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幼い頃から目にしてきた、黒海。
その名の通り黒い。
炭のような色で、海はどこまでも遠くへ広がっている。
黒海に出た者は、誰一人帰ってこない。
そんな、曰く付きの海。
第1話 伝説
…童話【黒海と白海】
とある海沿いの村に、1人の娘が住んでいました。
娘は隣の村の青年と婚約の約束を交わしておりました。
しかし、青年には他に好きなひとがいました。
婚約は両家の家長が定めたものであり、余程のことがなければ逆らえません。
そこで青年は、娘に足枷をつけ海に沈めました。
娘が青年を恨み、心の闇は海に広く溶けてしまいました。
黒く染った海は、全てを消してしまいました。
船は黒き手が沈め 、泳ぎに入った者は、高く波が呑みこみました。
遠い世界の白海では、娘の慈愛の心により黒海で消えた者が現れました。
善良であり賢い者は、黒海に近づくなかれ。
というのが、村で言い聞かせられてきた伝説である。
こんな愛憎劇を幼い子に言い聞かせるのはどうかしているが、おかげで海に近づく者はいない。
何故か。
それは、私の住む村がある近くには、伝説同様黒の海が確かに存在しているからだ。
そう、伝説では無い。あの海は確かにある。人が消えるというのも正しい。
父がその身をもって知らせてくれた。
ノアは家からこっそり抜け出していた。
目線の先にあるのは、幼い頃から見てきた海。適当な説明だと思われるかもしれないが、その海は黒い。
ただただ黒い。
ひと掬い手に取ってみても、純黒は確かにそこにある。
(冷たい。)
人の気配がして、ノアは立ち上がった。
「ノア、海に寄るなと言っているだろう。」
「…うるさいな。あんたには関係ないだろ。」
「はあ…」
ため息をつくのは、ノアの叔父、ルイスである。
「メイスがお前を探してるぞ。」
「別にどうでもいい。」
「お前が黒の海に入り浸ってる事を知ったら、メイスはとうとう狂うぞ。」
「…分かってる。」
(めんどくさ…)
ルイスがノアのマントを引っ張るので、渋々ノアは家に帰った。
「ノア!!」
「…母さん、ただいま。」
「もう、どこに行ってたの…?お父さんが帰ってきちゃうわ。ビールを買ってきてくれる?」
「うん」
「私は久しぶりに鶏肉料理でも振る舞いましょうかね。あの人、好きだものね。」
「そうだね。」
「あ、林檎も買ってきてちょうだい。はい、お小遣い。」
「ありがとう。」
「お兄さま、ついて行ってあげて。」
「分かったよメイス。あんまり無理はするなよ。」
「分かってますよ。」
帰るなり銀貨を握らされ、家から追い出される。このくだりも、もう
何十回目だろう。
「さ、今日はどこで暇つぶしする?」
「決まってんだろ。」
ノアは暗い気分で村にたった一つの酒場へ向かった。
(きっと母さんはもう治らない。)
「父さんはもう死んだのに。」
「…。」
「いつまでああやって現実逃避してるんだ。俺だって、もう疲れた。」
「しょうがないだろ。…死ぬまで付き合ってやんのが、俺らの役目さ。メイスまで死んだらお前、寂しいだろ。」
(ーもう、母親やってた頃の母さんなんて忘れたけど。)
父はノアが丁度10歳の年、黒海へ足を踏み入れ消えてしまった。 帰ってきたのは船の残骸だけ。
いわゆる、消息不明、というやつである。
その日を境に、母は帰ってくるはずのない父のために料理を振る舞う。
酒と林檎を買うようノアに言う、そんな毎日が、今日まで続いている。
「…ノア、誕生日おめでとう。」
「あー…もうそんな時期。」
「メイスもノアほっぽってなあ。」
「気にしてないし。」
そっぽを向いたノアの頭を、ルイスががしゃがしゃと撫でた。
「な、なんだよ!」
「よしよし、今日は俺が奢ってやるからな。なんでも好きな物頼めよ」
「誕生日なんてどうでもいいし…」
ノアは気に食わない様子だったがルイスが引っ張っていった。