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“了解です”
たった一言だけ返信をした。
二日間も何も言ってこなかったのでまさか本当にデートする気だとは思っていなかった。メールがきて少し驚いた。本気だったんだ、と。
スッと立ち上がり寝室にあるクローゼットを開け服を見渡すがデートに着ていくような服がない事に気がついてしまった。
もうここ何年もデートと言うものをしていない。
基本パンツスタイルなので女子っぽいフワフワしたスカートなんて一枚も持っていなかった。
自分の恋愛から遠ざかりすぎていた生活に今更愕然とする。
(でもまぁ相手は松田くんだし……気にする事ないか)
そっとクローゼットを閉め、ベットにドサっとダイブしスマホを充電器に刺す。何事もなく明日が終わりますように……そんな事を考えながらいつの間にか眠っていた。
「んんっ……」
カーテンの隙間から朝の光が差し込む。
グーっと一度背伸びをしカーテンを開け、日の光をあび、朝を確認する。
時間を確認すると七時少し前。
休日はアラームをかけないが今日はいつもより身だしなみを整えるのに時間がかかりると思いアラームを七時にセットした。アラームより早く起きたのは多分今日をかなり意識しているからだろう。相手は松田くんだがデートと言うワードが自分の残り少なかったであろう女の部分が少しでもお洒落をしようと思わせる。
スマホを手に取り『秋 大人デート服』と検索し画像をスクロールしまくる。似たような服があったのでデニムのハイウェストパンツにブラウンのレースタンクトップをインし、ベージュの薄いロングカーディガンを羽織る。足元はベージュのパンプスにした。
会社ではいつもポニーテールだが今日は髪を下ろし丁寧に巻き上げハーフアップにまとめる。
化粧は……いつも通り。
約束の十時まであと三十分。
鞄の中身を何度もチェックし、ソワソワしながら何度もスマホを覗いてしまう。
(べ、別に楽しみにしてるわけじゃないのに)
”着きました”
九時五十五分、約束の時間の五分前。
スマホを鞄にしまい急いでパンプスを履き玄関を出ると目の前の道路に一台の白い乗用車が見えた。
運転席から出てきたのは松田くんだった。
「水野さーん、おはようございます」
「……松田くん、車持ってたのね」
なんとなく劣等感。免許証は持っているが車は持っていないいわゆる私はペーパードライバーだ。
「社会人になったときに買ったんです、じゃ行きましょっか」
スッと松田くんは助手席の方へ回りドアを開けてくれた。本当にやることなす事スマートだ。
「どうも」と助手席に腰を下ろす。
車内はとても綺麗にされていて、芳香剤の匂いもなんだろう……爽やかなでかなり好みな匂い。好感度が持てる。
松田くんが運転席に座りシートベルトをするなり、ジロジロこっちを見てきた。
(ま、まさか……この格好変だったかな……)
「な、何よ」
「ん? 今日の水野さん会社と全く雰囲気違くて可愛いなぁ~って見てました」
「なっ! 上司をからかうのは止めなさい!」
「照れてる?」
「照れてない!!!」
嘘だ。本当は物凄く恥ずかしい。可愛いなんて言われるとは思ってもいなかった。
どう反応していいのか全く分からなく変な態度を取ってしまった。ここは大人の余裕っぽく「ありがとう」とでも言えばよかったのだろうか……
そんな素直な言葉、この歳になるとなかなか言えない。
「はは、じゃあ出発しますよ」
エンジンをかけゆっくり車が進み出す。
今日の松田くんこそ会社の時と雰囲気が別人のようで、
細身の黒いパンツにカーキ色のTシャツ、いつもはビシッとまとめてある髪も今日は下ろしてあり、片方の耳にだけ金の小さいピアスが目に入った。なにより今日は眼鏡をしていない。普段の倍は目力があるように見える。
「松田くん今日は眼鏡じゃないの?」
「ん、あぁ会社では眼鏡の方が目が疲れなくて楽なんですよね。今日はコンタクトにしました」
「そうなのね、でもコンタクトの方が普通疲れるんじゃないの?」
「でもほら、眼鏡だとキスしにくいでしょ?」
「なっ!!!」
チラッと一瞬こちらを向きニヤッと
意地悪な表情で私を見て直ぐに前を向いた。私の反応を見て絶対に揶揄っているに違いない。なんて隙のない男!
この空気に居た堪れなくなり話題を変えた。
「今日は何処に行くの?」
「ん、動物園です」
「また随分アクティブな場所ね……」
「水野さんってあんまり動物園とか水族館とか行かなそうなイメージだったけど、当たってました?」
「……当たり」
基本インドアなので、動物園なんて小学生以来行った記憶がない。
今日は映画館とかショッピングモールかなと予想していたが、予想と遥かに違う場所だった。
(やっぱり若いって凄いなぁ……)
「やっぱり、じゃあ今日は久しぶりに動物に癒されましょう」
「そうね」
「あ、今日はデートなんで仕事の話は無しで!」
「デ、デートって言ってもお詫びデートだからっ!」
「お詫びデートって、まぁそれでも俺はいいけど、今日で俺の事少しは好きになって下さいね?」
「は?」
「水野さん、俺が告白した事もしかして忘れてます?」
まずい。この流れはまたキスされてしまう。
そう思い急いで顔を窓の方に向け松田くんに背を向けた。
「ははっ、運転してるからキスできないですよ」
松田くんに見透かされていた。まるでされると思っていたみたいで恥ずかしい。いや、思っていたんだけども。
「ち、違うわよ、外の景色見てるのよ!!」
くくく、と松田は笑いを堪えながら運転している。
「着きましたよ」
一時間弱車に揺られ動物園に着いた。
「ん、ありがとう」
シートベルトを外し顔を上げると目の前に松田くんの顔。しまった、と思った時には遅く、唇に知っている柔らかさが重なる。
「んんっ……」
片手で私の頭を掻き抱きもう片方の手で私の頬を優しく包む。それが何故か嫌じゃない。ゆっくりと柔らかさが離れていく。
「っつ……水野さん、隙ありすぎ」
「んなっ……松田くんが!」
「俺がなに?」
松田くんの真っ黒な瞳にジッと見つめられると何も反論出来なくなる。真剣な顔。
「な、何でもないわよ、行きましょ」
「はは、じゃあ行きましょう」