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教室の窓から差し込む午後の光が、机の上に淡く広がっていた。 チャイムが鳴って、生徒たちのざわめきが一斉に立ち上がる。 りいなは、教科書を鞄に詰めながら、ちらりと海の方を見た。
海は、いつものように机に突っ伏している。 腕の隙間からスマホを覗いて、何か動画を見ているらしい。 その姿が、りいなには妙に安心感を与えた。
「ねえ、海」
「ん?」
「明日、空いてる?」
「空いてるけど……また寄り道?」
「寄り道っていうか、遠出。ちょっと本気のやつ」
「本気の寄り道って何」
「遊園地。あと屋内アスレチックもあるとこ見つけた」
海は顔を上げて、目を丸くした。
「え、体力使うやつ?」
「うん。でも海となら、たぶん笑いすぎて疲れるだけ」
「それ、俺がボケ担当ってこと?」
「いや、天然担当」
「それ、りいなだろ」
ふたりは、笑いながら予定を立てる。 その空気は、あまりに自然で、あまりに心地よかった。
すずは、少し離れた席でその会話を聞いていた。 声をかけようか迷ったけど、ふたりのテンポに入り込む隙が見つからなかった。
「すず、部活?」
「うん。ちょっと遅くなるかも」
「がんばれー!」
りいなの声は明るくて、すずの胸に少しだけ刺さった。 “ふつう”に見えるその関係が、自分にはちょっとだけ“特別”に見えてしまう。
放課後の廊下は、まだ夏の匂いが残っていた。 窓から差し込む光が、床に長く伸びている。 りいなは、海と並んで歩きながら、スマホを見せた。
「ここ。電車で1時間くらい。遊園地とアスレチックがセットになってる施設」
「え、そんなのあるんだ。てか、よく見つけたな」
「昨日の夜、眠れなくて検索しまくった」
「眠れなかったの?」
「うん。ちょっと考え事してて」
「珍しいな。りいなって、枕に触れた瞬間寝るタイプじゃん」
「それ、海が言う?」
「俺は布団に入った瞬間、スマホ見て寝落ちするタイプ」
「それ、目に悪い」
「心には優しい」
ふたりは、くだらない会話を続けながら、昇降口へ向かう。 靴を履き替えながら、りいなはふと立ち止まった。
「ねえ、海」
「ん?」
「明日、ふたりだけで行こう」
海は、靴のかかとをトントンと鳴らしながら、りいなを見た。
「すずは?」
「……部活あるって言ってたし」
「そっか」
その返事は、短くて、でも優しかった。 りいなは、少しだけ目を伏せた。
「ごめんね。なんか、勝手に決めちゃって」
「いいよ。俺、りいなに誘われたら断れないし」
「それ、ちょっと重い」
「軽く言ってるからセーフ」
ふたりは、笑いながら昇降口を出た。 夕焼けが、校舎の壁をオレンジに染めていた。
帰り道、りいなはスマホを見ながら、すずにメッセージを送ろうか迷っていた。 でも、指は動かなかった。
「明日、海と遊園地行くんだ」 その一言が、すずを傷つける気がして。
でも、言わなきゃいけない気もして。
でも、言えなかった。
りいなは、スマホをポケットにしまって、空を見上げた。 雲が、ゆっくりと流れていた。
“ふつう”が、少しずつ終わっていく。 でも、それを誰も知らない。
りいなだけが、知っていた。
昇降口を出たあと、ふたりは自然に手をつないだ。誰に見られても気にしない。それが“付き合ってる”ってことなんだと、りいなは思う。
「ねえ、海。明日、楽しみだね」
「うん。りいなと一緒なら、どこでも最高」
「それ、言いすぎ」
「でも本音」
りいなは、海の手をぎゅっと握る。海はその手を、指先で優しく撫でた。
「りいなの手、ちっちゃいな」
「海がでかいだけ」
「じゃあ、俺の手で包み込む」
「……それ、ちょっとキュンとした」
ふたりの歩幅はぴったりで、まるで長年連れ添った夫婦みたいだと、通りすがりの女子がひそひそ言っていた。でも、ふたりは気づかない。気づいても、気にしない。
信号待ちのとき、りいながふと海の肩にもたれた。
「ねえ、海ってさ」
「ん?」
「私が東京行っても、ちゃんと好きでいてくれる?」
海は、少しだけ真顔になって、りいなの髪を撫でた。
「当たり前。好きになったの、りいなだよ?」
「……うん」
「距離があっても、気持ちは変わらない。むしろ、もっと好きになるかも」
「それ、ずるい。私も言いたかったのに」
「じゃあ言って」
「……海が好き。ずっと好き」
信号が青に変わっても、ふたりは少しだけ立ち止まっていた。その瞬間だけ、世界がふたりのために止まっていた。
家の近くまで来たとき、りいなが立ち止まった。
「じゃあ、明日。駅に10時集合ね」
「了解。遅刻したら罰ゲーム?」
「罰キス」
「それ、罰じゃない。ご褒美」
「じゃあ罰は、“りいなに一日中好きって言い続ける”」
「それ、もっとご褒美」
「じゃあ罰は、“りいなの変顔を10枚撮られる”」
「それは本気でやだ!」
ふたりは、笑いながら別れた。その笑い声が、夕暮れの街に溶けていった。
りいなは、家のドアを開ける前に、もう一度空を見上げた。“ふつう”が、明日、少しだけ変わる。でも、それはきっと、悪いことじゃない。
だって、海と一緒にいる限り、どんな日も特別になるから。
家の前まで来ても、りいなはなかなか玄関に入ろうとしなかった。海も、門の前で立ち止まったまま、りいなの顔を見ている。
「……ねえ、もうちょっとだけ一緒にいていい?」
「もちろん。てか、俺も帰る気ゼロだった」
「ふふ、同じだね」
りいなは、門の前の低い石段にちょこんと座った。海も隣に腰を下ろす。夕焼けが、ふたりの影を長く伸ばしていた。
「明日、どんな服着ようかな」
「なんでも似合うけど、俺的には白のワンピース希望」
「それ、去年の夏に着たやつ?」
「そう。あれ、めっちゃ可愛かった」
「……覚えてるんだ」
「りいなのことは、全部覚えてるよ」
りいなは、ちょっとだけ照れて、海の肩にもたれた。海は、りいなの髪にそっと顔を寄せる。
