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大聖堂の鐘が鳴り、結婚を祝う鐘の音が王都中に響いた。

アレシュ様に事情を説明する隙は少しもなかったけれど、侍女たちはおとなしくなった。

なぜなら、私に毒薬が効かなかったからである。


――わずかだったけど、仕返しに毒を盛られた。


「生きていればいいだけですからね」

「そうそう。動き回れない程度に弱っていただいたほうが、好都合」


なんて、侍女たちが話していたけれど、私は毒も美味しくいただいていた。


「今日のお茶は少し苦めですね。もしかして、これ、草の根っこ……痺れなどが起きる毒成分を含んだ植物。花は紫色。繁殖力が高く、どこの野原にでも手に入れることができる花ですね」


飲んだだけで、毒成分を分析する私を侍女たちは、まるで化け物でも見るかのように眺めた。


「こちらのスープには、茎に毒があるという赤い花。内臓を弱らせ、めまいなどの症状が現れるんですけど、意外とこの苦みが癖になるんです(良い子は真似しないでください)」


スラスラと毒薬をあててしまう私に、侍女たちは震えあがった。


「なぜ、おわかりになられるのですか!」

「さあ、どうしてかしら? 幽閉生活の間、色々食べてみたせいでしょうか?」


なんだか、食い意地が張っているみたいで、恥ずかしくなって照れてしまった。


「照れるところじゃありませんけど!?」

「あっ! そうですよね」


この能力は食料を見分けるのに、とても役立ってくれた。


――不死身の皇女。


呪われた皇女と呼ばれていたはずが、いつの間にか侍女たちにそう呼ばれて、恐れられていた。


「これはもう、川にドボンしかないですよ!」

「崖からドーンはどうでしょう?」


侍女たちは私の殺害方法を相談する。


「あの、私がいないところで、相談してもらっていいですか? なんだか、複雑な心境です」

「ち、近寄らないでください!」

「私たちを殺すつもりでは!? ラドヴァン様が到着されているんですからねっ!」

「そうです! ラドヴァン様にご相談します!」


侍女はそう言ったけど、お兄様は一度もここへ近づかなかった。

自分が連れてきた兵士と侍女たちに囲まれ、挨拶すらない。

お兄様は自分が疑われないように、私たちと関わらないようにしているのだ。

暗殺が実行された場合、アレシュ様が死ぬ。

そうなった時、お兄様は私たちの独断でやったことと、主張するつもりでいる。


――ロザリエの時と同じです。お兄様はまた嘘をついて、人に罪をなすりつけるんですね。


お兄様は幽閉処分になった私に対して、罪悪感を抱いていた。

だから、二度と卑怯な真似をなさらないと信じていたのに、それがとても残念に思えた。

結局、お兄様はなにも変わらなかったのだ。

皇帝になるためなら、どんな卑怯な手も使う。

私と一緒にいる侍女たちだって、いざとなれば、捨てて逃げる。

お兄様を信じ、帝国のためと思っている彼女たちを裏切って――


「お兄様は到着されているのですか?」

「結婚式に参列なさいますから、当然です」

「ラドヴァン様と一緒にきた侍女たちから、到着したと教えていただきましたから!」


一度も挨拶にこないお兄様をおかしく思っているはずだけど、侍女たちは必死だった。


「なにかあれば、こちらへ駆けつけてくれます!」

「ラドヴァン様が味方ですもの。心強いですわ」


――きっとお兄様は来ないでしょう。


失敗した時は、私と侍女たちを切り捨てるつもりでいる。

私はわかっていても、彼女たちにそれを伝えれなかった。

お兄様を信じたいと思っている彼女たちを傷つけるのは、どうしてもできなかった。

私は黙って自分が着るウェディングドレスを眺め、手に触れる。


「やっぱりドレスは、帝国のドレスですわ」

「これはラドヴァン様がご用意してくださったんですよ」


侍女たちは得意げに語ったけれど、最初の頃の強さはなかった。


「そうですか」


帝国に捨て駒にされたのだと、気づき始めている彼女たちに、厳しい言葉をかけられず、ただうなずいた。

純白のウェディングドレスを身にまとい、レースのヴェールが私を包む。

再び、私を呼ぶように、大聖堂の鐘の音が鳴り響く。


「時間ですね。大聖堂へ向かいましょう」


侍女たちと共に控え室から出る。

大聖堂の前の通路に、アレシュ様が待っていた。

アレシュ様は銀糸と金糸が美しく刺繍された軍服姿で、とても凛々しく見え、私が妻であるのが、申し訳ないくらいだった。


「手をどうぞ」

「ありがとうございます」


彼の腕に手を添えた。

私は本当に帝国から離れ、嫁ぐのだという実感が湧く。

両国の騎士が控え、通路は緊張感が漂っていた。


「シルヴィエ皇女。本日はご結婚おめでとうございます」


そんな中、物怖じせず話しかけてくれたのは、ドルトルージェ王国側の騎士だった。


「ありがとうございます」


帝国側の騎士がにらんでも、気にする様子はなく、無視してアレシュ様のそばに控える。

彼は腕に自信があるのか、堂々としていた。


「せっかくのウェディングドレスなのに、ヴェールで顔が見えないのが残念だ」


アレシュ様は私のヴェールに触れることも、結婚式の誓いの口づけも、両国の話し合いによって禁止されていた。

この条件をのみ、私の結婚が決まったのだから、それに従わなくてはならなかった。

アレシュ様はこれが、帝国側の策略であることを知らない。


