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「ー病める時も健やかなる時も

喜びの時も悲しみの時も

富めるときも貧しい時も…

これを愛し、敬い 慰め合い 共に助け合い

その命ある限り真心を尽くすことを

誓いますか?」

幼い頃から憧れていた、私が主役の結婚式。いつか、自分が心から愛した人と、こうやって結ばれるんだって思っていた。

でも。

私の目の前にいるこの人は、私が心から愛した人じゃない。私の目の前で微笑むこの人を、心から愛おしいと、思ったことなんてない。

でも、これがみんなの望むことなら。それがみんなにとって都合のいいことなんだから。

私はーこのままでいいんだ、きっと。




私は、どこにでもいる普通の村娘だった。幼馴染の一歌ちゃん、咲希ちゃんと志歩ちゃん、家族や村のみんながいて、平凡で、幸せな毎日を過ごしていた。それが急に変わってしまったのは、出稼ぎに行った城下町での出会いがきっかけだった。

「君、名前は?」

「…え?」

いつものように街を歩いていたとき、ふと声をかけられて振り返った。その先にいたのは、いかにも高貴そうな、洒落た服に身を包んで、その後ろに数人の従者らしき者を連れた青年だった。聞けば彼は、この城下町を見下ろすようにそびえ立つ城に住まう『王子様』らしい。

向かい合った私をじろじろと上から下まで眺めたあと、「王子様」は少し間を置いてこう言った。

「出身はどこだい?」

「え?えっと……ここから少し離れた辺りにあるーー村…です…。でもどうして…?」

「ふむ…。実は…」

「君に一目惚れしてしまった。良ければ僕の妃になってくれないか?」

そのまま私の手の甲にキスを落とす。ぽかんと口をあけたまま状況を飲み込めずにいた私は、ようやくその意味を理解してはっとした。

「っわ、わたしが……???」

「ああ。君にとっても悪い話ではないだろう。なんせ、僕はいずれこの国を治める王になる。今からずっと君に不自由はさせないし、望むものは何でも与えよう。」

「え、えっと……」

「それに、君へのメリットはこれだけじゃない。…君の村は最近不作によって収入が安定していないようだ。君が僕と婚姻を結んでくれると言うなら、僕は父上の反対を押し切ってでも、君の村を支援しよう。」

「…!」

確かに、彼が言うように、村は最近農作物の出来が悪く、村人のほとんどが生活に苦労している。私の家は農作物とはあまり関係がない裁縫を仕事としているが、客足も減り、今まさにその影響を受け始めているところだ。

今後どれくらいこの不作が続くか分からない。もしかすると来年には元通りかもしれないし、最悪の場合ずっとこのままかもしれない。そうしたら、村の人達はどうなるんだろう。でも、国からの支援があればそんな不安をせずとも、不便のない最低限の生活、いやそれ以上の生活は確保できるのだ。私が今、ここで彼の申し出を受ければ。こんなチャンスはない。けれどやはり、これは一人で考えるには荷が重すぎる。熟考した後、穂波はようやく口を開いた。

