リードをシロの首輪につけ、昨日座っていた石階段の前で立ち止まる。
50段はあろうか、目の前には細い石階段が下の鳥居まで続いている。
その先には道路がまっすぐに伸びており、その昔はこの老松神社 (おいまつじんじゃ) の参道であろうことが窺えた。
(いつも通っていたあの道は参道だったのか。今はごく普通の道路だから全然気づかないよな)
さて、散歩に出るのはいいけど何処をまわろうかな?
「天気はいいみたいだね。シロはどっちに行きたい?」
『みえる、やま、いく、からす、たのしい、はやく』
カラスが何とかって……。
たしか、起きがけにも同じようなことを言ってなかったか?
シロが尻尾を振りながら見つめている方角を俺も一緒に見やる。
「…………!?」
あっ! もしかして、あの鉄塔がたっている山のことを言ってるのかな。
シロを飼っていた頃だから……、かれこれ40年程前になるかな。
当時、住んでいた家の側に鴻巣山 (こうのすやま) という100m程の小高い山があった。
住宅地の中にあるその山には誰もが手軽に散策できるようにと、山の中腹から遊歩道が整備されていた。
当時、高校生だった俺はシロを連れてよく散歩にいったものだ。
そういえば、シロがいうようにカラスの住処にもなっていたよね。
懐かしいな~。
じゃあ、鴻巣山まで行ってみようか。
俺はシロを連れ石階段を一気に駆けおりた。
結界で身を隠しながら、車の少ない朝の道路を目的地に向かって疾走する。
(おお、もう着いたか)
時間にして3分程だったか、俺たちは遊歩道の入口に到着した。
自動車を使っても10分以上かかる距離である。
懐かしい鴻巣山をシロと一緒に歩いていく。
(ここは当時のまま、何も変わってないんだなぁ~)
山と自然を満喫しながら、ぐるりと一周まわって麓の広場まで下りてきた。
今から神社に戻るわけだが、試しに魔法を使ってみるか。
――トラベル!
ん、あれれっ、戻ってこれたぞ。 使えるじゃん、トラベル!
それならばと、
………………
そのあと何度も試してみたが、やはりあちらの世界には帰れなかった。
――なんでだよ!?
考えられることは、【トラベル!】以外の方法でこちらに転移してきたのか? それとも、単に魔力が足りていないだけなのか?
「……………………」
まっ、いっかぁ! あとで考えよう。
「ただいまー!」
玄関の引き戸をあけ、借りたリードはとりあえず靴箱の上に置いておく。
シロには浄化をかけさせ玄関から家にあがった。
台所からはトントントントン、包丁まな板の小気味良い音が響いてくる。
ああ、日本の朝って感じだな。
「今戻りました!」
「うん、おかえり」
居間へ顔を出すと、茂さんは新聞を広げていた。
そういえば、この家ってテレビがないよなぁ。珍しい。
まあ、テレビがあると家族の会話が減るとか、受験生がいるからとか、理由は様々あるらしいけど。
――まったく違いましたぁ。
先週、古いテレビが壊れて映らなくなってしまったそうだ。
すぐに買い替える予定だったが【夏越の祓】などで忙しくなり、それで後回しになっているのだとか。
「今日はほら、例の件で外に出るだろう。その時一緒に見てこようかと思っているんだけどね」
例の件とは質屋のことだね。
みんなで朝食をいただく。
楽しくお喋りしながらの食事だが、話題はやはり異世界のことだ。
紗月 (さつき) ちゃんは昨日からスイッチが入りっぱなしのようで、
「モフモフはどうなっているんですか? 亜人が居たりするんですか?」
「うん、モフモフとは何を指しているのか分からないけれど、亜人だったら居るよ。うちの国は差別が少ないから町中にも結構いる感じかなぁ」
「俺が出会った者をあげると、エルフだろう、ドワーフだろう、それに龍人族・犬人族・猫人族・熊人族・狼人族だな」
「えっと、それで顔のつくりはどっちのタイプですか?」
(んん、どっちのタイプ?)
