鳴海が青筋たてながら指示を出す一方で、一ノ瀬はゾンビ化した仲間を次々に倒していた。
自分が今銃弾を撃ち込んでいる人にも大事な人がいて、誰かにとっての大事な人だったはずなのに…
一度死んだ人をもう一度死に追いやる行為は、一ノ瀬の感情をぐちゃぐちゃにしていた。
そんな中で浮かんでくるのは、自分にとって絶対的な存在である彼だった。
「(俺らの敵は桃太郎だろ…そうだよな、鳴海…)」
その頃京都市内では、無陀野が京都の桃太郎・桃宮唾切と相対していた。
自身の細菌を入れた鬼の死体を使って、無陀野の攻撃を防ぐ唾切。そのやり方に、無陀野は表情を曇らせる。
「悲しそうな顔してどうしたんだい?蛆が減って喜ばしいだろ?」
「外の道にも限度があるだろう。」
「それを外道以下が言うなんて、面白過ぎてつまらないね。」
「無陀野さん!自分らも加勢します!」
「いや、お前らは至急アジトに戻れ。向こうが気になる。着いたらまず鳴海に接触しろ。あいつならきっと現状を正確に把握してる。」
「(鳴海…?それってもしかして…)そーはさせないよー。蓬くーん。」
「うっす。」
唾切に名前を呼ばれた副隊長の桃草蓬は、自分の能力で無陀野たちを囲むように大きな部屋を造り出した。
閉じ込められた無陀野が”何のつもりだ?”と問いかければ、唾切はさも当然というように答える。
“閉じ込めている間に鬼のアジトへ向かう”と…
「どーゆうことだ?」
「場所なんか知らないくせにって思ったでしょ?くっくっく…放置した死体に発信機をつけておいたんだよ。」
「!?」
「そしたら面白い所にバンバン発信機の信号が集まったんだよ……清水寺の下にね。」
「何…?」
「ふふふ。じゃあゆっくり行かせてもらうよ。…あ、そうだ。1つ聞きたいことがあったんだ。」
「?」
「無陀野君さー…可愛い奥さんがいるよね?」
「!…そんなのはいない。」
「とぼけてもダメだよ。蛆のくせに桃の能力を持ってるって噂も入って来てるんだから。でもガードが固くてさ、顔も名前も能力も…詳しいことは何一つ分かってないんだ。せめてどれか1つだけでも分かればなーって思ってたら、さっき名前出たよね?…鳴海、だっけ。」
「その汚い口であいつの名を呼ぶな。」
「ふふっ。大事にしてるよねー。すごく守られてる。だからその子も探してこようと思って。てことで、今度こそ行くよ。」
「待て!」
「君も生きてたら見においでよ。」
「アグリ、入室を許可する。」
蓬の指示で、猿・雉・犬が合体したアグリと呼ばれる気持ち悪い生物が部屋の中へと入って来る。
そうかと思えば、その生物はビリビリと嫌な音を立てて膨れ始めた。
いち早く異変に気づいた無陀野が注意を促すも、次の瞬間…!
「爆発に美しさが足りなかったかな。要改良。」
「鳴海…逃げろ…」
爆発に巻き込まれ、薄れてゆく意識の中で、無陀野は大切にしている妻の名を呼ぶのだった。
「ん?」
「どうした?なるちゃん」
「なんか呼ばれたよーな…」
「疲れてんだよ。ゾンビを全員相手にするなんて無茶するから」
「まともに動ける子が少ないんだから無茶しないと無理」
「だからってゾンビ相手に三角絞めは…」
鳴海は一ノ瀬達を率いてゾンビ集団を相手にしていた。
ひと段落着いたところでのこの会話。
まさか無陀野が爆発に巻き込まれ気を失っているとは夢にも思わず、ただただ目の前の2度目の死を迎えた同胞たちの死体を眺めていた
部屋の隣では、一ノ瀬たちがようやくゾンビ化した仲間の対処を終えたところだった。
鳴海は一ノ瀬たちがいる部屋へ入ると、辺りに広がる惨状に沈痛な面持ちを見せながら次なる仕事に取り掛かった。
死んだ隊員たちの名前を確認・記録し、顔や服装を少しでもキレイな状態にして火葬場へ送る。それが彼に託された大切なミッションだった。
鳴海が動き出した一方で、一ノ瀬たちの方にも動きが…惨劇が繰り広げられた広間へ、幼き少女・芽衣が入って来たのだ。
彼女の前には、再び死を迎えた両親の姿があった。
「芽衣ちゃん、まだ入っちゃ…」
「…」
「芽衣…ごめん。俺がお前の…」
「いいよ…ずっと学校も行かないで…隠れて生きてきたんだもん。隠れて逃げて、転々としながら生きてきたから…なんとなく思ってた…いつかこーゆう日が来ると思ってた。だから…気にしなくていいよ。」
「(それが…子供の口から出る言葉かよ…!これが…童話で英雄とされる奴のやり方かよ…だったら俺は悪でいい!)大丈夫だ…!俺が!この先笑って暮らせる世界にしてやる!(悪として英雄をぶっ潰してやる。)だから大丈夫だ…!」
とても子供とは思えないような、悟りの境地に立つ芽衣を、一ノ瀬は力強く抱きしめた。
それから彼女の体の向きをクルッと変えると、少し離れたところにいる鳴海の方へ目を向けさせる。
「…芽衣。ツラい時はさ、鳴海のこと見てな。」
「なるみ…?」
「ほら、あそこで死体の顔キレイにしてる、優しい顔したおっきいにーちゃん。」
「あのお兄ちゃんなら知ってる。」
「なんだ、知ってたのか。…鳴海は俺にとって天使なんだ。」
「?」
「鳴海ってめちゃくちゃ優しいんだよ。傍にいるとすげー落ち着くの。だから芽衣も、何かあったらあの人に甘えていいんだからな?」
一ノ瀬にそう言われた芽衣は、鳴海の方を見つめながら静かに頷いた。
時を同じくして、食事処”水元”には2人の桃太郎の姿があった。
鳴海達が出会ったあの老婆は無惨にも殺され、地下への入口はいとも容易く彼らを迎え入れる。
「さぁさぁ童話のラストを華やかに飾ろうじゃないか。」
意気揚々と階段を降りる唾切と、それに従う副隊長の蓬。
2人と鳴海の接触までに残された時間は、あと僅かしかなかった…
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