コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
大聖堂の鐘が鳴り、結婚を祝う鐘の音が王都中に響いた。
アレシュ様に事情を説明する隙は少しもなかったけれど、侍女たちはおとなしくなった。
なぜなら、私に毒薬が効かなかったからである。
――わずかだったけど、仕返しに毒を盛られた。
「生きていればいいだけですからね」
「そうそう。動き回れない程度に弱っていただいたほうが、好都合」
なんて、侍女たちが話していたけれど、私は毒も美味しくいただいていた。
「今日のお茶は少し苦めですね。もしかして、これ、草の根っこ……痺れなどが起きる毒成分を含んだ植物。花は紫色。繁殖力が高く、どこの野原にでも手に入れることができる花ですね」
飲んだだけで、毒成分を分析する私を侍女たちは、まるで化け物でも見るかのように眺めた。
「こちらのスープには、茎に毒があるという赤い花。内臓を弱らせ、めまいなどの症状が現れるんですけど、意外とこの苦みが癖になるんです(良い子は真似しないでください)」
スラスラと毒薬をあててしまう私に、侍女たちは震えあがった。
「なぜ、おわかりになられるのですか!」
「さあ、どうしてかしら? 幽閉生活の間、色々食べてみたせいでしょうか?」
なんだか、食い意地が張っているみたいで、恥ずかしくなって照れてしまった。
「照れるところじゃありませんけど!?」
「あっ! そうですよね」
この能力は食料を見分けるのに、とても役立ってくれた。
――不死身の皇女。
呪われた皇女と呼ばれていたはずが、いつの間にか侍女たちにそう呼ばれて、恐れられていた。
「これはもう、川にドボンしかないですよ!」
「崖からドーンはどうでしょう?」
侍女たちは私の殺害方法を相談する。
「あの、私がいないところで、相談してもらっていいですか? なんだか、複雑な心境です」
「ち、近寄らないでください!」
「私たちを殺すつもりでは!? ラドヴァン様が到着されているんですからねっ!」
「そうです! ラドヴァン様にご相談します!」
侍女はそう言ったけど、お兄様は一度もここへ近づかなかった。
自分が連れてきた兵士と侍女たちに囲まれ、挨拶すらない。
お兄様は自分が疑われないように、私たちと関わらないようにしているのだ。
暗殺が実行された場合、アレシュ様が死ぬ。
そうなった時、お兄様は私たちの独断でやったことと、主張するつもりでいる。
――ロザリエの時と同じです。お兄様はまた嘘をついて、人に罪をなすりつけるんですね。
お兄様は幽閉処分になった私に対して、罪悪感を抱いていた。
だから、二度と卑怯な真似をなさらないと信じていたのに、それがとても残念に思えた。
結局、お兄様はなにも変わらなかったのだ。
皇帝になるためなら、どんな卑怯な手も使う。
私と一緒にいる侍女たちだって、いざとなれば、捨てて逃げる。
お兄様を信じ、帝国のためと思っている彼女たちを裏切って――
「お兄様は到着されているのですか?」
「結婚式に参列なさいますから、当然です」
「ラドヴァン様と一緒にきた侍女たちから、到着したと教えていただきましたから!」
一度も挨拶にこないお兄様をおかしく思っているはずだけど、侍女たちは必死だった。
「なにかあれば、こちらへ駆けつけてくれます!」
「ラドヴァン様が味方ですもの。心強いですわ」
――きっとお兄様は来ないでしょう。
失敗した時は、私と侍女たちを切り捨てるつもりでいる。
私はわかっていても、彼女たちにそれを伝えれなかった。
お兄様を信じたいと思っている彼女たちを傷つけるのは、どうしてもできなかった。
私は黙って自分が着るウェディングドレスを眺め、手に触れる。
「やっぱりドレスは、帝国のドレスですわ」
「これはラドヴァン様がご用意してくださったんですよ」
侍女たちは得意げに語ったけれど、最初の頃の強さはなかった。
「そうですか」
帝国に捨て駒にされたのだと、気づき始めている彼女たちに、厳しい言葉をかけられず、ただうなずいた。
純白のウェディングドレスを身にまとい、レースのヴェールが私を包む。
再び、私を呼ぶように、大聖堂の鐘の音が鳴り響く。
「時間ですね。大聖堂へ向かいましょう」
侍女たちと共に控え室から出る。
大聖堂の前の通路に、アレシュ様が待っていた。
アレシュ様は銀糸と金糸が美しく刺繍された軍服姿で、とても凛々しく見え、私が妻であるのが、申し訳ないくらいだった。
「手をどうぞ」
「ありがとうございます」
彼の腕に手を添えた。
私は本当に帝国から離れ、嫁ぐのだという実感が湧く。
両国の騎士が控え、通路は緊張感が漂っていた。
「シルヴィエ皇女。本日はご結婚おめでとうございます」
そんな中、物怖じせず話しかけてくれたのは、ドルトルージェ王国側の騎士だった。
「ありがとうございます」
帝国側の騎士がにらんでも、気にする様子はなく、無視してアレシュ様のそばに控える。
彼は腕に自信があるのか、堂々としていた。
「せっかくのウェディングドレスなのに、ヴェールで顔が見えないのが残念だ」
アレシュ様は私のヴェールに触れることも、結婚式の誓いの口づけも、両国の話し合いによって禁止されていた。
この条件をのみ、私の結婚が決まったのだから、それに従わなくてはならなかった。
