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「建物中、くまなく掃除をしましょう」
カメさんが静かに提案した。
目が真っ赤になってる。
丸一日寝ていないようだ。
部屋を片付けても片付けても、すぐにまたお姉が散らかすのだ。
更にうらしまも、いつもの調子で邪魔をしてくる。
お姉にたかる変人だと信じているカメさんはその撃退にも必死だ。
遂に夕べはカメさん、お姉のゴミ部屋に泊り込んだらしい。
夜も寝ずに片付けまくったとか。
「カメさん、かわいそうやん!」
翌朝、その悲惨すぎる実態を知ったアタシは、恐ろしいお姉に向かって叫んでいた。
「どうせお姉は手伝いもせずにゲームしてたんやろ? あんまりやん! カメさんもやめとき。て言うか、あきらめ。この人はアカンもん。ダメな人やもん。掃除するだけムダやで!」
アタシは一気にまくし立てた。
「いいえ、無駄なことなどこの世に何一つとしてありません。大家さんに悪気はない。習慣と性格だから……仕方ありません」
「アカンて。カメさん、いい人すぎるわ!」
ピンクの割烹着の肩をつかんで揺さぶった。
目を覚ませ、カメさん! そう願いを込めて。
そこへお姉、ズイッと顔を出す。
目を細めて……あっ、これはマズイ。怒りの表情だ。
「リカ、あなた随分大きな口を叩くのねぇ。偉いのねぇ?」
「いや、あの……」
ヤバ。コワイ。
「ごめんなさ……」
謝ろうとしたが、うちのお姉、復讐はしっかり果たすタイプや。
「わたしに意見をできるのは、きっちり家賃を払ってる人だけよ」
強い調子で宣言する。
うらしまじゃないけど、そう来られてはアタシとしても土下座するしかない。
「アナタ、ここに何日タダで住んでると思ってるの? イヤな子ね。この貧乏人」
「ス、スイマセ……」
姉妹でも容赦ないな、この女。
仕方ない。アタシは腹を括って床におでこを擦りつけた。
「お姉、こんな時に何やけど……家賃以前の話やねんけど……おこづかいくれへん? カメさんにはお給料払ってるんやろ。ならアタシにもちょうだい! こんなにこき使われてんのに! けっこうアタシ、お姉の為に動いてんで?」
いたたまれず家を飛び出した高校浪人のアタシに仕送りはない。
今まではお年玉とか、貯めてた貯金で食べ物買ったりしてたけど……遂に本日、残高ゼロ円になりました。
一文無しでぇーす。ハァーイ! やっちゃったー!
おどけるとお姉は手を叩いて嬌声をあげた。
しかし……目は笑ってない。
すごい冷たい視線が、矢のように十六歳のいたいけな少女の身を貫く。こわい……。
「お姉、ごめんなさい。ホンマにごめんなさい……」
結局、アタシは謝った。
「もっとよ!」
「スイマセン。ゴメンナサイ。アタシが愚かでした」
オホホとお姉は笑う。
「そうね、お小遣いをあげてもいいわよ」
圧倒的優位に立ったお姉は、ようやくアタシに救いの手を差し伸べてくれた。
「ホ、ホンマに?」
「ええ」
にっこり微笑むその笑顔が恐ろしい。
「条件があるわ。亀山を手伝いなさい。この際だから、アパート中の掃除をするの」
「ハハーッ!」
アタシは本気で土下座した。
オールド・ストーリーJ館は2階建てだ。
各階4部屋ずつあり、共用おフロとトイレットが1階に設置されている。
2階にはちょうど玄関の上にあたる位置にちょっとした小部屋が作られてあり、そこはお姉の物置として使われているようだった。
「そこも含め、共用部分を全て掃除しましょう」
カメさん、ピンクのフリフリ三角巾で頭を覆う。
「俺も全力を尽くしますが、リカさん、あなただけが頼りです」
こそっとアタシに耳打ちした。
上手いこと乗せられてしまったのだと気付いたのは、1時間程経ってからだった。
アタシはやる気ゼロ桃太郎と、空回りクイーン・ワンちゃんを指揮して2階廊下を磨いている。
カメさんは1階担当だ。
時々、野太い声でのゴキゲンな鼻歌が聞こえてくる。
お姉は……いつの間にか姿を消していた。
こういう時に、何だかんだと上手く使えそうなうらしまはと言うと──。
「開けて! 入れてぇ! ここを開けてぇ!」
玄関をドンドン叩く音がする。
「入れてぇ、 あふんっ! 奥まで入れてぇーッ!」
「………………」
アタシは脱力した。
どこまでヘンタイなんや、あの人。
「出て行ってくれ! 警察を呼ぶぞ!」
マフィアの本気怒声に、うらしまはめげる様子もない。
隙をみて家に入り込むと、雑巾を持っていそいそと手伝いだした。
うらしまを不審者だと誤解しているカメさんが、水をかけて追い出す気配。
何とも異様な有様に、桃太郎とワンちゃんは素知らぬ顔してせっせと廊下を拭いていた。
一切関わらないつもりだろう。うん、賢明な選択や。
「階下のことはどうでも良いわ。それよりリカ殿」
桃太郎が珍しく冷たい顔して言い捨てた。
メガネが向けられた先は階段奥の物置部屋だ。
ワンちゃんが「ひぃっ!」と悲鳴をあげる。
「あそこも余たちが掃除をするのか……?」
「いや、まさか……。カメさんが来てくれるやろ。あそこはアタシらの手には負えん」
魔の巣窟に、アタシたちは恐れおののいていたのだ。
いつまでも同じ所をゴシゴシ擦っているのは、その瞬間を先延ばしにしたいからに他ならない。
「嫌や。恐ろしい。何が潜んでるか分からん。何せお姉の物置や」
2人を振り返る。
逃げよう、と言いかけたその時だ。
ギシッ。ギシッ……。
階段をゆっくり登って来る、凍り付くような足音が。