朝食が終わるころには、 みことはすちの膝の上から少しずつ離れ、 テーブルの端に並べた小さなおもちゃで遊び始めていた。
らんが組み立てたブロックを見つめながら、 みことはふにゃりと笑って、拍手を送る。
「らんおにいちゃん、じょうず〜!」
その声に、 みんなの頬が自然と緩んでいった。
少しずつ人見知りも薄れてきて、 ひまなつに手を引かれながら、 みことがこさめと一緒に色鉛筆を並べていく。
その光景は、 まるで穏やかな休日の親戚の集まりのようだった。
そんな中、 いるまがコーヒーを飲みながら、 ぽつりと呟く。
「……なぁ。みこと、いつか戻るんかな」
ふと場が静まり、 みんなが一瞬だけ、同じことを考える。
「んー……どうなんだろうね」
こさめがペンをくるくる回しながら答えた。
「昨日も今日も普通に“みこと”なんだもん。 ただ小さくなってる感じだし……」
「だよなぁ」
らんが腕を組み、 テーブル越しにすちへ目を向ける。
「もし戻らなかったら……どうすんの?」
問いかけに、 すちは一瞬だけ手を止めた。
みことがすちの袖を握って、 無邪気に「すち〜あれ見て〜」と指をさしている。
その姿を見つめたまま、 すちは小さく笑って、 真顔で答えた。
「……養うよ」
その場の空気がぴたりと止まる。
「いや……即答!?」
こさめが思わず声を上げる。
「マジで言ってんの?」
らんが笑うと、 すちは肩をすくめた。
「本気。 みことがこのままでも、俺が守る。 それだけは変わらないから」
その静かなトーンに、 ひまなつが苦笑いしながらも目を細めた。
「……はぁ。 まぁ、お前が言うなら本気なんだろうけどな。 でも、困ったときはフォローくらいはしてやるよ」
「うん、よろしくね」
いるまもカップを置いて、釘を刺す。
「面倒見るのは構わねぇけど…… おまえ、ちゃんと休めよな」
すちは軽く頷きながら、 膝の上に戻ってきたみことの髪を撫でた。
「ありがとう。 でも、心配いらない。俺、これくらいのわがままなら全然平気」
「すち……すち〜」
みことがすちの胸に頬を押し当てる。
すちは微笑み、 その小さな背中を包むように抱きしめた。
そんな二人を見て、 こさめがぽそりと呟き、らんが隣で苦笑する。
「……ほんと、愛が深いなぁ」
「だな。もう何があってもこの二人は離れねぇわ」
朝の光が、また一段とやわらかく差し込む。 笑い声と、みことの小さなはにかみ。
変わらない絆だけが、そこにあった——。
夕方の光がやわらかく差し込む中、玄関前で靴を履かせながら、すちはみことの手をそっと握った。
「そろそろ帰ろっか」
そう言って振り向くと、みことはまだ名残惜しそうに、ひまなつたちの方をじっと見ていた。
「また遊ぼうね〜」とこさめが手を振る。らんも「風邪ひく前に帰れよ」と穏やかに声をかける。
だが、その瞬間。
「やだぁっ!」
みことの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「なっちゃもかえる…」
ひまなつの服の裾をぎゅっと握りしめ、鼻をすすりながら、涙声で訴える。
「ん〜、俺の家はここだからなぁ」
ひまなつは苦笑しつつ、優しくみことの頭を撫でた。髪がふわりと揺れ、まだ石鹸の匂いが微かに香る。
「やだぁ…やだぁ…っ」
涙が止まらない。目の端をこすりながら、しゃくり上げてすちの腕に縋りつくみこと。
「なつくん気に入られたね〜」
こさめは目を細めて楽しげに笑った。
すちは困り果てて、ため息をひとつつくと、わざとらしく腕を組んで考えるふりをした。
「じゃあ……ひまちゃんの家に住む?」
「……?」
みことが涙を止めて顔を上げる。
「うん、みことはここに残って。俺は一人で帰ろうかなぁ〜」
少し意地悪な声色でそう言うと、みことの目がぱちぱちと瞬き、次の瞬間――
「いやぁぁぁっ!!!」
大声で泣き出した。
「すちと…かえるのぉっ!!!」
顔を真っ赤にして泣きじゃくり、足をばたばたさせながら、すちの胸にしがみつく。
「おいおい、子供相手にやりすぎだろ」
いるまが呆れ気味にすちの肩を軽く叩くき、ひまなつも苦笑する。
「ほんとにな、泣かせてどうすんだよ」
「ごめんごめん、泣かないで」
すちは慌ててみことの背中をさすりながら、やわらかく抱き上げた。
腕の中でぐすぐす泣き続けるみことの小さな身体は、温かく、まだ涙で頬がしっとり濡れている。
「ほら、ちゃんと一緒に帰ろうね」
「……すちと、かえる……」
しゃくりあげながら小さくうなずくみことの声に、すちは微笑んで「いい子」と囁いた。
そんな二人の背を、4人はあたたかく見送った。
こさめがひらひらと手を振り、ひまなつが小さく笑う。
いるまは「また遊べるだろ」と呟き、らんは「泣き疲れて寝るんだろな」と肩をすくめる。
夕暮れの道を、スリングに包まれたみことを抱きながら歩くすち。
まだぐずりながらも、やがてすちの胸に顔を埋めて、静かな寝息を立て始めた。
すちはその小さな頭を撫でながら、穏やかに笑った。
「まったく……可愛い奴」
家に帰りつく頃には、外はすっかり夜の気配に包まれていた。
玄関を静かに開け、靴を脱ぎながらすちは腕の中のみことを見下ろす。すやすやと眠るその頬は少し赤く、涙の跡がまだうっすら残っていた。
そっと寝室へ向かい、ベッドの上にやさしくみことを横たえる。
毛布を胸のあたりまで掛け、髪を撫でてやると、みことはかすかに身じろぎして「……すち……」と寝ぼけ声で呟いた。
「……ん、ここにいるよ」
そう囁きながら手を握ってやるが、みことの眉はきゅっと寄ったまま。
やがて小さく「すち……どこ……」と呟き、唇を震わせて泣き出してしまった。
「……もう、泣くなって」
すちは苦笑しつつも、そのままベッドに潜り込み、みことの身体をそっと抱き寄せた。
腕の中でみことはびくりと小さく動いたが、すぐにすちの胸に顔をうずめ、呼吸が落ち着いていく。
小さな手が服の裾をぎゅっと掴み、安心したように吐息を漏らした。
「……そうそう、もう大丈夫」
すちはその髪に顔を埋め、石鹸のやわらかな香りを感じながら、ゆっくりと背を撫でた。
やがて、みことは完全に力を抜き、すちの腕の中で深い眠りに落ちていった。
「……おやすみ」
すちは囁くように言うと、頬を伝っていた小さな涙の跡に唇を寄せ、そっと舌でぬぐうように触れた。
そのまま唇を重ねると、ほんのり温かい息が返ってくる。
満ち足りたように目を細め、すちはみことの額に軽くキスを落とし、そっと目を閉じた。
静かな夜の中、二人の呼吸だけが穏やかに重なっていた。
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このお二人のふんわりあったかい、甘い雰囲気が大好きです🥰