アレシュ様はこれが、帝国側の策略であることを知らない。
――最初から、二人きりになれないように計画されている。
このままだと、初夜になり、私に触れた瞬間、呪いで倒れてしまうだろう。
死か呪いか……
そう思っていると、通路の突き当り、扉の前までたどり着く。
その先は大聖堂の中心、結婚の誓いを行う祭壇がある。
大きな扉が開かれた――
「まあ……!」
大聖堂を見た瞬間、思わず声を上げた。
ドルトルージェの大聖堂は、生き物の彫刻が壁面に描かれ、天井はガラスで覆われ、空が見える。
青く染まった空に、白い鳥が飛び、大聖堂上空を横切る。
絵や彫刻がいっさいない帝国の大聖堂とは違う。
私が知らない物語の絵が描かれ、人間側の服装で、それがとても古い時代のものであることがわかる。
「古い歴史を持つ国だと聞いていたけど、本当に素晴らしい大聖堂ですね!」
私が感動して、天井を見上げていると、アレシュ様が絵の意味を教えてくれた。
「大聖堂の生き物たちは、神々の化身とされる生き物が描かれている。ドルトルージェ王国は、遥か昔、神々と交わした約束を守り続け、国を守ってきた。ここに描かれているのは、そういう意味を持つ絵だ」
アレシュ様は左右の彫刻、絵を眺めながら、さらに語る。
「各地には、神々の|廟《びょう》があり、結婚式の後、その廟を巡ることで、王族の結婚が承認される。ちょっとした新婚旅行になると思うが、病弱ではなさそうだから、大丈夫だな」
「旅行ですか! 私、旅行は初めてです!」
生まれて初めての国外で、さらにその国を旅することができるという。
そんな幸運なことがあっていいのだろうか。
「シルヴィエ様!」
帝国側の騎士から、叱責され、ハッと我に返った。
すっかり病弱設定を忘れ、はしゃいでしまった。
騎士たちが驚き、なにか言おうとしたのを、アレシュ様が手で止める。
「健康なのは見てわかる。なぜ、帝国が病弱だと嘘をつき、皇女を隠していたのかわからない。この結婚は両国の友好のためだ。それを忘れないでいただきたい」
アレシュ様の言葉に、帝国側の騎士たちは黙り、その立派な姿に、ドルトルージェ王国の騎士たちは微笑んだ。
そもそも、畑仕事で鍛えられた私、毒薬を飲んでも分析できて、無効化してしまう私。
――帝国の病弱設定に無理があるんですよ!
そう叫びたかったけど、我慢した。
大聖堂は荘厳な雰囲気で、結婚式の参列者たちは、粛々としている。
こんな雰囲気の中で叫べる人などいない。
祭壇画近づくと、騎士たちは足を止め、両側に並ぶ、
目の前に並ぶのは、それぞれの神に仕える大司教たち。
風の神、水の神……と、順番に大司教たちの祝福を受ける。
「ドルトルージェ王国には、色々な神々がいらっしゃるんですね」
「ああ、そうか。帝国は光の女神を信仰しているんだったな。ドルトルージェ王国では、生まれた時に神々から祝福を受ける。俺は生まれた時に、風の神の加護を受けた。だから、風の神の大司教が取り仕切る」
大司教様が祝いの|詞《ことば》を紡ぐ間、どこからか鷹が現れ、アレシュ様の肩に止まった。
そして、気のせいでなければ、鷹は私を見ていた。
帝国でも何度か目にしたことがある鷹。
いつもやってくる小鳥たちとは違い、高い空を飛んでいた。
一瞬、なにか思い出しかけたのに、それを思い出す前に、アレシュ様が私の手を取った。
それは、予定外の行動だった。
「シルヴィエ皇女を幸せにすると、風の神に誓う」
突然、アレシュ様が宣言した。
誓いの言葉はないと聞いていたのに、それを破ってのことで、場がざわつき、緊張が走る。
でも、アレシュ様はまったく気にする様子はなく、いたずらっ子のように笑った。
ドルトルージェ王国側から、拍手が起こり、レグヴラーナ帝国側も渋々拍手をする。
アレシュ様の行動によって、両国が認める結婚であるという空気になった。
「おめでとうございます!」
「おめでとう!」
ドルトルージェ王国側の席から、祝福の声が上がる。
それも、最初にお祝いしてくれたのは、国王陛下と王妃様、第二王子のシュテファン様だった。
この状況を面白く思っていないのか、ラドヴァンお兄様。
微笑んでいたけれど、目は冷たく、結婚を祝いに来たとは思えない態度を見せていた。
「シルヴィエ皇女。結婚式が終わったので、シルヴィエと呼んでも?」
お兄様とは真逆のアレシュ様の明るい声は、暗さを吹き飛ばした。
「ええ。もちろんです」
「シルヴィエ。結婚式の後は、パーティーがある。また後で会おう」
そう言って、アレシュ様は私の手の甲に口づけた。
大きなざわめきが起きても、アレシュ様は堂々とした態度で、最後まで私をエスコートし、聖堂の外まで連れていく。
手袋越しに感じるアレシュ様の手が、温かく大切なものに思えた。
――でも、本当の夫婦にはなれない。
アレシュ様は風の神から祝福を受けているけど、私は神から呪われた身。
敵国からの求婚でなければ、皇宮から出ることも叶わなかったのだ。
多くを望んではいけない。
帝国から出られたことも、結婚式ができたことも、楽しかったお茶会だって、私には十分すぎるくらいの幸せだった。
だから、私を呪った神様。
――どうか、アレシュ様を殺さないでください。
私の願いはそれだけだった。