「死ねぇえええ!」
チンピラ隊長が、血走った目で剣を振り下ろしてきよった。刃がギラギラと光り、空気を裂く音が鼓膜に刺さる。鉄臭い匂いが鼻腔をえぐり、冷たい金属の冷気が肌を撫でるように広がった。ワイには避ける余裕なんてありゃせん。足は鉛みたいに重く、視界は狭まって、まるで時間がゆっくり流れとるみたいやった。
――終わりやな。ここまでや。すまん、ケイナ。お前だけでも何とか逃げてくれ。
そんな諦めが脳裏をよぎった、その瞬間や。
ドゴオオオォン!
空気を砕くような轟音が、全身を貫いた。目の前に真っ赤な火柱が立ち上がる。熱風が肌をビリビリと焼き、立ってるだけで呼吸するのも苦しいくらいや。地面は焦げて、石や土が蒸発したようなツンとした臭いが立ち込める。敵の悲鳴も、爆風にかき消されて何も聞こえん。見覚えのある火魔法やった。まさか、もう二度と見ることはない思てた、あの魔法や。
煙がモクモクと立ち込め、視界が曇る中、シュルリと炎が引いていく。熱が引いた空気がヒュウヒュウと泣きよる。その先におったのは、長い赤髪を揺らしながら、涼しげな表情で立つ女――幼なじみにして元パーティーメンバー、今は敵対関係にあるはずのリリィやった。
「間に合ったみたいね、ナージェ」
淡々とした声やけど、その音色は妙に安心させるもんがあった。彼女の長い赤髪は、炎の残り火に映えて、それはもう綺麗やわ。
リリィの隣には、剣士の影が揺れとる。こっちも元パーティーメンバーで、今はお互いを疎ましく思ってたはずのレオンや。こいつは、砂埃の中でもしっかりとした足取りで立っとる。
「ったく、お前、相変わらず無茶するな。一人で立ち向かうやつがあるかよ」
軽く剣を肩に乗せ、ちょい呆れたみたいに笑うとる。その笑顔には、皮肉も敵意もなく、ただ真っ直ぐなもんが込められとった。鍛え上げられた腕に光る汗が、炎の光を反射して、頼もしさが倍増しとる。不思議と、胸の奥がスッと落ち着く感じがした。
「お、お前ら……なんでここにおんねん?」
自分でも驚くくらい、声が震えた。期待と困惑と、ほんのちょっとの恐怖が入り混じって、喉に引っかかっとる感じや。信じてもええんか? いや、信じたい。でも、もし裏切られたら――そんな思考がグルグルと回って、頭の中がクラクラする。
「詳しい話は後だ。まずは目の前の敵を片付けるぞ!」
レオンの声がビシッと響く。鋭く、力強く、まるで一本の剣みたいや。その姿は、出会った頃のようやった。強くて、真っ直ぐで、めちゃくちゃ眩しいんや。眩しすぎて、思わず目を細めてまう。
「ハッ! 助っ人が来たところで、この人数差じゃ変わらねぇよ!」
チンピラ隊長が憎々しげにほざく。背後の手下どもは、下品な笑いを浮かべて、汚い武器をギラギラと振り回しとる。歯が抜けた笑顔が、狂気を孕んで見えるんや。人数が多いっちゅうだけで、完全に勝ちを確信しとる顔や。
「構うな! まとめて潰せ!!」
号令と共に、敵が一斉に押し寄せてくる。ドドドッと地鳴りのような音がして、土埃が巻き上がる。地面の震えが足元から這い上がってきて、嫌な予感が背筋を冷たく撫でるんや。数の暴力っちゅうやつや。空気まで重たくなっとる。息を吸うたびに、喉がヒリヒリと痛む。
「ナージェ! 戦える?」
リリィがこっちを見やる。彼女はすでに杖を掲げて、詠唱を始めとった。赤い光が杖の先から漏れて、揺らめく炎のように彼女の周りを照らし出す。まるで戦場に舞い降りた炎の女王やった。彼女の赤色の髪が、光を受けて輝いとる。緊張感の中でも、その姿はやけに鮮烈で、心臓をギュッと掴まれるような気分になった。
「戦えるっちゅうか、戦わなアカンやろが!」
ワイは地面に転がっとった剣を拾い上げた。冷たく硬い金属の感触が手のひらにジンと沁みる。この重み、なんや妙に現実に引き戻される気がしたんや。指に力を込めると、剣の柄が食い込んで、手のひらに血の気が戻るのを感じる。刃先に映る自分の顔は少し青ざめとるけど、震えはもう止まっとった。怯えとる場合やない。ここで立たな、ケイナも果樹園も、何も守れん。
レオン、リリィ、そしてワイ。昔は確かに仲間やった奴らが、今またこうして肩を並べとる。この胸のバクバクは、恐怖だけやないんや。どこか、期待しとる自分がおる。血の巡りが速くなって、体が熱くなる。この熱は、周りに燃えとる炎のせいじゃない。失ったはずの仲間、もう信じられんはずの仲間、そんな奴らとまた一緒に戦える――その喜びが、ワイの中で火をつけとるかもしれん。
「いくぞ!!」
レオンの声を合図に、ワイらは一斉に駆け出した。砂埃が巻き上がり、足音が大地を叩く音が重なり合う。剣がシュバッと風を切って、リリィの魔法の光がビリビリと迸る。冷たい金属の光と、魔力の輝きが交錯して、戦場は一瞬だけ幻想的な色に染まった。
もう迷っとる暇なんてない。かつての絆が、確執や敵意っちゅう壁をぶち壊して、再び燃え上がる時が来たんや。
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