「いい匂い。今日もりいなだ」
「それ、どういう意味?」
「“今日も好き”って意味」
「……ずるい。そういうの、反則」
「じゃあ、りいなも言って」
「……今日も海が好き」
ふたりは、並んで座ったまま、しばらく黙っていた。言葉がなくても、気持ちは伝わる。それが“恋人”ってことなんだと思う。
風が少し冷たくなってきて、りいなが小さくくしゃみをした。
「寒くなってきたね」
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「うん……でも、帰りたくない」
「俺も。ずっとこうしてたい」
「じゃあ、あと3分だけ」
「3分って、短すぎ」
「じゃあ5分」
「それでも短い」
「じゃあ……“好き”って、あと10回言って」
「え、今ここで?」
「うん。そしたら満足して帰れるかも」
海は、少しだけ笑って、りいなの目を見た。
「好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き」
「……ほんとに言った」
「りいなも言って」
「好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き」
ふたりは、顔を見合わせて笑った。その笑いは、どこまでも優しくて、どこまでも甘かった。
「じゃあ、明日。10時に駅で」
「うん。遅刻したら罰ゲームね」
「罰キス?」
「それはご褒美」
「じゃあ罰は、“りいなに好きって100回言う”」
「それ、ちょっと聞きたいかも」
「じゃあ、遅刻しようかな」
「だめ!」
ふたりは、笑いながら手を振った。りいなが玄関のドアを開ける直前、海がもう一度声をかけた。
「りいな!」
「ん?」
「明日、世界で一番可愛い彼女になってきて」
「……もうなってるけど?」
海は、満足そうに笑って、背を向けた。りいなは、ドアの向こうで、そっと頬を押さえた。
“好き”が、胸いっぱいに広がっていた。
こうして、ふたりの“ふつう”な一日が終わった。でも、明日は“特別”が始まる。静岡旅行――ふたりの関係が、少しだけ変わる予感がしていた。
りいなは、ベッドに入ってもなかなか眠れなかった。スマホを開いて、海とのトークを見返す。「おやすみ」のスタンプのあとに、海が送ってきたひと言。
「明日、もっと好きになる予感」
りいなは、スマホを胸に抱いて、そっと目を閉じた。
“好き”が、明日も続いていく。それだけで、世界はちょっとだけ輝いて見えた。
電車が静かに走り出す。 窓の外には、まだ見慣れた街並み。 でも、りいなにとっては、すでに“旅”が始まっていた。
座席に並んで座るふたり。 りいなは、リュックをごそごそと探って、小さな袋を取り出す。
「じゃーん!お菓子セット!」
「え、遠足かよ」
「遠足だよ。心の遠足」
「じゃあ俺、心のジャージ着てくる」
「それ、見えないじゃん」
「心の中では見えてる」
ふたりは、笑いながら袋を開ける。 中には、グミ、チョコ、ラムネ、そして謎の駄菓子。
「これ、海の好きなやつでしょ?」
「うわ、懐かしい。小学生のとき、りいながくれたやつじゃん」
「覚えてるの?」
「りいなのくれたものは、全部覚えてる」
「それ、ちょっとキュンとした」
「ちょっとじゃなくて、もっとして」
りいなは、海の肩にもたれて、ラムネを口に放り込む。 海は、りいなの髪に顔を寄せて、そっと囁く。
「今日の髪、いい匂い」
「それ、さっきも言ってた」
「何回でも言う。好きだから」
「……ずるい」
「ずるいのは、りいなだよ。こんなに可愛いのに、無自覚」
「自覚あるもん」
「じゃあ、俺のこと好きって自覚もある?」
「ある。めっちゃある」
ふたりは、笑いながらグミを分け合う。 りいなが海の口元にそっと差し出すと、海はそのまま食べる。
「……間接キスだ」
「今さらでしょ」
「でも、なんか嬉しい」
「じゃあ、もう一個あげる」
「それ、キスの代わり?」
「うん。お菓子キス」
「じゃあ俺は、グミで“好き”って伝える」
「それ、甘すぎ」
「りいなも甘いから、ちょうどいい」
車内は静かだった。 他の乗客は、スマホを見たり、眠ったり。 でも、ふたりの世界だけは、ずっとにぎやかだった。
「ねえ、海ってさ」
「ん?」
「私が東京行っても、こうやってお菓子分け合えるかな」
「もちろん。宅配便で送る」
「送料かかるよ?」
「愛で払う」
「それ、通貨じゃない」
「でも、りいなには通じるでしょ?」
「……うん。通じる」
りいなは、海の手をそっと握る。 指先が、少しだけ震えていた。
「ねえ、海」
「ん?」
「今日、いっぱい好きって言って」
「言うよ。何回でも。 でも、りいなも言って。俺、りいなの“好き”がないと生きていけない」
「それ、ちょっと重い」
「軽く言ってるからセーフ」
ふたりは、手をつないだまま、窓の外を見た。 景色が少しずつ変わっていく。 でも、隣にいる人が変わらないなら、それでいい。
「ねえ、海。もしさ、私が転校しないって言ったら、どうする?」
「え?」
「……しないって言ったら、嬉しい?」
海は、少しだけ黙って、それから答えた。
「嬉しい。でも、りいなが決めたことなら、応援する」
「……ずるい。そういうとこ、好き」
「じゃあ、ずるいままでいる」
「ずっと?」
「ずっと。りいなの彼氏でいる限り」
りいなは、海の肩に頭を乗せて、目を閉じた。 電車の揺れが、心地よくて、安心できて。 でも、それ以上に安心なのは、海の隣だった。
「ねえ、海」
「ん?」
「好き」
「……俺も。好き」
ふたりは、何度も“好き”を言い合って、 お菓子を分け合って、くだらない話をして、 電車の中で、世界一幸せな恋人になっていた。
「ねえ、海。もし私が、すごい変な夢見たって言ったら、聞いてくれる?」
「もちろん。変な夢ほど面白い」
「じゃあ言うね。昨日の夢、海がグミになってた」
「え、俺グミ?」
「うん。しかも、ぶどう味」
