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小学生ぶりの動物園は入園の仕方も変わっていて、昔はチケット売り場で人数分購入し入り口にいるスタッフさんに見せて入園だったのに、今は電子チケットですんなり入る事が出来るらしい。松田くんが電子チケットを取っていてくれたのですんなり入園できた。本当にどこまでもスマートな男だ。
「まずは何から見ましょっか」
「ん~とりあえず近いところから見て行こう」
入り口から一番近い小動物ゾーン。コツメカワウソや、アメリカビーバーが水中を泳いでおり、その姿が必死すぎて可愛かった。でもこの小動物ゾーンで一番可愛かったのはレッサーパンダ。あの顔もかわいいが、フッサフサの尻尾も可愛い。つい触りたいなぁと思ってしまう。
意外だったのが私より松田くんの方が楽しんでいた。
パシャパシャとスマホで写真を撮り、可愛く撮れたと満面の笑みで私に見せてくる。
貴方の方が可愛いわよ、とツッコミたくなるほど、松田くんが可愛く見えてしまった。
歩きながら次のエリアに向かう。
水系ゾーンや草原ゾーンにもたくさんの動物がいて私も松田くんも終始テンションが上がりっぱなしだ。
特にライオンを見た時の迫力が凄かった。
ちょうど餌の時間と被り生肉を引きちぎるようにして食べているライオンときたら物凄い迫力だ。
子供の頃見て怖いと思った記憶が蘇ったが、大人になった今も間近で見ると怖ものだ。
「そろそろお昼にしましょうか、館内のレストランでいいですか?」
「もんろん、結構歩いたからお腹ぺこぺこよ」
「……ぺこぺこって、水野さんって本当急に可愛い事言うよな」
「は、はあ!? 何言ってんのよ!」
スッと私の左手が松田くんの右手に絡め取られた。
「なっ、ちょっと!」
「レストランまでの少しの距離だけならいいですよね? お詫びデートだし? 会社でもないし?」
「くぅっ……」
私が断れないようにお詫びデートと主張してくる当たりが策士だなと思わせる。
それでも繋いだ手は全く違和感がなく、レストランまでの時間が短く感じてしまった私はどうかしてきるのだろうか。
レストランの中に入ると店員さんが席まで案内してくれ、向かい合って席に座る。メニューを開くと動物園らしいキャラクターのランチセットがズラリと書かれていて、一番安易そうなトラカレーを私は頼み、松田くんはクマバーグセットを注文した。
お昼時で混んでいるのもありなかなか料理が来なかったが、松田くんと見てきた動物の話と写真を見て盛り上がりあっという間に料理が運ばれてきた気がした。
「お待たせ致しました、トラカレーとクマバークセットになります」
運ばれきたトラカレーは黄色いご飯で虎の顔を作り、周りにカレーが流れている。まあ、予想できた見た目だ。クマバーグも勿論熊の形のハンバーグに付け合わせのポテトとにんじんグラッセ、ブロッコリーとこちらも予想通りの見た目だった。
「……水野さん……なんて残酷な……」
「んなっ、カレーなんだから仕方ないでしょ!」
「はは、ですよね、俺もグサッと食べちゃいます」
ペロリと二人とも平げ、食後に松田くんはブラックコーヒー、私はミルクティーを頼みもう少し休憩してから残りのエリアを見て回ることにした。
「今日は凄い楽しいですね」
「え、ん、まぁ思ったよりは楽しかったわ……」
「良かった、今日は夜までデートですよ?」
「え!? 夜までなの!? 長すぎ」
「だって、お詫びデートでしょ?」
「ったく……分かったわよ」
ニコニコと「それでよろしい」と満足気な松田くん。
でも本当に楽しいのは事実だ。松田くんといると素でいられると言うか……なんとも言えないこの感じ。この気持ちを言葉にするならなんだろうか。よく分からない。
残るモンキーゾーンとふれあいコーナー。モンキーゾーンではゴリラとチンパンジー、色々な種類の猿、そして群れで生活するニホンザルをぐるっと一周し、見た。そう言えば昔ゴリラ女子とか言う言葉を聞いた覚えがある。イケメンゴリラが好きな女子のことを言っていたらしいが、私はゴリラを見てもイケメン……とは思えなかった。
「水野さんっ、うさぎ触れるってよ」
ふれあいコーナーに入るなり、私に触れるよと言ってくるが確実に松田くん自身の方が触りたくてウズウズしているとが見てわかる。
「先に松田くん触ってみてよ」
パァと顔を明るくしうさぎをそっと持ち上げ、こちらにゆっくりと進んでくる。
「めっちゃフワフワですよ、水野さんも触って見て」
恐る恐る手を伸ばしそっと触ってみるとフワフワで暖かく気持ちがいい。
「……フワフワ」
「でしょ!! 餌もあげたいなぁ」
そっとうさぎを下ろし、「ちょっと待っててください」と松田くんは急いでどこかに向かって行った。
走って戻ってきた松田くんの両手には野菜の山。動物達にあげる餌を買ってきたのだ。
「はい! 水野さんも一緒に!」
