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翌朝、チャヌは変わっていた。腫れた目をメイクで隠し、鏡の前で何度も練習した「完璧なマンネ」の笑顔を張り付ける。
「ユニョイヒョン、おはようございます。今日の衣装、こっちだそうですよ」
楽屋に入ってきたユニョンに対し、チャヌはあえて自分から、極めて爽やかに声をかけた。昨日までの、怯えるような、縋るような視線はどこにもない。
「あ……ああ、チャヌ。おはよう……」
ユニョンが戸惑いながら返事をする。彼は、チャヌがショックで寝込んでいるか、あるいはもっと避けられると思っていた。しかし、目の前のチャヌはあまりにも「普通」で、そして「遠い」。
「ヒョン、そこ、僕が片付けるので座ってください。コーヒー淹れてきますね」
テキパキと動くチャヌ。敬語を崩さず、けれど以前のような甘えや隙を一切見せない。それは、
**「これ以上あなたに踏み込まないし、あなたも僕に踏み込まないでください」**
という、目に見えない鉄の壁にみえた。
「……あいつ、どうしちゃったんだよ…」
ユニョンは、目の前でジナンと楽しそうに笑いながらダンスの確認をするチャヌを、苦々しい思いで見つめていた。
自分には見せなくなってしまった、心からの笑顔。
ジナンがチャヌの耳元で何かを囁き、ジナンがその頭を愛おしそうに撫でる。
かつて、その場所は自分のものだったはずだった。
「なあ、チャヌ。今日の夜、久しぶりに……」
「すみませんヒョン、今夜はジナニヒョンに練習付き合ってもらう約束してるんです」
食い気味に断られ、ユニョンの言葉が空中に浮く。
チャヌの瞳には、以前のような「熱」がない。ただの、仕事仲間に向ける礼儀正しい光だけ。
「……そっか。ジナニヒョンと、か」
ユニョンの中で、経験したことのない真っ黒な感情が渦を巻いた。
ジナンに言われた通り距離を置いた。チャヌを傷つけないために。けれど、いざチャヌが自分以外の誰かに心を開き、自分を「ただのメンバー」として扱い始めると、正気でいられないほどの焦燥感に襲われた。
その日の練習後、機材の片付けで二人きりになった瞬間。
ユニョンは、足早に立ち去ろうとするチャヌの腕を、反射的に掴んでいた。
「……何の用ですか、ヒョン」
冷え切ったチャヌの声。ユニョンは自分の指先に伝わるチャヌの腕の感触に、心臓が痛いほど脈打つのを感じた。
「お前……そんなふうに、ジナニヒョンには笑うんだな」
「……何の話ですか」
「俺にはあんなに他人のような顔をして。俺が距離を置けって言ったから、当てつけにやってるのか?」
ユニョンの声には、怒りにも似た悲しみが混じっていた。
チャヌはゆっくりと腕を振り払い、ユニョンを真っ直ぐに見据えた。その瞳には、一筋の涙も、もう溜まってはいなかった。
「……ヒョンが言ったんですよ。僕を弟として見られないって」
「それは……!」
「望み通り、弟でも、それ以外でもない『ただのメンバー』になりました。それの、何が不満なんですか?」
チャヌの静かな問いに、ユニョンは言葉を失う。
「嫌われたくない」から離れたはずなのに、離れてみて初めて、自分はチャヌに「特別」でいて欲しかったのだと気づく。
けれど、壊してしまったのは自分だった。
「……行きますね。ジナニヒョンが待ってるので」
背中を向けるチャヌ。
その瞬間、ユニョンは叫び出しそうな衝動を抑えるように、自分の拳を強く握りしめた。
――チャヌ視点
「ユニョンヒョン、おはようございます。今日の衣装、こっちだそうですよ」
(……言えた。ちゃんと、普通に。震えてない、僕の声。……よし、このまま、二度とあの日には戻らない。戻っちゃいけないんだ。)
ユニョンヒョンの戸惑ったような顔。本当は、今すぐにその頬に触れて、「嘘だよ、避けないで」って泣きつきたい。でも、そんなことをすれば、ヒョンはもっと遠くへ逃げてしまう。
「あ……ああ、チャヌ。おはよう……」
(見ないで。そんな、捨てられた犬みたいな目で僕を見ないで。……拒絶したのは、ヒョンの方じゃないか。)
「ヒョン、そこ、僕が片付けるので座ってください。コーヒー淹れてきますね」
(近づかない。触れない。視線を絡めない。……丁寧な言葉は、心の距離を守るための盾だ。ヒョンが望んだのは、こういう『安全な距離』なんだ)
ジナニヒョンと笑い合っている時、視線の端にユニョイヒョンが映る。僕を追いかけてくる。
(……ねえ、ジナニヒョン。僕、ちゃんと笑えてますか? ヒョンに甘えてるフリをすれば、少しはユニョイヒョンの視線から逃げられる気がするんだ。ごめんなさい、ジナニヒョンを道具みたいに使って。)
ジナニヒョンが優しく頭を撫でてくれる。その温もりさえ、今はただユニョイヒョンを遠ざけるための、かりそめの温もりに思えた。
腕を掴んだのは、あなたなのに
「……何の用ですか、ヒョン」
(心臓がうるさい。お願いです、掴まないで。せっかく固めた氷が、ヒョンの手の熱で溶けてしまう)
「お前……そんなふうに、ジナニヒョンには笑うんだな。……俺にはあんなに他人のような顔をして。俺が距離を置けって言ったから、当てつけにやってるのか?」
(――当てつけ? そんなわけない。僕は、死ぬ気でこの場所を守ってるんだ。ヒョンを困らせないように、『ただのメンバー』でいられるように、毎晩枕に顔を押し付けて、声を殺して泣いてる僕の何を知ってるの?)
腕を振り払う。指先に残ったヒョンの感触が、焼けるように熱い。
「望み通り、弟でも、それ以外でもない『ただのメンバー』になりました。それの、何が不満なんですか?」
(不満なのは、僕の方だ。……どうして、僕を愛してくれないのに、そんな悲しい顔を僕に見せるの?――僕の心をかき乱さないで)
「……行きますね。ジナニヒョンが待ってるので」
(背中を向けた瞬間に、視界が滲んだ。)
(足が震える。でも、絶対に振り返らない。大丈夫。一歩。もう一歩。
早くこの場を去らなきゃ、僕の仮面が、ヒョンの前で粉々に砕けてしまうから。)