「それ、ちょっと嬉しい」
「で、私が食べようとしたら、“俺はりいなの彼氏だから食べちゃダメ”って言ってきた」
「グミなのにしゃべるの?」
「うん。しかも、めっちゃイケボだった」
「それ、夢でも俺イケメンじゃん」
「うん。夢でも好きだった」
「……りいな、ずるい。そんな夢、俺も見たい」
「じゃあ、今夜見て」
「見れるように、今からぶどうグミ食べる」
「それ、意味ある?」
「気持ちの問題」
ふたりは、くだらない話を延々と続ける。 でも、その“くだらなさ”が、ふたりの距離を縮めていく。
「ねえ、海。私、たぶん一生こういう時間が好き」
「俺も。りいなといる時間が、全部好き」
「じゃあ、ずっと一緒にいて」
「ずっと。約束する」
りいなは、海の肩に頭を乗せて、目を閉じた。 電車の揺れが、心地よくて、安心できて。 でも、それ以上に安心なのは、海の隣だった。
そして、静岡の駅が近づいてくる。 ふたりの“ふつう”が、少しずつ“特別”に変わっていく。
でも、りいなは思った。 “特別”って、きっと“ふつう”の積み重ねなんだ。
静岡駅からバスに揺られて約30分。 窓の外に見えてきたのは、少しレトロで広々とした遊園地。 観覧車が空に向かってゆっくり回っていて、ジェットコースターのレールが空を切っていた。
「ねえ、あれ乗る? 絶対乗るよね? 最後にしよ、最後に乗るやつって決めてるから」 りいなが指差す観覧車は、夕方の光を受けてキラキラしていた。 海は笑って「はいはい、最後ね」と答える。 ふたりの一日は、まだ始まったばかりだった。
入場ゲートをくぐった瞬間、りいなが海の腕に絡む。
「ねえ、今日ってさ、デートって感じする?」
「うん。りいなといるだけで、どこでもデートになる」
「それ、ちょっとキュンとした」
「ちょっとじゃなくて、もっとして」
「……してる」
ふたりは、手をつないで園内を歩き出す。 ポップコーンの匂い、子どもたちの笑い声、遠くで鳴るアトラクションの音。 全部が、ふたりの“好き”を加速させていく。
「うわ、これヤバいやつじゃん! え、ほんとに乗るの? 海、死ぬかも」 「大丈夫。りいなが隣なら、死んでもいい」 「それはダメ! 死なないで! 好きって言ってから死んで!」 「じゃあ、乗りながら叫ぶわ、“好きだー!”って」 「それ私もやる! 叫ぶ! 絶対叫ぶ!」
並んで乗ったジェットコースター。 発車直前、りいなが海の手をぎゅっと握る。
「怖いけど、海となら平気かも」 「俺も。りいなが隣なら、怖いのも楽しい」 「じゃあ、叫ぶよ? 好きって叫ぶからね?」
コースターが急降下する瞬間、ふたりの声が空に響いた。
「すきーーーーー!!!!!」 「りいながすきーーーーー!!!!!」
風にちぎれそうな声。でも、隣にいる安心感がすべてを包んでいた。 降りたあと、ふたりは笑い転げて、ベンチに座り込む。
「ねえ、聞こえた? 私の“好き”」 「聞こえた。世界一かわいい“好き”だった」 「うわ、なにそれ。ずるい。好きが更新された」 「俺も。りいなの“好き”で、心臓がジェットコースター乗ったみたい」
りいなは、海の肩にもたれて、目を閉じる。 「ねえ、海。今日、ずっと隣にいてね」 「もちろん。りいなの隣が、俺の指定席」
夕方になって、観覧車に乗る時間が来た。 「ねえ、これってさ、カップルが乗るやつだよね」 「俺たち、カップルじゃん」 「……そだね。カップルだね。ちゃんと、言ってくれて嬉しい」
ゴンドラの中、ふたりきり。 静かに上がっていく空間で、りいなが窓の外を見ながらぽつりと言う。
「転校、ほんとにするかも。まだ決まってないけど」 海は少し黙ってから、りいなの手を握る。
「どこに行っても、俺はりいなが好きだよ」 「……ずるい。そんなこと言われたら、行けなくなるじゃん」 「行ってもいいよ。俺が会いに行くから」 「ほんとに? ほんとに来てくれる?」 「うん。観覧車より高い気持ちで、りいなに会いに行く」
ふたりは、沈む夕陽を見ながら、未来の話をした。 不安も、期待も、全部混ざった“好き”が、ゴンドラの中に満ちていた。
「ねえ、海。もしさ、遠距離になっても、好きって言い続けてくれる?」
「言うよ。毎日。朝も夜も、寝る前も、夢の中でも」
「じゃあ、私も。好きって言い続ける。海が隣にいなくても、心の中にいるから」
ゴンドラが頂点に達した瞬間、ふたりはキスをした。 静かで、でも確かにそこにあるキス。 空に一番近い場所で、ふたりの“好き”が重なった。
「やばい、無理かも。ほんとに怖いやつじゃん」 「大丈夫。俺が守る」 「ほんとに? 絶対離れないでよ? 離れたら泣くからね?」
お化け屋敷の中、りいなは海の腕にしがみついていた。 「うわあああああああああああ!!!!」 「大丈夫、俺がいる。りいな、目つぶってていいよ」 「でも、見たい……でも怖い……でも海の顔見てたら平気かも」 「じゃあ、俺の顔だけ見てて」
暗闇の中、ふたりの距離はゼロになった。 りいなの手は海のシャツをぎゅっと掴み、海はその手を包み込む。
「怖いけど、海がいるから、ちょっとだけ楽しい」 「俺も。りいなが怖がってるの、かわいすぎて困る」 「え、なにそれ。怖いのに照れるじゃん」 「じゃあ、怖さと照れ、半分こしよう」
出口を出た瞬間、ふたりは顔を見合わせて笑った。
「ねえ、私、海のこともっと好きになったかも」 「俺も。お化けより、りいなの方が怖くてかわいい」
メリーゴーランドでは、りいなが馬に乗って「王子様~!」と叫び、海が「姫~!」と返す。 射的では、りいなが「このクマ取ったら、海にあげる!」と宣言し、見事に命中。 ポップコーンをふたりで食べながら、「キャラメル派? 塩派?」とくだらない論争。
「キャラメルでしょ! 甘い方が恋っぽい!」 「塩だよ。しょっぱい方が青春っぽい!」 「じゃあ、甘しょっぱいで両方食べよ」 「それ、俺たちみたいじゃん。甘くて、ちょっと切なくて、でも一緒にいるとちょうどいい」