「あ、ありがとう」
早速買ってきた野菜のスティックを先程のうさぎに食べさせると、カリカリと少しずつ食べているのが可愛くて思わず写真を撮った。
「可愛いですね」
「本当ね……」
松田くんが沢山買ってきた野菜の山はあっという間にあげ終わってしまったのでそろそろ帰る事にした。
時刻は午後三時。松田くんの車に乗り込み動物園を後にする。
「このまま行きたい場所があるんで向かっちゃっていいですか?」
「え、いいけど、次はどこに行こうとしてるの?」
「俺ん家です」
「ふーん、松田くん家ね、……松田くん家!?」
「そう、俺ん家」
「いやいやいやいや、行きません!!」
いきなり男の家に行くとかハードルが高すぎる。
ましてや要注意人物男。松田くんの家に入ったらどうなるか分からない。さっきのライオンみたいに、た、食べられちゃうかも……
「でも俺もう夜ご飯の下拵えとかしてきてるし、美味しいワインも用意してるのになー」
「……夜ご飯に、ワイン……」
「そう、アヒージョとか作って水野さんをおもてなししようと思ってたのになー」
「くっ……」
なんたる誘惑。美味しそうな夜ご飯にワインのセット。食べたい……飲みたい……
「来ない?」
(そんな残念そうな顔で……こ、子犬か……この男は子犬なのか……)
「……行く」
食欲に負けた、そう食欲に負けたのだ……仕方ない。
人間の三代欲求の一つなんだから。うん、仕方ない。
そんなやり取りをしていたらあっという間に松田くんの家に到着していたらしい。車を駐車場に止め部屋に案内される。
松田くんの住んでいる部屋はアパートの二階角部屋だった。
ガチャっと鍵を開け「どうぞ」と松田くんが招き入れてくれ「お邪魔します」と少し警戒しながら松田くんの部屋へと足を踏み入れた。玄関はスッキリ片付けられていて無駄な靴などは出ていない。
脱いだ靴を揃えリビングに向かう松田くんの後を追う。
「散らかってるけどその辺に荷物置いてソファーでくつろいでてください」
「あ、ありがとう」
言われた通り二人掛けソファーの下に荷物を置きソファーに腰を下ろす。男の人の部屋に入るのは人生で初めてだ。緊張する……
松田くんの部屋は飾り物などなく至ってシンプルな部屋だった。
リビングは白い床にグレーのラグ。ネイビーのソファーにガラスのローテーブル、その対面にテレビが置かれている。ミニマリストなのだろうか、それしか無い。
カウンターキッチンの方に視線を向けるとネイビーのエプロンを身に纏い夕食の準備をしてくれている松田くんとパチリと目が合う。
「な、何か手伝おうか?」
「水野さんはお客さんなんだからテレビでも見てゆっくりしてて下さい」
「そう……じゃあお言葉に甘えてテレビつけます」
確かに使い勝手の分からないキッチンで手伝うと、かえって足手纏いな気もするので、お言葉に甘えてテレビのリモコンに手を伸ばす。
とは言え見たいテレビが特にある訳ではないので適当にお笑い番組をつけた。
キッチンからとてもいい匂いが漂ってきてお腹がグゥ~と鳴った。聞こえちゃったかな!? と焦ったが換気扇の音の方が多分大きいだろうと一安心。
男の人が料理をする所なんて滅多に見ないので新鮮だ。ついテレビよりも松田くんの方を見てしまう。
(仕事も出来て行動もスマートで料理できるってハイスペックだな……)
「水野さん、そんなにお腹空きました?」
ニヤニヤ笑いながらフライパンとフライ返しを両手に持つ松田くんがこちらを見ている。
「んなっ! 違うわよ! 料理できて凄いなぁって見てただけよ!」
「俺と付き合ったら毎日美味しいご飯作ってあげますよ?」
毎日美味しいご飯……なんて魅了的な言葉なんだろう。つい、お願いしますと言いたくなる。
「くっ……遠慮します」
「ははは、あと少しで出来ますから」
ズラリとダイニングテーブルに並ぶ料理を目の前にし、お腹がグゥと鳴らないか心配で、腹筋に力を入れてみる。
「水野さんワインでいいですか?」
「い、いいわ、ありがとう」
コポコポとグラスに赤ワインを注いでくれたが、それは私の目の間に置かれ松田くんのグラスには透明な液体。
「あれ、松田くんは?」
「俺はノンアルコールで、帰りに水野さんを自宅まで送り届ける使命がありますからね」
「え……いいわよ、電車で帰るし」
「いーんですよ、俺がそうしたいの」
「あ、ありがとう」
頂きますと両手を合わせ松田くんの作った料理を口に運ぶ。
「美味しい! これなに? 餃子……?」
餃子の皮にチーズやトマトが入っていてパリパリの羽付餃子のような料理がワインに良く合う。
「イタリアン餃子的な奴ですよ、チーズがパリパリで美味いですよね」
「本当美味しいっ」
松田くんの作った料理はすべて美味しくて、海老とマッシュルームのアヒージョも最高だった。つい料理が美味しいのと緊張とで、ワインが進んだ。
ワインが進んで、進んでなんだかフワフワ良い気持ちになってきた。