――最初から、二人きりになれないように計画されている。


このままだと、初夜になり、私に触れた瞬間、呪いで倒れてしまうだろう。

死か呪いか……

そう思っていると、通路の突き当り、扉の前までたどり着く。

その先は大聖堂の中心、結婚の誓いを行う祭壇がある。

大きな扉が開かれた――


「まあ……!」


大聖堂を見た瞬間、思わず声を上げた。

ドルトルージェの大聖堂は、生き物の彫刻が壁面に描かれ、天井はガラスで覆われ、空が見える。

青く染まった空に、白い鳥が飛び、大聖堂上空を横切る。

絵や彫刻がいっさいない帝国の大聖堂とは違う。

私が知らない物語の絵が描かれ、人間側の服装で、それがとても古い時代のものであることがわかる。


「古い歴史を持つ国だと聞いていたけど、本当に素晴らしい大聖堂ですね!」


私が感動して、天井を見上げていると、アレシュ様が絵の意味を教えてくれた。


「大聖堂の生き物たちは、神々の化身とされる生き物が描かれている。ドルトルージェ王国は、遥か昔、神々と交わした約束を守り続け、国を守ってきた。ここに描かれているのは、そういう意味を持つ絵だ」


アレシュ様は左右の彫刻、絵を眺めながら、さらに語る。


「各地には、神々の|廟《びょう》があり、結婚式の後、その廟を巡ることで、王族の結婚が承認される。ちょっとした新婚旅行になると思うが、病弱ではなさそうだから、大丈夫だな」

「旅行ですか! 私、旅行は初めてです!」


生まれて初めての国外で、さらにその国を旅することができるという。

そんな幸運なことがあっていいのだろうか。


「シルヴィエ様!」


帝国側の騎士から、叱責され、ハッと我に返った。

すっかり病弱設定を忘れ、はしゃいでしまった。

騎士たちが驚き、なにか言おうとしたのを、アレシュ様が手で止める。


「健康なのは見てわかる。なぜ、帝国が病弱だと嘘をつき、皇女を隠していたのかわからない。この結婚は両国の友好のためだ。それを忘れないでいただきたい」


アレシュ様の言葉に、帝国側の騎士たちは黙り、その立派な姿に、ドルトルージェ王国の騎士たちは微笑んだ。

そもそも、畑仕事で鍛えられた私、毒薬を飲んでも分析できて、無効化してしまう私。


――帝国の病弱設定に無理があるんですよ!


そう叫びたかったけど、我慢した。

大聖堂は荘厳な雰囲気で、結婚式の参列者たちは、粛々としている。

こんな雰囲気の中で叫べる人などいない。

祭壇画近づくと、騎士たちは足を止め、両側に並ぶ、

目の前に並ぶのは、それぞれの神に仕える大司教たち。

風の神、水の神……と、順番に大司教たちの祝福を受ける。


「ドルトルージェ王国には、色々な神々がいらっしゃるんですね」

「ああ、そうか。帝国は光の女神を信仰しているんだったな。ドルトルージェ王国では、生まれた時に神々から祝福を受ける。俺は生まれた時に、風の神の加護を受けた。だから、風の神の大司教が取り仕切る」


大司教様が祝いの|詞《ことば》を紡ぐ間、どこからか鷹が現れ、アレシュ様の肩に止まった。

そして、気のせいでなければ、鷹は私を見ていた。

帝国でも何度か目にしたことがある鷹。

いつもやってくる小鳥たちとは違い、高い空を飛んでいた。

一瞬、なにか思い出しかけたのに、それを思い出す前に、アレシュ様が私の手を取った。

それは、予定外の行動だった。


「シルヴィエ皇女を幸せにすると、風の神に誓う」


突然、アレシュ様が宣言した。

誓いの言葉はないと聞いていたのに、それを破ってのことで、場がざわつき、緊張が走る。

でも、アレシュ様はまったく気にする様子はなく、いたずらっ子のように笑った。

ドルトルージェ王国側から、拍手が起こり、レグヴラーナ帝国側も渋々拍手をする。

アレシュ様の行動によって、両国が認める結婚であるという空気になった。


「おめでとうございます!」

「おめでとう!」


ドルトルージェ王国側の席から、祝福の声が上がる。

それも、最初にお祝いしてくれたのは、国王陛下と王妃様、第二王子のシュテファン様だった。

この状況を面白く思っていないのか、ラドヴァンお兄様。

微笑んでいたけれど、目は冷たく、結婚を祝いに来たとは思えない態度を見せていた。


「シルヴィエ皇女。結婚式が終わったので、シルヴィエと呼んでも?」


お兄様とは真逆のアレシュ様の明るい声は、暗さを吹き飛ばした。


「ええ。もちろんです」

「シルヴィエ。結婚式の後は、パーティーがある。また後で会おう」


そう言って、アレシュ様は私の手の甲に口づけた。

大きなざわめきが起きても、アレシュ様は堂々とした態度で、最後まで私をエスコートし、聖堂の外まで連れていく。

手袋越しに感じるアレシュ様の手が、温かく大切なものに思えた。


――でも、本当の夫婦にはなれない。


アレシュ様は風の神から祝福を受けているけど、私は神から呪われた身。

敵国からの求婚でなければ、皇宮から出ることも叶わなかったのだ。

多くを望んではいけない。

帝国から出られたことも、結婚式ができたことも、楽しかったお茶会だって、私には十分すぎるくらいの幸せだった。

だから、私を呪った神様。


――どうか、アレシュ様を殺さないでください。


私の願いはそれだけだった。

呪われた皇女の結婚~敵国に嫁がせていただきありがとうございます!~

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