ふたりは、笑いながら歩き続ける。 遊園地のすべてが、ふたりの“好き”を祝福しているようだった。
遊園地の出口近く、ベンチに座るふたり。 「ねえ、今日さ、全部楽しかった」 「俺も。りいなと一緒だったから、全部が特別だった」 「絶叫も、観覧車も、お化け屋敷も、全部“好き”が詰まってた」 「うん。俺、今日で“好き”がもっと深くなった気がする。りいなと過ごす時間って、全部が宝物になるんだ」
りいなは、少し照れながら笑う。
「ねえ、海。今日のこと、ずっと覚えててね」
「もちろん。忘れるわけない。俺の心のアルバムに、今日のページは金色で保存されてる」
「それ、ちょっとキザすぎ。でも……嬉しい」
ふたりは、沈みゆく夕陽を見ながら、静かに手をつないだ。言葉がなくても、伝わるものがあった。遊園地の喧騒が少しずつ遠ざかっていく中で、ふたりの“好き”だけが、ずっと響いていた。
朝8時。静岡駅の改札前。 俺は少し早く着いて、りいなを待っていた。 人混みの中、制服姿のりいなが見えた瞬間、心臓が跳ねた。
「おはよ、海。待った?」
「ううん。りいなの顔見たら、待った時間が報われた」
「なにそれ。朝から甘すぎ。ポップコーンより甘い」
「じゃあ、今日一日、甘しょっぱいでいこう」
ふたりで笑い合って、バス乗り場へ向かう。 この瞬間から、俺の“好き”は、今日という一日に染まり始めた。
バスの座席に並んで座る。 りいなが窓の外を見ながら、ぽつりと呟く。
「小学生のとき、家族で来たことあるんだ。あの観覧車、乗ったなあ」
「その頃のりいな、どんな子だった?」
「うーん……今よりもっとバカだったかも。走って転んで、ポップコーンぶちまけて泣いた」
「かわいすぎる。今も変わってないじゃん」
「ひどっ! でも、海に言われると、ちょっと嬉しいかも」
過去の記憶が、今のふたりを優しく包む。 俺は、りいなの“今”だけじゃなく、“昔”も“未来”も、全部好きになりそうだった。
ゲートをくぐる瞬間、りいなが俺の腕に絡んでくる。
「ねえ、今日ってさ、ふたりだけの世界って感じしない?」
「する。りいなといると、周りが全部背景になる」
「じゃあ、私が主役?」
「うん。俺はカメラマン。ずっとりいなを撮ってる」
「それ、ちょっとキュンとした。じゃあ、今日のテーマは“青春映画”ね」
「主演・りいな。ヒロインであり、ヒーローでもある」
「じゃあ、海は?」
「俺は……りいなの“好き”を集める係」
「それ、いちばん大事な役じゃん」
「姫~! 乗馬の時間ですぞ~!」
「王子~! 迎えに来てくれてありがとう~!」
ふたりでふざけながら、メリーゴーランドに乗る。 周りの子どもたちに混じって、制服姿のふたりはちょっと浮いてる。 でも、それが心地いい。
「ねえ、海。こういうくだらない時間、好き」
「俺も。りいなといると、くだらないが宝物になる」
「じゃあ、今日の宝物、いっぱい集めようね」
「よし、クマ狙う。あれ取れたら、海にあげる」
「え、俺に? なんで?」
「だって、今日の思い出を形にしたいから」
りいなが真剣な顔で狙いを定める。 その横顔が、いつもより少し大人びて見えた。
「当たった! やったー!」
「すごっ。りいな、かっこいい」
「でしょ? じゃあ、このクマは海の心の中に住まわせてね」
「もう住んでるよ。りいなも、クマも」
「うわ、これヤバいやつじゃん! え、ほんとに乗るの? 海、死ぬかも」
「大丈夫。りいなが隣なら、死んでもいい」
「それはダメ! 死なないで! 好きって言ってから死んで!」
「じゃあ、乗りながら叫ぶわ、“好きだー!”って」
発車直前、りいなが俺の手をぎゅっと握る。 その小さな手が、俺の心臓を一気に加速させた。
「怖いけど、海となら平気かも」
「俺も。りいなが隣なら、怖いのも楽しい」
「じゃあ、叫ぶよ? 好きって叫ぶからね?」
コースターが急降下する瞬間、俺は叫んだ。
「りいながすきーーーーー!!!!!」
風にちぎれそうな声。でも、隣にいる安心感がすべてを包んでいた。
「やばい、無理かも。ほんとに怖いやつじゃん」
りいなが俺の腕にしがみついてくる。 その距離が、俺の“守りたい”を強くする。
「大丈夫。俺がいる。りいな、目つぶってていいよ」
「でも、見たい……でも怖い……でも海の顔見てたら平気かも」
「じゃあ、俺の顔だけ見てて」
暗闇の中、りいなの手が俺のシャツをぎゅっと掴む。 その手を包み込みながら、俺は思った。 怖さも、照れも、全部半分こできるなら、ずっと隣にいたい。
出口を出た瞬間、ふたりは顔を見合わせて笑った。
「ねえ、私、海のこともっと好きになったかも」
「俺も。お化けより、りいなの方が怖くてかわいい」
夕方になって、観覧車に乗る時間が来た。 ゴンドラの中、ふたりきり。静かに上がっていく空間で、りいながぽつりと言う。
「転校、ほんとにするかも。まだ決まってないけど」
俺は少し黙ってから、りいなの手を握った。
「どこに行っても、俺はりいなが好きだよ」
「……ずるい。そんなこと言われたら、行けなくなるじゃん」
「行ってもいいよ。俺が会いに行くから」
「ほんとに? ほんとに来てくれる?」
「うん。観覧車より高い気持ちで、りいなに会いに行く」
沈む夕陽が、ゴンドラの窓をオレンジ色に染める。 りいなの横顔が、少し切なくて、でもすごく綺麗だった。
「ねえ、海。もしさ、遠距離になっても、好きって言い続けてくれる?」
「言うよ。毎日。朝も夜も、寝る前も、夢の中でも」
「じゃあ、私も。好きって言い続ける。海が隣にいなくても、心の中にいるから」
ゴンドラが頂点に達した瞬間、ふたりはキスをした。 静かで、でも確かにそこにあるキス。 空に一番近い場所で、俺たちの“好き”が重なった。
出口近くのベンチで、りいながぽつりと言う。
「ねえ、今日さ、全部楽しかった」
「俺も。りいなと一緒だったから、全部が特別だった」
「絶叫も、観覧車も、お化け屋敷も、全部“好き”が詰まってた」
