の水害で、亡くなってしまってね。志乃ちゃんも、母親も」
温子、しばし言葉を失う。
温子(ぽつり)
「……今も、彼がその方を想っていらっしゃるのなら……
私は、とても入り込める余地など……」
絹(しっかりと)
「涼さん、それはそれは悲しかったと思うわ。
それでも、死んだ人は戻らない……戻って来ないのよ。
現実に涼さんを支えられるのは紛れもなく生きてる人間だわ。
温子さんなら、涼さんの悲しみや痛みを和らげられるんじゃないかって
思えるのよ。
痛みを知っている者同士、幸せになってほしいと思ってるの。
私、涼さんにも猛プッシュするつもりよ。
だから温子さんも涼さんとのこと、胸に留め置いておいてくれると
うれしいわ」
温子、そっと胸に手を当てて。
温子「私には勿体無いお話、ありがとうございます。
胸に留め置きますわ」
温子(N)
「絹が涼との縁を繋ごうとしてくれていること―――――。
お節介とは思わなかった。
もう異性との縁などないものと思っていた自分にはとても
有難い応援の言葉だった」