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・シシシン
出かける準備をしてから、ふと数分前まで足下をウロチョロしていた存在がいないことに気付いて「シン?」と寝室を出て声をかける。
構ってもらえなくて不貞腐れたか、なんて呑気に考えながらリビングに足を踏み入れるとカーペットの上で丸くなって寝ている小さな妖狐を見つけた。
数ヶ月前から仕事先で拾った妖狐は身寄りもなくて殺連に引き渡すのも気が引けて俺が育てることになった。
子供の世話なんてしたこともないし、見た目は2〜3歳ほどの幼児だけど大きな狐耳とフワフワの尻尾が人間とは違う。
猫みたいに丸くなって寝ているシンは寝顔だけ見れば天使そのものだけど起きた途端に暴れ回るわんぱくで生意気な性格に毎日振り回されている。
──なんか、大きくなったんやない?親バカか?──
慣れないながらも世話をしていくうちにシンも少しずつ成長していくのが目に見えて微笑ましく感じているとフワフワな尻尾が揺れてカーペットに尻尾が当たる場所だけ毛が溜まっていた。
「毎日ブラッシングしとるのになぁ・・・最近やけにボサボサになるし抜け毛も増えた気がするわ」
試しに毛並みに逸れたピョコッと出た毛先を軽く引っ張ると小さな毛の束が抜ける。抜けすぎて禿げないか心配になったけどフワフワ加減はむしろ増しているように見えて不思議だ。
「生え替わりか・・・?それにしても毛の量が増えとるな」
もしかしてストレスで毛が抜けてしまったのだろうか、と内心不安を抱きながら寝ているシンを抱き上げてブラシを手に取る。
「んむ・・・?」
抱き上げたことで目を覚ましたが眠いのかウトウトしている隙に尻尾をブラッシングすると大きな欠伸をして俺に抱きついてきた。
「最近抜け毛多いな、シン」
「ぬけげ?」
「ほら、もうこんな溜まっとるやん」
丁寧にブラッシングすれば、もうひとつ尻尾ができそうなくらい抜けて心配になる。眠気眼のままブラッシングされているシンは「もふもふ」と呟いて自分の尻尾に触れた。
「去年も、こんな感じだった」
「去年?」
「うん。寒いとき尻尾を枕にして寝てた」
去年、つまり俺と出会う前のシンのことは知らないけど同じことがあったらしい。寒い時、と聞いて咄嗟に「冬毛か?」と聞くとシンが顔を上げてキョトンとする。
──そうか・・・冬毛なんや。良かった・・・!──
幼い子供、しかも妖狐だから何かしらの原因でストレスが溜まって体に影響を及ぼしてしまったんじゃないかと危惧していた。だけどシンはまだ知らないだけで冬毛に生え替わる動物がいることを俺は思い出して安堵する。
「確かに、こんだけモフモフなら枕にしてもあったかいやろうなぁ」
これからもっと寒くなるにつれてシンの尻尾の毛もモフモフになるのだと思うと楽しみが増えた。綺麗にブラッシングされた尻尾を撫でるとくすぐったそうに笑うシンが俺にピタッと抱きつく。
「でももう、尻尾を枕にしなくても神々廻とこうしてるとあったかいから平気っ」
「!」
出会う前までのシンは知らない。だけど独りぼっちだったのは確かで、出会ったばかりの警戒心剥き出しのボロボロなシンを思い出して胸が締め付けられる。
「・・・それなら良かったわ」
「ふへへ」
頭を撫でるとフワフワな狐の耳が揺れて嬉しそうに笑うシンが可愛くて仕方ない。今年はシンにとって寒がらない冬にしようと考えながら「出かけるで」と抱き上げてリビングを出た。
・ナグシン
パタパタ、と不機嫌を露わにした尻尾が床を叩く音が室内に木霊して「シンくん」と名前を呼ぶと正面に座っているシンくんが唇を尖らせて睨んでくる。
「僕、言ったよね?君は妖狐だけど半分は人間なんだよって」
「・・・うん」
「だから普通の狐みたいに舌で毛繕いしちゃダメって言ったよね?」
お互いリビングのフローリングで正座して向き合うなんて変な光景だけど、妖狐である幼いシンくんを拾って育てるからには責任を持って育てる義務があるだろう。
ピンと立った狐の耳にフワフワの尻尾は冬毛に生え替わって以前よりも毛量が増していて触り心地は最高だ。
だけどシンくんは習性なのか尻尾を毛繕いしてしまう癖がある。人間の姿で構造も変わらないから当たり前のように舌で舐めた尻尾の毛が口の中に入って毛玉を吐くこともあったから僕は毛繕いを禁止した。
ブラッシングは欠かさず僕がやっているから毎日フワフワのモフモフで最高なのに、シンくんはこっそり僕の目を盗んで毛繕いをしてしまう。
「せっかく朝ブラッシングしたのに・・・あーあ半分ヨダレで小さくなってる」
少し目を離した隙に毛繕いをしているシンくんを見つけて慌てて止めたけど既に遅く、フワフワの尻尾は唾液で半分くらい濡れて小さくなっていた。
お風呂に入った時にフワフワの尻尾が濡れて小さくなるのは見慣れているけど唾液で濡れているのは初めて見る。
余程念入りに毛繕いをしたのが分かって尻尾に触ると「触るなぁ」と立派に嫌がるところは生意気だ。
「すぐ乾くし!平気だっ!」
「そういう問題じゃないよ」
今の時期は冬毛に生え替わるから余計に尻尾が気になって毛繕いをしてしまうのだろう。ツン、とした態度で悪びれないシンくんがそっぽを向くから呆れたようにため息を溢して抱き上げて膝上に乗せた。
「・・・南雲怒ってる?」
生意気だけどエスパーで僕の心の声が聞こえないシンくんは不安な顔に変わって聞いてくるから僕は肩を落とす。
「怒ってないよ。ただ毛玉吐くシンくんを見たくないんだ」
初めて毛玉を吐いてるのを見た時は突然嘔吐したシンくんに心臓が止まるかと思った。嘔吐は小さな体にも負担がかかるだろうから吐かないで欲しい、と思いながら頭を撫でると狐耳がピクピクと揺れる。
「毛繕いして綺麗になったら南雲褒めてくれるかな〜って思ったんだけど・・・ごめんなさい」
「・・・」
──か、可愛すぎる・・・!何だこの生き物、そんなことを言われたら何でも許してしまいそうだ。──
きっと僕はシンくんに怒れない。とことん甘やかしてしまうのが目に見えていたのは出会った頃からだ。
「ごめんなさい言えて偉いね」
「へへ」
抱き締めて褒めてあげると半分濡れた尻尾が嬉しそうにユラユラ揺れて背中に手を回すシンくんは得意げだ。
数年後、シンくんが成長したら生意気で我儘でもっと可愛くなっていると思うといろいろ不安だ。
「よし、シャワーで尻尾だけ洗おう!その後プリンあげる」
「プリン?やったー!」
抱き上げたまま立ち上がるとシンくんは僕の首に腕を回して「なぐもだーいすき!」と尻尾をブンブン振って言うから「僕もだよ」と答えて浴室に向かった。