「うん。俺、今日で——」
“好き”がもっと深くなった。 りいなと過ごす時間は、俺の心の中で、ずっと回り続ける観覧車みたいだ。 静かに、でも確かに、俺の“好き”は、りいなに向かって回り続けている。
遊園地の出口を出た瞬間、りいなが言った。
「ねえ、まだ帰りたくないって言ったら、怒る?」その声は、昼間のテンションとは違って、少しだけ甘かった。ジェットコースターで叫んで、観覧車で沈黙して、クレープを鼻につけて笑って——そんな一日が、夕焼けに包まれていく。
「怒るわけないじゃん。どこ行きたい?」「うーん……屋内アスレチックとか、どう?」
俺は笑って頷いた。りいなの“まだ遊びたい”は、いつも予想の斜め上をいく。でも、それが好きだった。
駅前のビルの中、ネオンに照らされた屋内アスレチック。子ども向けかと思いきや、意外と本格的。ロープ、ネット、ターザンロープ、トランポリン——そして、りいなのテンションは再び最高潮。
「うわ〜! これ絶対楽しいやつじゃん!」靴を脱ぎ捨て、ロープに飛び乗る。さっきまで観覧車で静かだったのが嘘みたい。
「海、見ててね〜!」そう言って、ターザンロープで一気に滑空。スタッフも他の客も、目を奪われる。でも、りいなはただ笑ってるだけ。
「ねえ、あの子すごくない?」「え、あんなとこ登れるの?」ざわめく声の中、りいなはネットの頂上で寝転ぶ。
「ここ、星見えるかも〜」天井のライトを見ながら、そうつぶやく。
——無敵だった。昼間の“かわいい”が、夜には“かっこいい”に変わってた。誰より自由で、誰より楽しそうで、誰より目立ってるのに、本人はそれに気づいてない。
「海も来てよ〜! 一緒に寝転ぼうよ!」呼ばれて登ったネットの上。隣に並ぶと、りいながこっちを見て笑う。
「ねえ、今日ずっと一緒にいてくれてありがと」「うん、楽しかったよ」
「海ってさ、私のこと好き?」「……付き合ってるじゃん」
「うん、でもさ。 私、誰かを選ぶのって怖かったんだよ。 誰かを選んだら、誰かを傷つけるでしょ? それが怖くて、ずっと“選ばない”って決めてたの」
「でも、海はさ。 私が叫んでも、こぼしても、登っても。 ずっと見ててくれた。 だから、選んじゃったんだよね」
その笑顔が、いちばん眩しかった。無敵のりいなが、俺だけに向けて笑ってる。それが、ちょっと怖くて、すごく嬉しかった。
「ねえ、海。 私、今すっごく幸せなんだけど、 それってヤバいかな?」
「ヤバくないよ。俺も、同じ気持ちだから」
りいなは、また立ち上がる。ネットの端まで走って、ジャンプして、笑って。
その瞬間、下から聞こえる声。
「え、あの子、海の彼女なの?」「マジかよ…」「なんか、ずるくない? あんなに可愛くて、かっこよくて、しかも彼氏いるとか…」
俺は聞こえないふりをした。でも、りいなは——
「ねえ、海。 私、しばらく“選ばない”って言ってたけど、 今は、ちゃんと“選んでる”よ。 だから、ちょっとくらい嫉妬されてもいいよね?」
その言葉に、俺は何も言えなかった。ただ、隣で笑う彼女を見ていた。
——無敵だった。でも、その無敵は、俺だけが知ってる“揺れ”の上に立ってる。
そして、俺はもうずっと前から落ちてた。ターザンロープじゃなくて、恋に。
帰り道、りいなが手を繋いできた。指先が少し冷たくて、でも心はあったかかった。
「ねえ、海。 また行こうね。遊園地も、アスレチックも、 あと、次は水族館とかも行きたいな〜!」
「うん、全部行こう。りいなとなら、どこでも楽しいから」
「……ほんと? じゃあ、次はもっと無敵になるね!」
その笑顔に、俺はまた落ちた。何度でも、何度でも。
遊園地って、なんであんなにテンション上がるんだろ。ジェットコースターで叫んで、観覧車で沈黙して、クレープのクリームを鼻につけて笑って。海はずっと隣にいてくれて、ずっと笑ってくれてた。
でも、帰り道の夕焼けがちょっと寂しくて、私は言った。
「ねえ、まだ帰りたくないって言ったら、怒る?」
海はすぐに「怒るわけないじゃん」って言ってくれて、その声が、なんか嬉しくて、私は言った。
「屋内アスレチックとか、どう?」
駅前のビルの中、ネオンに照らされた屋内アスレチック。子ども向けかと思ったけど、意外と本格的で、私のテンションは再び最高潮。
「うわ〜! これ絶対楽しいやつじゃん!」靴を脱いで、ロープに飛び乗る。海は下から見ててくれてる。それだけで、なんか安心する。
「海、見ててね〜!」ターザンロープで一気に滑って、ネットの頂上で寝転ぶ。
「ここ、星見えるかも〜」天井のライトを見ながら、そうつぶやく。
——無敵だった。誰より自由で、誰より楽しそうで、誰より目立ってる。でも、私の中には、ちょっとだけ“揺れ”があった。
「海も来てよ〜! 一緒に寝転ぼうよ!」海が隣に来てくれて、私は笑った。
「ねえ、今日ずっと一緒にいてくれてありがと」「うん、楽しかったよ」
「海ってさ、私のこと好き?」「……付き合ってるじゃん」
その言葉に、ちょっとだけ胸がきゅってなった。そうだよね、付き合ってるんだよね。でも、私——
「私、誰かを選ぶのって怖かったんだよ。 誰かを選んだら、誰かを傷つけるでしょ? それが怖くて、ずっと“選ばない”って決めてたの」
「でも、海はさ。 私が叫んでも、こぼしても、登っても。 ずっと見ててくれた。 だから、選んじゃったんだよね」
海は何も言わずに、隣で笑ってくれた。それが、すごく嬉しかった。
でも、下から聞こえる声。
「え、あの子、海の彼女なの?」「マジかよ…」「なんか、ずるくない? あんなに可愛くて、かっこよくて、しかも彼氏いるとか…」
私は聞こえないふりをした。でも、心の中ではちゃんと聞こえてた。
「ねえ、海。 私、しばらく“選ばない”って言ってたけど、 今は、ちゃんと“選んでる”よ。 だから、ちょっとくらい嫉妬されてもいいよね?」