あぁ~、そゆことね。
「顔のつくりは人間よりだよ。中にはケットシーというのがいて妖精種なんだが、姿はデカい猫だったなぁ」
「写真とかないんですか? インスタとかは?」
「おいおい、向こうにはカメラもスマホもないんだぞぉ。それにインスタってなんだー?」
そうだね。戻れた時にはビデオカメラやチェキなんかを持っていくのも面白いかもね。
しかし電気がないんだよな~。
ソーラー発電機や水力発電機などがあれば、ちょっとした家電や電池の充電ぐらいはできるのかな。
結構お金は掛かりそうだけど……。
「そーなんですね。いいな~。ゲンさんだけズルいです!」
「そう言われてもなぁ……。じゃあ気軽に行けるようになったら、連れていってあげるよ」
「ホントですかぁ、やったー! 言質とりましたからね!」
「ああ、だけど、お父さんの許可をもらわないとダメだからね」
「ええー、マジですか~」
朝食を終えると、茂さんは用事があるとかで車に乗って出かけていった。
腹ごなしに木剣でも振ってみるかな。
シロを連れて外に出た俺は、邪魔にならないよう境内の端の方で素振りをはじめた。
すると、しばらくして玄関から巫女服に着替えた紗月ちゃんが姿をあらわした。
そのまま社務所へ入ったかと思ったら、中を通って隣りの授与所に出てきた。
前のサッシ窓を開け、空気の入れ替えをおこなっているようだ。
埃避けで掛けていた白布を取り去り、お札やお守りをキッチリと並べ直していく。
(神社の仕事も大変だよなぁ)
掃除にしても、一人でやってたら結構な時間が掛かるんじゃないか。
まあ、朝の境内の掃除は近所の人達も手伝ってくれているようだけど……。
木剣での素振りを終えた俺は、それとなく授与所の方をぼーっと眺めていた。
すると、俺と目があった紗月ちゃんがおいでおいでと手招きしている。
んっ、何だろう? 近寄ってみると、
「どうぞお納めください」
紗月ちゃんは手に持ったお守りを俺に渡してきた。
「これは?」
「お守りです!」
いやいやいや、それはわかっているんだけど、これって縁結びのお守りだよねぇ。
「ゲンさんが昨日仰っていた異世界とのご縁がありますように。そして、早くあちらへ戻れますように……、です」
――なんて、ええ娘 (こ) や!
「ありがとう。大切に持っておくよ」
「神社のお守りには神様のお心が宿っていらっしゃいます。ですから、数えるときは一つ、二つや1個、2個ではなく、 ”一体、二体” と数えるのが正しいんですよ。ですから、お守りをお渡しする際も “どうぞお納め下さい” といった言い方になるんです」
紗月ちゃんは笑顔で教えてくれた。
なるほどね、お守りは一体、二体か……。覚えておくとしよう。
「俺もシロも こうしてご厄介になっているんだから、力仕事なんかあったらどんどん言ってよね。何だって手伝うから」
しばらくすると茂さんが戻ってきたので、昼食を済ませてから町へ出かけることになった。
まず、質屋をまわってみたのだが、その辺の質屋ではダメなようだ。
換金できないのではなく、金の地金を鑑定に出す必要があるので時間がかかってしまうのだ。
『急ぎなら、大きな宝飾店や専門に扱う店に持ち込んでみては』
と、お店の人が教えてくれた。
そういうことなら……。
以前 (生前) 利用したことがあるお店が【天神】にある。
すこし遠いが、そちらに向かってもらうことにした。
天神はデパートや商業施設が建ち並ぶ福岡で一番の繁華街である。
ジャージにサンダルという格好が、すこし恥ずかしかったのだがこの際しかたがない。
車を地下の駐車場に止め、新天町 (商店街) へ入っていった。
目的の店は現在もそこに存在していた。
――よかった。
以前といっても、こちらの時間で10年以上経っていたので、お店があるかどうか心配だったのだ。
店内に入り、地金の買取りをお願いした。
すると、材質鑑定で少し削ることを承諾させられ、1時間半ほど時間をいただきたいとのこと。
俺は茂さんの顔を伺った。
「そのくらいなら、ぜんぜん問題ないよ」
茂さんは大きく頷くと、笑顔で了承してくれた。
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