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午後の海。少しだけ日が傾きはじめて、浜辺も落ち着いてきた頃。
彼女は、ちょうど自販機へ向かおうとしていたところで──
「一緒に行く?」
と、夏油傑の声が背後からかかった。
「うん、行こっか!」
並んで歩くのは、まだ慣れない距離。
彼女の方はいつも通り明るくて、ビーチサンダルの音を響かせながら笑ってる。
傑の方は、どこかぎこちなく、どことなく静かで……。
「……なにか、あった?」
彼女がふと聞いたその瞬間、
傑の動きがほんの一瞬止まった。
「……いや。なんでもない」
「そっか。でもさ──」
彼女が立ち止まって、傑の方をじっと見つめる。
「……今日、結構見てたよね?」
「……は?」
「水着。……私の」
その一言に、
夏油傑はまるで雷に打たれたみたいに固まった。
「……な……っ、ち、違う、私はっ……っ、いや、違うというか……!」
「違う?」
「ち、違うというか……っ、いや、確かに視界には入ったかもしれないが、私は……その……っ、」
彼女はふっと笑った。
別に怒ってる様子もない。
むしろ、ちょっと照れたような、いたずらっぽい目をしていた。
「うん、いいけどね?」
「……え?」
「見られても、傑になら。……見てくれて、ちょっと嬉しかったし」
「……っ……」
完全にフリーズする傑。
顔がどんどん赤くなっていって、耳まで真っ赤。
そんな傑の様子を──
遠くから悟がサングラス越しに眺めて、ぼそっとつぶやいた。
「うわ〜〜傑、死んだな、これは。好きバレどころじゃないやつじゃん」
⸻
彼女のちょっとした挑発にまんまと動揺して、
返す言葉すら見つけられず、ペットボトルを選ぶフリしてごまかす傑。
でも、その手はほんの少し、震えていた。
海辺のテントに戻ってくるなり、
夏油傑はタオルを被って、どっかりと椅子に腰を下ろした。
顔は赤い。
耳まで真っ赤だ。
言うまでもなく、あの一言のせいだ。
──「見てたよね? 私の水着」
(……私の人生、終わったかもしれない)
そんな傑の背後から、わざとらしくサンダルを鳴らしてやってきた男がひとり。
「よっ。傑くん♡」
「……帰れ」
「いやいやいやいや、さっきの見たけどさ〜〜〜?♡」
「見るな」
「バレたんだ? バレちゃったんだ〜? “水着見てたでしょ”って、言われちゃったんだ〜〜〜??」
「やめろ」
「で? どう返したの? 『いや、違う。私は君のビキニに下半身が反応して視線を逸らしてただけだ』って?♡」
「悟!!!!」
ついに椅子から立ち上がって怒鳴った傑の目は、わかりやすく動揺と羞恥でにじんでいる。
「ほんと……お前というやつは……っ!」
「なに? 傑が恋してるってだけで、世界こんなにおもしろくなるの?」
「ふざけるな……!」
「いやいやふざけてないって。むしろ、ほぼ感動してる。傑が恋に振り回されてるなんて、尊すぎて泣けるんだけど?」
「私は振り回されてない。落ち着いている。冷静だ」
「うそつけ。顔真っ赤で“ペットボトル3秒で空にした男”が何を言うか」
「うるさいッッ!!!」
「てか……さぁ〜〜、あの子“見られて嬉しかった”って言ってたんだよね〜?♡」
「……ッッ!!」
「なにその反応。はい、死亡確認♡」
傑はタオルを頭からかぶり直して、完全に沈黙した。
隣でずっとニヤニヤ笑っている悟の肩に、パンチでもかまそうかと思うが──
それすら悟は予想済みのように、のらりくらりと避ける。
「まぁまぁ。でも、バレても好意的に受け取ってもらえたんだから、ラッキーだったじゃん?」
「……ラッキーなどではない。これは……これは事故だ」
「うん、事故(性的に)」
「……黙れ」
「ふふっ、傑の青春、最高♡」
⸻
からかい続ける悟と、照れと羞恥と微妙な焦りで返す言葉が見つからない傑。
だけど悟は知ってる。
その顔が、どれだけ「本気で惚れてる男の顔」になっているか。