海は何も言わずに、私の手を握ってくれた。その手が、すごくあったかかった。
——無敵だった。でも、その無敵は、海がいてくれるからこそだった。
帰り道、私は海の手をぎゅっと握った。指先が少し冷たくて、でも心はあったかかった。
「ねえ、海。 また行こうね。遊園地も、アスレチックも、 あと、次は水族館とかも行きたいな〜!」
「うん、全部行こう。りいなとなら、どこでも楽しいから」
「……ほんと? じゃあ、次はもっと無敵になるね!」
その言葉に、海が笑ってくれた。その笑顔が、いちばん好きだった。
屋内アスレチックを出たのは、夜の9時すぎ。 駅前のネオンが、少しだけまぶしくて、でも心はぽかぽかしてた。 海と手を繋いで歩く帰り道。 今日一日、遊園地もアスレチックも、全部楽しくて、全部大好きだった。
「ねえ、海。 今日、ほんとにありがと。 私、無敵だったでしょ?」
「うん、無敵だった。 でも、俺だけが知ってる“揺れ”も、ちゃんと見えてたよ」
その言葉に、ちょっとだけ胸がきゅってなった。 でも、嬉しかった。
——その時だった。
「おい、ちょっと待てよ」 後ろから声がした。 振り返ると、3人組の男子。 見覚えがある。 中学のとき、私のことを“裏で悪口言ってた”グループの一人だった。
「りいなじゃん。久しぶり〜。 なんか、彼氏とラブラブって感じ? いいね〜」 その声は、笑ってるけど、目は笑ってなかった。
海が一歩前に出る。 「何か用ですか?」
「いや〜、ちょっと話したかっただけ。 昔、俺らのこと無視してたよね? 男子とばっか仲良くしてさ。 女子から嫌われてたの、覚えてる?」
心臓がドクンって鳴った。 忘れたくても、忘れられない過去。 “選ばない”って決めた理由の一つ。
「今さら何?」 私は言った。 声が震えてたかもしれないけど、目はそらさなかった。
「いや、たださ。 あの頃のこと、ちょっと謝ってほしいな〜って。 俺ら、けっこう傷ついたんだよ?」
海が、私の手をぎゅっと握る。 その手が、すごくあったかかった。
「りいなは、誰にも謝る必要なんてない」 「でも、俺らは——」
「俺らは、って何? “選ばれなかった”ことを、今さら責めるの?」
その言葉は、海のものだった。 静かで、でも強かった。
男子たちは、何も言えなくなって、 「……チッ、なんだよ」と言って去っていった——
と思った。
でも、次の瞬間。 一人が振り返って、私の腕を掴んだ。
「でもさ、ちょっとくらい触ってもいいよね? 昔、俺のこと好きだったって聞いたし」
——一瞬、時間が止まった。
「やめて」 私は言った。 でも、声が震えてた。 腕が冷たくて、心臓が跳ねた。
その瞬間、海が動いた。
「……手、離せよ」
声が低かった。 今まで聞いたことないトーンだった。
「え? なんだよ、彼氏気取りか?」
「彼氏だよ。 だから、今すぐ手を離せ。 じゃないと、俺が離させる」
男子が笑った。 でも、海は笑ってなかった。
次の瞬間、海はその男子の腕を掴んで、ぐっと引き離した。 力なんて入ってないのに、空気が変わった。
「りいなに触れるな。 過去のことを持ち出して、今を汚すな。 お前らが“選ばれなかった”のは、当然だよ。 だって、りいなは、そんな卑怯なやつを選ばない」
男子たちは、何も言えなくなって、 「……チッ」と言って、本当に去っていった。
私は、何も言えなかった。 ただ、海の手を握り返した。
「ねえ、海。 私、無敵じゃなかったかも」
「ううん。 無敵だったよ。 だって、ちゃんと向き合ったじゃん。 それが、いちばん強いことだよ」
その言葉に、涙が出そうになった。 でも、泣かなかった。 だって、私は——
「じゃあ、次はもっと無敵になるね。 海と一緒なら、どんな事件も怖くないから」
その笑顔は、ちょっとだけ震えてたけど、 ちゃんと“選んだ”顔だった。
帰り道、私は海の手をぎゅっと握った。 指先が少し冷たくて、でも心はあったかかった。
「ねえ、海。 次はさ、水族館もいいけど、 夜の公園とかも行ってみたいな〜。 なんか、星とか見ながら語りたい」
「うん、いいね。 でも、星よりりいなの方が眩しいから、見えないかも」
「……なにそれ、バカじゃん」
でも、私は笑ってた。 本気で、心から。
そして、心の中で思った。 “選ばない”って決めてた私が、 今は、ちゃんと“選んでる”。
それが、ちょっと怖くて、すごく嬉しかった。
屋内アスレチックを出た夜の街は、少し肌寒かった。でも、りいなの手はあったかくて、俺の心はずっとぽかぽかしてた。遊園地で笑って、アスレチックで無敵になって、その全部を隣で見ていられたことが、何より幸せだった。
「ねえ、海。 今日、ほんとにありがと。 私、無敵だったでしょ?」
「うん、無敵だった。 でも、俺だけが知ってる“揺れ”も、ちゃんと見えてたよ」
りいなは笑った。その笑顔が、俺の世界の中心だった。
でも、俺は知ってる。りいなの“無敵”は、ただの強さじゃない。誰かを傷つけないために、“選ばない”という美学を貫いてきた強さだ。その裏には、きっとたくさんの痛みがあった。
——その時だった。
「おい、ちょっと待てよ」
振り返ると、3人組の男子。見覚えがある。中学のとき、りいなを裏で悪く言ってた連中だ。
「りいなじゃん。久しぶり〜。 なんか、彼氏とラブラブって感じ? いいね〜」
その声は、笑ってるけど、目は笑ってなかった。俺は一歩前に出た。
「何か用ですか?」
「いや〜、ちょっと話したかっただけ。 昔、俺らのこと無視してたよね? 男子とばっか仲良くしてさ。 女子から嫌われてたの、覚えてる?」
りいなの手が少し震えた。俺は、そっと握り返した。
「りいなは、誰にも謝る必要なんてない」
「でも、俺らは——」
「俺らは、って何? “選ばれなかった”ことを、今さら責めるの?」
俺の声は、静かだった。でも、心の中は、もう怒りで煮えたぎってた。
りいなは、誰かを傷つけないために“選ばない”を選んだ。それを、勝手に“無視された”と解釈して、今さら謝れって言うのは、ただの自己満足だ。