「…一度戻って、村の者と話し合うことは、可能でしょうか。」

「ああ、勿論。君が前向きに検討してくれる事を祈っている。明後日の朝に村まで迎えに行くから、それまでに決めておいてくれ。」

「…承知、いたしました。」

では、と踵を返して去っていく彼の後ろ姿を見送りながら、ぼうっと考えていた。私の結婚は、確かに村のためになる。でも……

「私は……それでいいのかな……。」




「「求婚された?!?!」」

村に帰ってすぐ、穂波が向かったのは、いつも幼馴染の3人と集まる、小さな井戸の前だった。

「そ、そうなの…街で出会って急に……」

「何それ。怪しくない?」

志歩がすぐに顔を顰めて言う。

「ううん、すごく品があって、いい人そうだったよ。それに……」

「それに?」

「…私が妃になったら、この村に沢山支援をしてくれるって。」

「それって、村を人質に結婚を迫ってるんじゃないの?遠回しの脅迫だよ。」

「………。」

「ともかく、村のことは置いておいて、穂波が納得しない結婚なら、私は反対。」

「アタシも!だって結婚しちゃったら、ほなちゃんはお城に行っちゃうんでしょ?!アタシさみしーよー!!」

「私も。……って、ごめん、穂波の気持ち、ちゃんと聞いてなかったよね。」

そう言ってから3人が、穂波の顔を見て問う。

「穂波、どうなの?結婚、したいか、したくないか。」

問い詰められて、言葉に詰まる。

「わたしは……」

「何の話をしてるのかしら。」

「?!」

背後からかけられた声に、全員肩を跳ねさせて振り向いた。そこに立っていたのは、ずる賢いと噂の村長だった。

「そ、村長、」

「ふふ、ごめんなさいね。勝手に話を聞かせてもらったわ。」

そう言って村長が、穂波の元へ歩み寄る。少し上がった口角を見て、何を言おうとしているのか察した志歩は、思わず声を荒らげた。

「村長!!勝手にー…」

「ごめんなさいね。穂波と話があるの。」

帰ってくれるかしら、と冷めきった目で見つめられ、3人はつい、じり、と一歩後退した。

「ねえ穂波。」

次はその冷めきった目が、穂波に向けられた途端、胡散臭い笑顔に変わる。

「よくやってくれたわね。とても誇らしいわ。」

「え、」

「貴方のお陰で、私たち村人の生活は安泰よ。本当にありがとう。」

村長は申し出を受ける前提で話を進める。そんな村長に反抗しようと口を開いた。

「わ、わたし、まだ決めてー……」

「…穂波」

「……っ」

瞬間、背筋も凍るような低い声で、囁かれる。

「正しい判断 をするのよ。」

「…わたし、は……」

みんなが生活に困ることだって無くなるんだ……私が、私一人が、我慢するだけ。

「……いい子ね。」

反抗をやめ黙りこくった穂波を見て、村長はまた胡散臭い笑みを浮かべた。

「穂波!!そんな人の話なんか…っ!!」

「村のことなんて、穂波が気にする必要ない!」

「ダメだよほなちゃん!!」

「貴方達はもう帰りなさい。穂波はこれから支度で忙しいの。」

「でも……っ!!」

「大丈夫だよ、みんな。私、行ってくるね。」

「「穂波!!」」

「ほなちゃん!!」

必死に止めようとする3人をかわして背を向ける。これでいいんだって自分に言い聞かせながら。




城に向かう準備は、家に着いてすぐ行われた。両親は私の結婚を聞いて喜んだり泣いたり心配したりと忙しかった。村に城から迎えが来るのも、そう遅くはなかった。

「……君なら応じてくれると思っていたよ。」

「…貴方の妻となれること、とても光栄に思います。」

迎えの馬車で、心にもないことを言ってみて、少し可笑しな気持ちになってしまった。見送りに来たみんなを見て、どんな顔をしたらいいか分からない。揺れる馬車の中、上質なソファにもたれかかり、ひたすらに足元を眺めていた。




「ほなちゃん、ホントに行っちゃった……っ、大丈夫って言ってたけど……」

「…穂波、ずっと元気なかった……」

一歌と咲希が若干涙を浮かべてぽつりぽつりと話す。しばらくの沈黙の後、志歩が口を開いた。

「……私、穂波を連れ戻しに行く。」

「……え?」

予想外のその言葉に、2人は唖然とした。

「つ、連れ戻すって………どうやって、」

「何かしら方法はある……ううん、何をしてでも、穂波を……」

その志歩の決意の固さに、一歌も咲希も、生唾を飲み込んだ。そして志歩に圧倒されてか、咲希が恐る恐る言う。

「……それなら、アタシ、考えがあるよ。」

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