赤と緑、この色をみてまず何を連想する? あの有名なカップうどんと蕎麦? いいや、違う。この一年でケーキ屋がもっとも忙しいクリスマスだ。もう地獄のように疲れるけれど、天国のようにお客さんの喜んだ顔が見られるというまさに天国と地獄。その日が刻一刻と迫っていた。 店内はクリスマス仕様にきらびやかに装飾されている。ほとんど綾乃がネットで注文して飾り付け、店に入ってすぐ横に置いてある大きなクリスマスツリーは開店当初から毎年この時期になったら出しているものだ。星の飾り、金や赤のボールに紅白の杖、今にも鳴り出しそうなベルにキラキラ光る電飾、各々のオーナメントがいい具合に混ざり合って一つの綺麗なクリスマスツリーを完成させる。
なんてきれいなんだろう……なんて見惚れている時間はない!
予約注文を受けたケーキ作りの段取り、材料の発注、当日の店売りのケーキの準備。やることが多すぎる! 今年は洸夜の会社の婚活パーティーもあったおかげか例年の倍以上の予約をもらっている。はきりいってクリスマスを楽しむ余裕なんてなさそうだ。
「今年もクリぼっち……」
キラキラした店内とは裏腹にどよんとした綾乃の一言がこだまする。
「あ、綾乃? 私だって仕事で忙しくてクリぼっちだよ?」
そう、だって洸夜とはなにも約束をしていない。むしろこの前の婚活パーティー事件の後からお互いに忙しくて全く会えていないのだ。あんなに毎日のように会いにきてたくせに釣った魚には餌をやらんのか!? と怒りたくなる。
「何言ってんのよ。日和にはあのイケメン社長がいるじゃない」
綾乃は口を尖らせて日和を見た。
「な、なんでアイツと」
「とかいって、好きなんでしょ~。あの日も日和結局戻ってこなくて一人で大変だったんだからね! 全然イケメン探してる余裕なんてなかったわよ」
「う……そ、それは本当にごめんなさい」
結局あの日は洸夜に抱かれすぎて身体が思うように動かず会場に戻れなかった。
洸夜は社長挨拶があるからと言って乱れたスーツを綺麗に着直して会場に一人で戻っていったのだ。用心深く社長室に一人残った日和が誰にも接触しないよう鍵を閉めて。
「本当日和は素直じゃないんだからな~、もうさっさと結婚しちゃえばいいのに。社長だって結婚したがってるんでしょ?」
「そう言われても、付き合ってとも言われてないし、婚約者とは出会い頭に言われたけど、それ以来結婚してとかは言われてないからなぁ」
本当に自分たちの関係はなんなんだろうか。お互い好きなわけだからセフレではないだろうし。なんだかハッキリしなくて悶々する。
「日和」
「へっ……?」
洸夜のことを考えていたからか、ずっと会えていなかったからか、夢でもないのに目の前に姿が急に現れた。
(え? 私立ちながら寝てないよね?)
古典的に頬をつねってみるがめちゃくちゃ痛い。
「日和、何してんだ?」
洸夜は頬をつねっている日和を不思議そうに見た。
「へ!? 本物!?」
「本物ってお前どうした? 大丈夫か?」
ケーキのガラスショーケース越しに手が伸びてくる。つねって少し赤くなっていた日和の頬を撫でた。
「なっ……ど、どうしたのよ?」
せっかく連絡先だって交換したのに、一切連絡もくれないで、何日も会ってなかったのに急に現れるなんて反則でしょう。
「クリスマスの日空けておけよ」
……は?
「いや無理。ケーキ屋が一年で一番忙しいのがクリスマスの日だから」
「じゃあ何時になってもいいから。夜中の数分でもいい。俺に時間をくれないか?」
真っ直ぐに日和を見る。日和は洸夜のこの真剣で日和のことしか目に入っていないような真っ直ぐな眼差しが好きだ。好きで、なんでも許してしまいそうになる。
「まぁ、仕事終わって少しなら」
ぱあぁっと洸夜の表情は明るくなり、嬉しいと顔に書いてある。それくらい嬉しそうに口角を上げ、目を細めていた。
「約束だな。じゃ、また!」
「え? は?」
約束出来たことに満足したのか今日も洸夜は嵐のように去っていった。
「な、なんだったの?」
それだけのことを言いにわざわざ店まで来たのだろうか? 連絡先を知っているのに? 電話をすればものの一分で終わるような会話だった。それなのに忙しい中わざわざ時間を縫って直接言いに会いにきてくれたのだろうか。もしかしたらちょっと都合のいいように解釈してしまっているかもしれないけれど、日和にはそう思えた、いや、そうとしか思えなかった。
嬉しさでつい顔が綻んでしまう。
「わざわざ店にまできてクリスマスの約束しにくるとかほんと健気な社長~」
「健気、だよね……」
「もうさ、日和もさっさと素直になったほうがいいよ」
「そ、そうだよね。私もそう思う」
ゴクリと生唾を飲み込んだ。
――クリスマスまであと一週間。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!