「りいなは、選ばないことで、誰かを守ってた。 それを、今さら責めるのは、卑怯だよ」
奴らは何も言えなくなって、「……チッ、なんだよ」と言って去っていった——
そう思った。
でも、次の瞬間。一人が振り返って、りいなの腕を掴んだ。
「でもさ、ちょっとくらい触ってもいいよね? 昔、俺のこと好きだったって聞いたし」
——その瞬間、俺の中で何かが切れた。
「……手、離せよ」
声が低くなった。自分でも驚くくらい、冷たくて、鋭かった。
「え? なんだよ、彼氏気取りか?」
「彼氏だよ。 だから、今すぐ手を離せ。 じゃないと、俺が離させる」
奴は笑った。でも、俺は笑ってなかった。
次の瞬間、俺はその腕を掴んで、ぐっと引き離した。力なんて入れてない。でも、空気が変わったのは、わかった。
「りいなに触れるな。 過去のことを持ち出して、今を汚すな。 お前らが“選ばれなかった”のは、当然だよ。 だって、りいなは、そんな卑怯なやつを選ばない」
奴らは何も言えなくなって、「……チッ」と言って、本当に去っていった。
俺は、りいなの手を握り直した。その手が、少し冷たくて、でも震えてた。
「ねえ、海。 私、無敵じゃなかったかも」
「ううん。 無敵だったよ。 だって、ちゃんと向き合ったじゃん。 それが、いちばん強いことだよ」
俺は、りいなの涙を見たくなかった。でも、もし泣いたとしても、全部受け止めるって決めてた。
「じゃあ、次はもっと無敵になるね。 海と一緒なら、どんな事件も怖くないから」
その笑顔が、少しだけ震えてた。でも、俺にはそれが、いちばん強く見えた。
帰り道、りいなが俺の手をぎゅっと握った。その手が、俺の怒りを溶かしてくれた。
「ねえ、海。 次はさ、水族館もいいけど、 夜の公園とかも行ってみたいな〜。 なんか、星とか見ながら語りたい」
「うん、いいね。 でも、星よりりいなの方が眩しいから、見えないかも」
「……なにそれ、バカじゃん」
でも、りいなは笑ってた。その笑顔が、俺の怒りを超えて、世界を救ってくれた。
——俺は、りいなを守る。誰が相手でも。どんな過去でも。どんな事件でも。
だって、俺は“選ばれた”から。その意味を、絶対に裏切らない。
あの夜、りいなの腕を掴んだ男を引き離した瞬間、俺の中で何かが爆発した。
怒り。恐怖。そして、後悔。
——あの時と、同じだった。
中学の頃。俺には、仲の良かった女の子がいた。名前は、陽菜(ひな)。明るくて、よく笑って、でもちょっとだけ不器用で。男子と仲が良くて、女子からは少し距離を置かれていた。
陽菜は、よく言ってた。「誰かを選ぶのって、怖いよね」「選んだら、誰かを傷つけちゃうかもしれないから」その言葉が、ずっと心に残ってる。
ある日、陽菜が泣いていた。「また陰口言われちゃった」って。「でも、私は誰も傷つけたくないから、何も言わない」って。
俺は、何もできなかった。ただ、隣にいるだけだった。「大丈夫だよ」って言うことしかできなかった。
でも——
ある日、陽菜が学校に来なくなった。理由は、俺には言わなかった。でも、わかってた。守れなかったんだ。俺は、ただの“隣にいるだけの人”だった。
その日から、俺の中にずっと残ってるものがある。悔しさ。無力さ。そして、誓い。
「次は、守る」「誰かが“選ばない”ことで傷つくなら、 俺はその隣で、ちゃんと立ち向かう」
そして、りいなに出会った。
陽菜と似てるところがあった。明るくて、よく笑って、でもちょっとだけ不器用で。男子と仲が良くて、女子からは少し距離を置かれていて。でも、違ったのは——
りいなは、“選ばない”という美学を持っていた。誰かを傷つけないために、誰も選ばない。その強さに、俺は惹かれた。
でも、同時に怖かった。また、守れなかったらどうしようって。
だから、あの夜。りいなの腕を掴んだ男を見た瞬間、俺は、陽菜のことを思い出した。
「今度こそ、守る」「今度こそ、隣にいるだけじゃなくて、立ち向かう」
その気持ちが、怒りになった。冷静じゃなかったかもしれない。でも、あれが俺の“誓い”だった。
りいなは、無敵だ。でも、無敵でい続けるためには、誰かが隣で、ちゃんと守らなきゃいけない。
俺は、その“誰か”になる。陽菜にできなかったことを、りいなにする。それが、俺の青春の意味だと思ってる。
——りいなには、まだ話してない。陽菜のことも、あの時の後悔も。
でも、いつか話すつもりだ。りいななら、きっと受け止めてくれる気がするから。
そして、俺は思う。
りいなは、誰にも似てない。陽菜と似てる部分があっても、りいなはりいなだ。天然で、男子人気トップで、でも“選ばない”ことに誇りを持ってる。そんなりいなを、俺は守りたい。誰が相手でも。どんな過去でも。どんな事件でも。
だって、俺は“選ばれた”から。その意味を、絶対に裏切らない。
そして、もしりいながいつか揺れたら——誰かを選びそうになったら——俺は、ちゃんと隣で言う。
「選んでいいよ。 俺は、傷ついても、りいなの選択を受け止めるから」
それが、俺の覚悟。それが、俺の愛し方。
夜の帰り道。りいなの手を握りながら、俺はふと、陽菜のことを思い出していた。
あの子も、“選ばない”人だった。誰かを選ぶことで、誰かを傷つけるのが怖くて、いつも笑って、誰にも踏み込ませなかった。
「私は、誰のものにもならない」そう言って、陽菜は笑ってた。でも、その笑顔の奥には、いつも孤独があった。
陽菜は、男子と仲が良かった。女子からは少し距離を置かれていた。それでも、誰にも悪く言わず、誰にも近づきすぎず、“選ばない”ことで、バランスを保っていた。
でも、そのバランスは、ある日崩れた。
陰口。無視。嫉妬。そして、孤立。
陽菜は、何も言わなかった。誰にも頼らなかった。俺にも、何も言わなかった。
「大丈夫だよ」って言う俺に、「うん、大丈夫」って笑ってた。でも、あの笑顔は、もう限界だったんだと思う。
