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 夜中の零時すぎまでクリスマスケーキの仕込みをし、一旦家に帰って仮眠程度の睡眠をとり、また暗い中を歩いて店まで向かう。時刻は午前四時。はっきりいって寝た気がしない。毎年のことなので慣れてはいるが段々歳をとったことを感じさせられる。やっぱり二十代前半のときのは身体が違うと嫌でも思い知らせれるのがクリスマスだ。

「シンドイ……」

「それは俺も同じだ……」



 健も家にシャワーだけ浴びに帰ってすぐに戻ってきたらしい。自分より二歳年上の健もひぃひぃ言いながら作業を進めていた。



「お肌ボロボロよ」



 綾乃もプレートにチョコペンで文字を書いたり、クリームを泡立てるのを手伝ってくれている。三人でぶつぶつ独り言を言いながら進めていく作業場は傍からみれば恐ろしい現場に見えるかもしれない。そのくらい今年はケーキの量が多い。



「お、終わったぁぁぁ~」



 ぷしゅ~っと空気の抜けた風船のように日和はスタッフルームのテーブルに突っ伏した。もちろん横を見れば健も綾乃も脱力している。時刻は既に午前九時をまわっていた。開店まで一時間切っている。



「片付けやらなきゃ、掃除もしなくちゃ……」



 ケーキが作り終わったから終わりではない。ここから開店準備をし、どさっと訪れるお客さんのケーキ受け渡しが待っている。

 日和たちは重い腰をあげ「やるぞーっ!」と最後の気合を入れた。

 店売りのケーキを並べ、十時開店。いつもの倍以上のお客さんがゾロゾロと店に入ってきた。



「はい、中村様ですね。ご予約のケーキはこちらになります」

「はい、松田様ですね、ご予約のケーキはこちらになります」

「はい、髙林様ですね。ご予約のケーキはこちらになります」 



 同じフレーズを何度も何度も繰り返す。たまに店売りのケーキが売れてと大忙し。洸夜のことを考える暇もなく午前中が終わろうとしていた。

 お昼になるとお客さんの足も少し途絶えてきたのでホッと一息、今のうちに交代でお昼を食べることにし、先に年配序列ということで健がスタッフルームにふらりと消えていく。



「やっと落ち着いてきたわね」



 いつも完璧メイクの綾乃のアイメイクが少しよれている。それほど今日は忙しいのだ。



「だね。あとは夕方のピークと夜の路上販売だけか……」

「路上販売……」



 綾乃と二人で体内の臓器が出てきそうなほど深い溜め息をついた。口に出しただけで身が震える。夜の極寒の寒さの中なんで路上販売なんか……と愚痴りたくなるが、これまた効果は絶大で、店の中には入ってこないけれど、外でふとケーキをみると買いたくなってしまうという人間の心理なのだろうか。店内で売れなくても外で販売するとたちまち売れてしまうというクリスマスマジックが起こるのだ。



「嫌だけど、売れるのよねぇ……」

「そうなんだよね。なんなのかな、本当。クリスマス怖い!」

「とか言って、今日の夜はやっと会えるんでしょう、社長に」

「ま、まぁそうなんだけど……」



 やっと会える。しっかりと洸夜に会うのはいつぶりだろう。向こうも仕事が忙しいらしい。やはり恋人たちの一番盛り上がるイベントのクリスマスだ。婚活会社も大忙しなんだろうなぁと。だって夢にもまるっきり出てこないんだから!!!



(なんだか私だけが会いたいみたいで悔しいじゃない……)



 年甲斐もなくむぅっと頬を膨らませたくなった。



「あのさぁ、俺から頼みがあるんだけど~」



 休憩から戻ってきた健の手元には大きな紙袋を抱えている。



「お兄ちゃん、何?」

「はい、コレ! 二人に似合うと思うから買っておいた。これ着て今年は路上販売よろしく~今年はガンガン売り上げ伸ばして来年に繋げるよ~」



 有無を言わせない、と強引に押し付けられた紙袋の中にはアラサーには恐ろしい真っ赤な服がチラリと見えた。



「ま、まさか……」

「そう、そのまさかのまさか。二人ともまだまだ若いから大丈夫! 頼むよ~」

「ぜーーーったいに嫌!!! こんなサンタのコスプレなんて着れるわけないじゃない! 三十よ!? 三十の独身女がコスプレって痛すぎるでしょ!? そうよね!? 綾乃!」

「え? そう? 私は全然イケるけど。むしろこれ着て運命の出会いとか訪れないかなぁ~日和もサンタコスして社長にせまっちゃえば? 今夜は燃えるわよ~」

「あんた達二人して……あ~~~もうっ! 着るわよ!」



 兄妹そろってコスプレになんの抵抗もなし。二対一の多数決で完全なる敗北。

 泣く泣く夕方になりサンタのコスプレ服に袖を通した。久しぶりに履く膝上のスカート。上は長袖がだ首元がガッツリとオフィショルで鎖骨が見えてしまう。恥ずかしいけど、着るしか無いともう諦めた。サンタの帽子を被って、いざ綾乃と一緒に外に出るが――極寒の寒さだ。一気に身体に鳥肌が湧き上がった。



「さ、寒すぎぃぃぃぃ~!」

「た、確かにコレはめっちゃ寒いわね。でも大丈夫、ここでお助けアイテムホッカイロと足元用ヒーターを準備したわ。お兄ちゃんの私物よ!」



 業務用テーブルに赤い布を掛け、その下にお客さん側からは見えないように小さなヒーターが設置されている。カチッとスイッチを入れるとブオーっとゆっくり温かい風が出てきた。



「あ~小さいけど結構あったかい。コレなかったら泣いてたわ」

「じゃあ、私の素敵な男との出会いのために路上販売頑張るわよ~!」



 あ、そうでしたか。だからコスプレにも気合が入ってるってわけだと納得。

 けれどサンタのコスプレのお陰なのか? 例年より売れるペースが早く、小さな子どもなんかはサンタの格好をした二人を見て「可愛いサンタさんだ」なんて無邪気に喜んでくれるものだから、毒気を抜かれた気分だ。



(店長、あんなに嫌がってごめんなさい)



 夕方とはいえ外はもうすっかり闇に包まれている。だが今日はクリスマス、街のイルミネーションの明るさが暗さを全く感じさせない。赤、黄、青、緑、白、キラキラ光る電飾たちは店の前を歩く人々の顔を明るく照らす。もちろん笑顔じゃない人だっている。そんな人達にこそシュガーベールのケーキを食べて笑顔になってほしい。「クリスマスケーキいかがですかー?」と大きな声を張り上げた。

 時刻は夜の七時、あと十個のホールケーキが残っている。これが売り切れれば今日の仕事は無事に終わりだが、売れなければ売れるまで終わらない。いくらヒーターがあるとはいえ寒くて地獄のような時間だ。



「寒いっ! 早く終わりにしたい! もうイケメンも運命の出会いも何も無いじゃない。前を歩く幸せそうなカップル……滅亡してしまえばいい……」

「あ、綾乃……」



 寒さで思考回路まで凍結されつつあるようだ。でも、言ってる気持はよく分かる。今日洸夜と会うはずなのだがいつも通りなんの連絡もない。日和は自分から連絡しようか悩み、一度はスマホを手に取ったが一旦止めた。



(仕事が終わってから連絡してみよう……)

一途な淫魔の執着愛〜俺はお前しか抱かない〜

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