月明かりが薄く差し込む森の中、冷えた空気に土と草の匂いが混じる。影が交錯し、刃と刃がぶつかり合う金属音が響いた。
「くっ……!」
ワイは剣を構え、迫り来る敵の刃を紙一重でかわした。首筋を冷えた汗が伝い、湿った空気が肌に張り付く。呼吸が浅くなり、肺に刺さるような冷たさが広がる。ざわめく草木の音すら、耳に重く響いた。
残る相手は……十人ちょいってところか。最初の人数から半分以上は減っとるし、もう一息にも思える。やけど、ここからが本番らしいわ。残った奴らの動きには隙がない。刃を振るう手は淀みなく、獲物を追い詰める獣のように連携が取れとる。チンピラ共の中でも上澄みなんやろな。目の前の男は無表情に剣を構え直し、左右に控える仲間に小さく合図を送った。その仕草に、油断も焦りも感じられへん。
振り下ろされる剣を受け流し、ワイは一歩後退した。背中に冷たい木の幹が触れ、逃げ場がなくなったことを悟る。樹皮の凹凸が肩に食い込み、ひんやりとした感触が骨身に染みた。血の匂いと土の湿り気が入り混じり、喉がひりつく。二人の男がにやりと笑い、徐々に距離を詰めてくる。荒い靴音が、乾いた落ち葉を踏み潰して響いた。すり足で迫るその動きは、獲物を追い詰める蛇のようにじわじわと、容赦がない。
「もう逃げ場はないぜ、農家野郎」
一人が低く囁くように言い、もう一人が剣の切っ先をワイの喉元に向けた。ケイナの顔が一瞬、ワイの脳裏に浮かんだ。このまま捕まれば、ケイナにも危険が及んでまう。無邪気に笑う彼女の姿が、揺らぐ月影に重なって消える。
ワイは小さく息を吸い、胸の奥に眠る獣の鼓動を感じた。体の中で、何かが目を覚ますような、ざわりとした感覚が走った。
「……なら、進むだけや」
ワイは目を閉じ、一瞬だけ深呼吸をした。冷たい空気が肺を刺すように入り込み、頭の中の濁りを吹き飛ばす。そして、次の瞬間には、全身の筋肉を弾けさせて前方へ飛び出した。
「なっ……!」
敵の驚愕の声が耳元で弾ける。ワイは剣の刃を最小限にいなして懐に潜り込む。手首を返し、腰の短剣を逆手に握り、相手の脇腹に鋭く突き立てた。刃が肉を割り、血の温もりが指先に伝わる。骨を避けて刃が入り込む感覚、粘つく抵抗が短剣に伝わり、手に絡みついた血が熱を帯びて肌に染みた。
「がぁっ!」
血飛沫が舞い、男が地面に崩れ落ちる。赤い雫が月光に煌めき、一瞬だけ幻想的な幕を作り上げた。その隙を見逃さず、もう一人の男が剣を横薙ぎに払った。刃が風を切る音が鋭く響く。ワイは咄嗟に木の枝を掴んで体を引き上げ、辛くも刃を避けた。切っ先が服の裾を掠め、冷たい風が肌に触れる。剥き出しの肌に触れた風が、ひやりと痛かった。
「ちょこまかと……!」
男が苛立ち、再び攻撃の構えを見せる。しかし、ワイはすでに次の一手を打っていた。手に握った石を投げつけ、男の顔面に直撃させた。石が肉を打つ鈍い音が響き、男の視界が潰れ、身体が揺れる。額に当たった石が弾け、血がにじむのが見えた。
「ぐっ……!」
バランスを崩した男に対し、ワイは一気に距離を詰める。そして、全体重を乗せて肘を打ち込んだ。骨の軋む感触が腕に伝わり、男の息が止まり、膝から崩れ落ちる。重たい身体が地面に倒れ込む音と共に、森の中に再び静寂が訪れた。息を潜めた森が、獲物を飲み込む捕食者のように音を飲み込む。
――順調や。このままいけば、ケイナや果樹園を守り切れる。
ワイはそう思った。やけど、その油断が命取りとなった。
「……ようやく見つけたぜ。致命的な隙をよぉ!!」
背後から、低く冷たい声が響いた。咄嗟に振り向く間もなく、ワイの視界は漆黒の影に覆われた。寒気と共に、死の影が覆いかぶさる。背中に感じる圧迫感、鋭利な刃が肉を貫く予感が、全身を凍りつかせた。
──ブスリ。
背中を刺されてもうた。息が詰まり、足元がふらつく。視界が霞んで、冷たい土の感触が遠のいていく。力が抜け、指先から剣が滑り落ちた。痛みと共に、温かい血が背中を伝って流れるのがわかった。
「ははっ! さっきまでの威勢はどうした、農家野郎!」
頭上で響く嘲笑。見上げると、月明かりを背にしたチンピラ隊長が、得意げにワイを見下ろしとった。影が顔を隠し、見えるのは歪んだ笑みだけや。口角を吊り上げ、獲物を弄ぶような眼差しが、背筋を這い上がる悪寒となった。
「てめぇ一人のせいで、仲間が何人もやられたんだ。農園は当然いただくとして、お前も簡単には死なせねぇぜ?」
チンピラが剣を振り上げる。その動きがスローモーションのように見えた。刃が月光を反射し、鈍く光る。それは冷酷な死の宣告のようやった。ワイは痛む体を無理やり動かそうとしたが、思うように力が入らん。背中に広がる痛みが、神経を焼き尽くすように襲ってくる。手足は鉛のように重く、指先すら動かせん。呼吸する度に胸が軋む音がして、体の奥から鋭い痛みが弾けた。
「終わりだ……!」
振り下ろされる剣。その軌道が、まるで地獄の門が開く合図のように感じた。
逃げられん、受け止められん。時間は冷酷に流れ、刃の冷たさが皮膚に触れる瞬間が、鮮明に脳裏に描かれた。血の匂い、肉が裂ける音、痛みが視神経を焼き尽くす未来が、まるで予告された惨劇のように迫る。
これはマズいで……!!
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!