そして、陽菜は学校に来なくなった。
理由は、誰にも言わなかった。でも、俺は知ってた。守れなかったんだ。俺は、ただの“隣にいるだけの人”だった。
それからずっと、俺の中に残ってるものがある。悔しさ。無力さ。そして、誓い。
「次は、守る」「誰かが“選ばない”ことで傷つくなら、 俺はその隣で、ちゃんと立ち向かう」
そして、りいなに出会った。
陽菜と似てるところがあった。明るくて、よく笑って、でもちょっとだけ不器用で。男子と仲が良くて、女子からは少し距離を置かれていて。でも、違ったのは——
りいなは、“選ばない”という美学を持っていた。誰かを傷つけないために、誰も選ばない。その強さに、俺は惹かれた。
でも、同時に怖かった。また、守れなかったらどうしようって。
だから、あの夜。りいなの腕を掴んだ男を見た瞬間、俺は、陽菜のことを思い出した。
「今度こそ、守る」「今度こそ、隣にいるだけじゃなくて、立ち向かう」
その気持ちが、怒りになった。冷静じゃなかったかもしれない。でも、あれが俺の“誓い”だった。
そして、りいなは——
俺を選んだ。
「海ってさ、私のこと好き?」「……付き合ってるじゃん」「うん、でもさ。 私、誰かを選ぶのって怖かったんだよ。 誰かを選んだら、誰かを傷つけるでしょ? それが怖くて、ずっと“選ばない”って決めてたの」
「でも、海はさ。 私が叫んでも、こぼしても、登っても。 ずっと見ててくれた。 だから、選んじゃったんだよね」
その言葉が、俺の胸を打った。
陽菜は、誰にも言わなかった。誰にも頼らなかった。誰にも選ばれなかった。
でも、りいなは——俺に、ちゃんと言ってくれた。俺を、ちゃんと選んでくれた。
それが、どれだけ勇気のいることか、俺は知ってる。
だから、俺は思う。
りいなは、陽菜に似てる。でも、りいなは陽菜じゃない。
りいなは、ちゃんと“今”を生きてる。ちゃんと“揺れ”を受け止めて、ちゃんと“選ぶ”ことに向き合ってる。
その姿が、俺には眩しくて、そして、少しだけ切なかった。
もし、陽菜が今のりいなみたいに、誰かを選ぶ勇気を持てていたら——俺は、あの時、違う未来を見られたのかもしれない。
でも、もう過去は変えられない。だからこそ、俺は今を守る。
りいなを守る。選ばれたことに、ちゃんと応える。陽菜にできなかったことを、りいなにする。それが、俺の青春の意味だと思ってる。
そして、りいなの手を握りながら、心の中で言った。
「ありがとう、りいな。 俺を選んでくれて。 俺に、もう一度、守るチャンスをくれて」
その言葉は、まだ口に出してない。でも、いつかちゃんと伝えるつもりだ。
りいなは、無敵だ。でも、無敵でい続けるためには、誰かが隣で、ちゃんと支えなきゃいけない。
俺は、その“誰か”になる。今度こそ、絶対に。
「ねえ、海。 芝生、寝っ転がってみよ? 絶対気持ちいいって〜」
「え、服汚れるよ?」
「いいの! 今日、無敵だったから! 服くらい汚れても平気〜!」
りいなは、笑いながら芝生にダイブする。 夜の公園の奥、誰もいない広場。 星がちらちら見えて、空気はちょっとだけひんやりしてる。
「ほら、海も来て〜! となり空いてるよ〜!」
海は苦笑いしながら、りいなの隣に寝転ぶ。 芝生の匂いと、りいなの匂いが混ざって、なんか落ち着く。
「ねえ、海ってさ、私のことどれくらい好きなの?」
「え、またそれ?」
「だって、聞きたいじゃん。 今日、事件もあったし、キスもしたし、星も見たし。 だから、もっと好きって言ってほしいの!」
海は、りいなの方を向いて、真顔で言う。
「好き。めちゃくちゃ好き。 たぶん、世界でいちばん好き。 てか、世界がりいなだったらいいのにって思うくらい好き」
りいなは、顔を真っ赤にして、芝生に顔を埋める。
「……バカじゃん……そんなこと言うのずるい……」
「でも、ほんとだよ。 りいなが笑ってるだけで、俺の世界は平和になる」
「……じゃあ、もっと笑わせて?」
海は、りいなの髪をくしゃっと撫でる。 りいなは、くすぐったそうに笑う。
「ねえ、海。 私、男子人気トップだけど、 海の前だと、ただのバカになっちゃうんだよね」
「それが、いちばん好き」
「……ほんとバカ」
りいなは、海の胸に頭を乗せる。 心臓の音が聞こえる距離。 静かで、あったかくて、安心する。
「ねえ、海。 今日、事件のとき、ほんとにかっこよかったよ。 私、ちょっと泣きそうだったけど、 海が怒ってくれたから、泣かないで済んだ」
「俺も、ちょっと怖かったよ。 でも、りいなの腕に触れた瞬間、 全部吹っ飛んだ。 守らなきゃって、それしか考えられなかった」
「……ありがと」
りいなは、そっと海の手を握る。 指先が絡まって、ぴったり重なる。
「ねえ、海。 次のデート、どこ行く?」
「どこでもいいよ。 りいなとなら、どこでも無敵になれるから」
「じゃあ、遊園地もう一回行こ? 今度は、観覧車でキスするの、ちゃんと予告してね」
「え、前回は不意打ちだった?」
「うん。 でも、ちょっとドキドキして、 ちょっと嬉しかった」
海は笑って、りいなの額にキスをする。
「じゃあ、次はちゃんと予告する。 “今からキスします”って言ってから、する」
「……それ、逆に照れるじゃん……」
でも、りいなは笑ってた。 本気で、心から。
そして、二人は芝生の上で、星を見ながら、手を繋いだまま、静かに話し続ける。
「ねえ、海。 私、無敵でい続けたい。 でも、たまに揺れるかもしれない。 そのとき、隣にいてくれる?」
「もちろん。 揺れても、泣いても、怒っても、笑っても。 全部、隣で受け止める」
「……じゃあ、もっと好きになってもいい?」
「うん。 俺も、もっと好きになるから」
そして、二人はまたキスをする。 星空の下、誰にも邪魔されない、二人だけの世界。
——無敵と守る。 その二つが、ちゃんと恋になった夜。 そして、いちゃいちゃは、まだ終わらない。